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今回紹介する建物は地味なコンクリート建築である。
函館市豊川町に今もなを企業として健在である(伊藤商事)
正確な建設年は分からぬが、おそらく昭和10〜12年であろう。
このあたりは昭和9年の大火で焼け野原になっている。
大火後の復興においてこの周辺に鉄筋コンクリートの建築群が多く
建つこととなる。それは防護壁の意味合いが強い!
要するに大火に強い街つくりを試みたわけだ!
まずは画像を,,,,, 立て長窓は明治の時代から続く西部地区伝統の
形状である。
左翼部に残る丸窓 この丸窓は当時の鉄筋コンクリート造に多く見られる。特に大火後の小学校建築には多く用いられてる。
出窓の作りも古い時代の作りであり、また上部建屋縁際の蔦が面白い。建物に這わせるのが通常であるがここは違う。 蔦は地から這うものであるからして、裏側の蔦の縁は切ってないのでしょうね。
正面右側に連立する建物も同時期のものと思われるが、隙間なく建っている。これぞ防護壁の最たるものだ! 柱の装飾に特徴がある。 どちらも地味な建物ではあるが歴史ある防護壁建築群の一つである。
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