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函館山麓にある(住吉築港)ここに函館(津軽)要塞時代の水尺が残っている。前に一度紹介しているが、いかんせん満潮時であり、その全貌を紹介するに至らなかった。
さて、明治時代、この砲弾を函館山から撃つのであるが、現在のようにデジタル化されていない。当然目視である。目視するうえで大変重要となるのが海面の高さ。汐の満引きである。その干満の差を測るのには、なにか目印が必要となる。そこで数箇所の海岸に(水尺)を備えたのである。 これは遠くになればなるほど大きな水尺が必要となり、また近い所では、それよりもはるかに小型になる。 今現在、原型が残っているのは(北斗市矢不来)の海面に立つ水尺。かなり大きなものである。 残念ながら函館市内(根崎水尺)は今は存在しない。 だが、もっとも近い住吉漁港にはかすかに残っている。
これこそが現状であり、全貌である。
函館津軽要塞は明治から始まり、昭和20年でその役目は終わる。
後に近代化した漁港が出来、その最、撤去せず利用したのだろう。
この画像だけでは要塞水尺の説明は不十分である。 したがって
納得のいく画像を載せます。それは函館山頂上、即ち御殿山
(御殿山第一砲台があった場所)ここから見えねば意味はなさない。
正確にいえば指揮は戦斗司令所から下されるものであるが、水位の報告があり、その上で指揮したものと考えられる。
いずれにせよ函館山にある数か所の観測所から見えねばならん。
どうですか、納得の1枚でしょう。
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