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先日、碧血碑方面探訪に出かけた際、ついでに津軽要塞司令部跡の謎の建物を久しぶりに画像に収めてきた。現状は以前と変わらず、解体するわけでもなく、また保存の方向に向いてる感もなかった。 画像は函館八幡宮上の駐車場からである。 入口は土砂によって塞がれている。 以前とまったく同じ状態である。ちなみに屋根は当時のものではない。 こちらは裏側ではあるが、やはり土砂によって全貌を把握することはできない。 外壁の剥離も多く見られ煉瓦のむき出し部分が多数見られる。 こちらは窓部であるが、ガラスの破損はない。 今回ガラス窓を良く良く見てみた。やはりと思ったが当時のものではなく、戦後のガラス窓である。 また、大きな紙の一面には小学生が書いたと思われる文章が多々あるので、おそらく一時期、 函館八幡宮か谷地頭小学校の物置として利用されたのだろう。 それと気になる部分がもう一つ、それは窓部の蝶番。以前にも紹介しましたがこの建物は弾薬庫跡と 言われている。ま〜もっとも僕はまったく信用してませんが^^; 軍のしかも弾薬庫の窓の蝶番にしては貧弱なような気がします。 そんなことで、もう一度函館八幡宮に行き、詳細を訪ねてみましたところ、これもまた以前と同じ回答で「弾薬庫跡と聞いております」の返事! が〜〜ん。 マニュアルどうりかい! 弾薬庫にこんな大きな陽窓はいらないと思いつつ、この場を立ち去る!あっても不思議ではいが頑丈な蝶番に頑丈な鉄の扉がある。この蝶番ではな〜 そしてついでに本家本元の要塞司令部弾薬本庫を画像に収める。 こちらは以前にも紹介したとうり函館一頑丈な物置として再利用されている。 それにしても例の建物は....... いずれにせよ市にも資料はない。 |

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