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僕は神社仏閣が好きでよく詣でる。と、言うか探訪するのほうが合ってるのかも知れない。 だが信仰心は薄い。神社仏閣に限らず教会、その他の神も僕にとっては美と歴史感しかない! 自分の信ずる神が欲しいと思っても見つからない。 なぜ? 簡単な話だ! 信仰心が薄い人間は 己の都合のよい神を求めるからである。 信仰、英語ではfaithであり、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することである。 だが正確に翻訳すれば信頼となる。 まあそれはいい。 僕の好きな武将に上杉謙信がいる。 誰しもが知る毘沙門天を仰ぐ人物である。 ああまで信ずる神仏があるは羨ましいことでもある。 ここに手持ちの資料である詩吟本がある。と、言っても詩吟を嗜むわけでもなく、ただ武将の漢詩を 読みたいが為だけのもの。季節外れではあるが僕がもっとも好きな漢詩を紹介します。 上杉謙信が作(九月十三夜)縦読みを横に直せば以下になる 霜満軍営秋気清(霜は軍営に満ちて秋気清し) 数行過雁月三更(数行の過雁月三更)数行とはいく筋かの列の意味であり、過雁は空を渡って行くさま。この場合は雁の群れを指す。 越山併得能州景(越山併せ得たり能州の景) 遮莫家郷憶遠征(遮莫「さもあらば」家郷遠征を憶う クリックで拡大 115ページからなるこの詩吟本ですが九月十三夜は見ずとも書けますし、また意味も把握してます。 ま〜暗記してるだけですが。 だが詩が美しく上杉謙信の人柄がよく出てます。 天正5年(1577年)陰暦の9月13日能登の七尾城を攻め落とした後に詠ったものです。 ちなみに宿敵であった武田信玄の漢詩をも紹介しますが、これはちと血生臭い。だが...淋しさが感じられる詩である。すごく分かるような気がします。武田信玄が作(偶作)クリックで拡大 意味 江南の地で敵兵十万をみなごろしにした自分である。腰に差した剣は今なお血なまぐさい。しかるに、この憎めは自分を国主とも知らないで、笑止や、ねんごろに姓名を尋ねるのである。 血生臭い詩ではあるが、そこには敵を破ったおごりが見えない。それどころか淋しささえ感じられる。
今、この手で敵兵を皆殺しにした。だが、そんな男とも知らずにと.....武田信玄は敵兵の降伏を許さず、3,000人の敵兵全てを虐殺し、さらに女子供を人質にした。 だからこそ美しい詩を詠まなかったような気がするのです。 それは自分、しいては神仏に嘘をつくことになる。 したがってこれはこれで見事な詩だと僕は思うのです。 |

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