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今回この謎の廃墟の記事に関し、サイト、イン ジ エア (のん様)に応える意味も含んでおります。 場所は函館穴澗海岸近く。 この場所、この廃墟跡は僕も知ってはいましたが戦跡とは別ものとスルーしてきた場所。 だが、壕を見ることは今まで一度もなかった。 情報を頂きさっそく行きましたが、 やはり僕が行くとバリケードがある(><)たぶん(のん様)が載せた壕内部の画像は誰も撮ったことない貴重な画像資料だと思います。http://nonintheair.blog78.fc2.com/blog-entry-588.html#comment996 まずは廃墟正面、ブルーシートの奥が石積みのアーチ型壕であることが今回のんさまの画像で初めて確認することができました。だが、、いかんせん僕が行けば画像のとうりいつも塞がれてます^^; なぜじゃ〜〜なぜなんじゃ〜 何回この辺りウロウロしてると思ってるんじゃ、ボケ〜 はぁはぁ すみません、とり乱してしまいました。 こちらが正面右側の部屋 右側の部屋の入口(扉) この辺りは海軍の持場ではありますが、結論から言えば要塞跡とは別ものです。 資料はありませんが少なくとも軍オリジナルの建設方とは異なります。 画像は右部屋内部、元々あった石垣に建てられたと思われる。だが、その元までは分かりません。 なにがあったのか? 壕の正体も含めて謎です。 右部屋部、天井 見た目でも新しい。 要塞系、戦跡でない決定的な部分は大きな窓ど薄い壁にある。まだ言うと海岸線の施設ですから 艦砲射撃を考えれば自ずと部屋部は掩蔽(おおいかくすこと。さえぎりおおうこと)になり、このような突き出す形にはならない。(一部例外もある) 壁が薄過ぎ瓦礫となって朽ち果てている。これでは直撃を食らわずとも振動で壁が崩壊する。 ま〜当初から右側の部屋は無視してきた僕だが、正面の造りが前々から気にはなっていた。 その造りとは正面上部(壕入口上部)である。 これが頭を悩ます。 まずは画像を そして参考のために函館山に残る海軍水雷衛所(試験室)この施設は函館湾への敵艦侵入を防いだ重要施設である。そしてその入口上部の造りが以下の画像である。 似てると言えば似てますが、やはり違いはあるとも思えます。 正直今回この廃墟の正体までは明らかにすることは出来ませんでした。 ただ、のん様が?付きで戦跡の可能性を指摘されましたが、僕も決して間違いではないと思っています。仮にこの壕が戦前からのものであれば軍の接収対象になります。
また、もう一つの可能性として地域住民の防空壕とも考えられます。 そう言う意味においては軍と無関係とは断言できない。 中途半端な答えになってしまいましたが 資料がない以上、これが限界です。 |

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