なんだか函館

函館山に残る要塞跡や西部地区の町並み、その他地域の紹介ブログです。気軽に見て下さい。

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北海道(東照宮)、タイトルは「箱館戦争縁の地」だが今ある東照宮
場所、要するに土地は箱館戦争とは無縁。それは前回の記事を見れば分かる。 ただし、箱館戦争の生き証人とも言える物は存在する。
 
まずは有名な名残品2点、一つめは手水石、これは箱館戦争、あるいは土方ファンには常識とも言える名残品であろう。
 
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弾痕の跡
 
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そして今一つは狛犬 画像の狛犬こそが現神山稲荷神社にあった物である。箱館戦争で社殿を焼失した函館(北海道)東照宮であるが、御神体を辛うじて残し、その後は市内を転々とすることになる。しかし戦乱、大火等の為その姿は年々朽ち果てることとなる。
 
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手水石狛犬にとっていちばんの災難大火であっただろう。
函館(北海道)東照宮が市内西部地区宝来町)にあった昭和9年
大火見舞われる。実に不運であるが反面よく残ったものだ。
 
画像は函館市中央図書館所蔵
 
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さてそんな中、僕が今回紹介したいのは純忠碧血神社である。
まずは画像、台座の飾りは葵の紋章
 
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なぜここに注目したかといえば柳川熊吉が本来望んだことだったと強く感じたからである。明治6年熊吉は当初東照宮東軍将兵慰霊所として考えてた。だが時節柄それも叶わず月日な流れた。
 
ここからは左説明板に書かれし文面の一部を紹介します。
 
平成19年東照宮陣川鎮座十五周年記念事業として、ここに純忠碧血神社奉斎し、義を掲げ戦い利あらずして賊の汚名を受けざるを得なかった東軍将兵達の無念を悼しで、その魂魄をこの社に奉安し護国の
として将兵の御霊を慰めんとす、とある。
 
奉斎(ほうさい)→神仏をつつしんでお祭り申すこと。
魂魄(こんぱく)→精霊。霊魂。と同一の言葉。(死者のたましい)
奉安(ほうあん)→安置し奉ること。
 
東照宮、それはまさに蝦夷徳川葵の紋の下に奉安するは柳川熊吉
がいちばん望んだことではなかったのではないのだろうか。
葵の紋、そこに意義があった。あの時代だからこそ熊吉の反骨精神といいますか、また本来あるべき姿と言いますか、とにかく怖いもの知らずですごい人だと思う。
 
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そして今一つの生き証人、それは篇額(へんがく)である。
歴史にはよくある不幸中の幸い!東照大権現の台場を攻撃したは
長門萩藩の隊、そのとき篇額は盗まれ持ち去られた。
だがそれから百数十年の歳月が流れ、今は文化財として東照宮に返還された。しかしながら一般公開はしておらず!
 
画像は参道鳥居扁額
 
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こちらは境内鳥居篇額
 
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今回東照宮を訪問して感じたことは、箱館戦争の名残よりも熊吉の強い思いだった。 格式高いこの神社です。願わくばここに一つの石碑を建て熊吉の業績を碑文に刻み東軍将兵英霊と共にお祈りしたいものだ。 英霊たちもそう望んでいるではないでしょうか。

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