なんだか函館

函館山に残る要塞跡や西部地区の町並み、その他地域の紹介ブログです。気軽に見て下さい。

函館山

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

シマリス

久しぶりにシマリスに合うべく函館山に出かけた。 毎年見る同じ巣穴だが今年もすぐに会えた。もう何代続くのであろうか?
目指すは(旧幕府軍)約800名が祭られている慰霊碑、即ち碧血碑、そのすぐそばに巣穴がある。
 
函館山ハイキングコース(宮の森コース)その1
 
イメージ 1
 
 
函館山ハイキングコース(宮の森コース)その2
 
 
イメージ 2
 
 
福寿草
 
イメージ 3
 
 
キクザキイチゲ
 
イメージ 4
 
そして毎年同じ場所みるシマリスである。
 
イメージ 5
 
イメージ 6
イメージ 7
 
 

シマリス

そろそろシマリスも活動を始めるころ。確認できるかどうか不安であったが以外にも早く見つけることが出来た
 
函館山に生息するシマリス、その数ある有力なスポットの中で碧血碑周辺、及び宮の森コースを考えていた。 函館八幡宮に車を停め、そこから歩く。画像は碧血碑下にある東屋周辺である。
赤○で囲んだ塔にシマリスはいた。まったくラッキー こんなに早く見つかるとは思ってもいなかった。
 
イメージ 1
 
 
これは東屋の中から撮った画像。東屋に入った理由は明白であり、この中には線香やロウソクが用意されている。いつも僕はここで線香を3本頂き、碧血碑に供える。その時偶然にシマリスを目撃する
 
 
イメージ 2
 
 
どうやらこの穴が巣穴のようだ。
 
 
イメージ 3
 
 
偶然確認したものの、カメラの用意がしてなく、已む無く巣穴から出るのを待つことにした。すると1分も待たずに出てきてくれた。
まだ人静かな時期であり警戒心も薄いのだろう。
 
 
イメージ 4
 
 
周囲を警戒しつつ、正面のおっさんも気になるだろうが、とりあえず
間合いはあると判断したのだろう。完全に巣穴から出てきた。
 
 
イメージ 5
 
 
イメージ 6
 
イメージ 7
 
イメージ 9
 
 
碧血碑の英霊に住むことを許された住人、東屋を利用する者は多少なりともここに静かに暮らすシマリスがいることを思い出して欲しい。
そして願わくば、そっとしておいて欲しい。仮にこの穴のそばに餌を置くと、カラス等の天敵がやってくる。よかれと思って餌を置くことは逆効果!決して巣穴のそばには餌をやらず、天敵から巣穴の存在をそらすことこそが肝要である。
 
 
イメージ 8
 

東屋

タイトルの東屋であるが、この東屋は碧血碑下の休憩所のことである。昨年老朽化のため解体されたが
今期新しくなってお目見えした。元来東屋とは東国の簡素な造りの住まいを指す言葉であったが近年では
庭園や公園に設けられた休憩用の小さな建物を東屋と呼び、また定着している。 
この東屋も雨の日には雨宿り、日差しの強い日には日傘となって旅人の心を和やかにするであろう。



イメージ 1



左上に見えるのが碧血碑


イメージ 2



中に入り低い天井の隅を見ますと折鶴が吊られている。日本人であれば折鶴は珍しくはない。
だがこの折鶴には美しさと共に碧血碑に眠る英霊への供養の念が感じられる。


イメージ 3



そして以前と同じように碧血碑ノートが設けられている。ビニールは雨露から守るためのもの。
誰でも書け、誰でも見れるノートですが、ノートの性質上プライベートの部分も多々あり開いての撮影は見合わせました。


イメージ 4

2009函館山ご来光登山

明けましておめでとうございます。 皆様にとって良い年であるよう心よりお祈り申し上げます。
さて、本日早朝、予てより計画していた函館山ご来光登山を楽しんできました。
昨年は水平線に雲がかかり日の出の姿を見ることができませんでした。 今年こそはと思いましたが
今年も昨年同様の天気でありまして水平線からの日の出は拝めませんでした。

画像は山頂ロープウェイ駅展望台から。 雲で見えませんが多少の明るさは確認できると思います。


イメージ 1



こちらの画像の左横に黒点がありますが、それはデジカメに入り込んだゴミでありまして、どうしても
画像に写り込んでしまいます。


イメージ 2



そうこうしているうちにブログ「はこだて自然倶楽部〜風を追って〜 」の管理人さまと遭遇。
しからばと記念撮影♪ オレンジ★が、はこだて自然倶楽部〜風を追って管理人さま。
ピンク★が銀ぎつねです。 もう一枚と思いましたが、なんとここで電池切れのアクシデント^^;


イメージ 3



ここから入江山に移動。そして要塞跡である入江山高地観測所にて食事。はこだて自然倶楽部〜風を追って管理人さまであられるkamakaさんに甘酒をいただきました。これがまた美味い。おかわり2回
画像はkamakaさんの食事風景^^; 山男だけあって装備が充実してます。湯を沸かし暖かい甘酒を
いただいたうえに、なんと電池もいただきました。予備の電池は持っていくべきですね。


イメージ 4



入江山高地観測所より観音山方向を望む


イメージ 5



同じく入江山高地観測所より対岸の北斗市方向を望む


イメージ 6



入江山高地観測所跡の冷害、及び破損状況の意見交換をしたあと帰宅の途につく。
kamakaさま、今日は色々とお話ができ、また再度お会いできたこと嬉しく、また、とても有意義でした。
甘酒美味しかったですよ。 またお会いできるといいですね。


イメージ 7

開く トラックバック(1)

穴澗龍神社

函館西部地区に神社多々あって、まず人が訪れない神社が一つだけ存在する。
それが穴澗神社、正式名(穴澗龍神社)である。

実はこの神社、建立の時期がはっきりしていない。函館市史(箱館の町勢)の中にこうある。(引用)
「神明町」  高龍寺の西から穴澗町に至る弁天町の裏町である。縦町1すじ横町1すじになっている。ここをのぼれば神明社がある。神明社 神明町の上で、東は山ノ上町、後ろは壁穴、西は山背泊町にへだてる。樹木陰森として神寂たる所で、年2季の祭礼がある。

弁天社から南海岸片側の町で、漁師ならびに水主、車櫂などが住み、弁天町名主の支配である。また、ここに津軽陣屋跡がある。 

神明町とは古い町名であるが、これもいつ頃の町名かはよく分かってない。
ただ、(蝦夷実地検考録)によれば神明町は元文以後の町名と書かれていますので、古くて寛保元年
(1741年) だと思います。

画像は穴澗海岸であるが岩がごつごつしている。


イメージ 1



昔は絶好の海水浴場であったが、がけ崩れにより海水浴はもちろんのこと立ち入り禁止区域となっている。したがって自己責任での探訪である。また以外に人の往来も多い地区でもある。


イメージ 2



画像は穴澗龍神社へのルートでもあり、また穴澗要塞群にも通じるルートである。


イメージ 3



しばらくすると鳥居が現れるが神社はまだ先である。また、このルートは急勾配であるため雨の翌日には滑りやすく、靴選びも重要である。


イメージ 4



途中に階段もありありがたい。これは市が設置したか、また漁師が設置したのかまでは分からない。


イメージ 5



そして神社にたどり着くが、年2回の祭礼以外は閉ざされている。(無人神社)


イメージ 6


イメージ 7


イメージ 8


手前の井戸のようなものは明治時代の要塞貯水池であって神社とは無関係。


イメージ 9



また詳しくは載せませんが、この近くにも寒川地区へと下るルートが存在する。
ここは正規のルートではなく大変危険な場所である。だが寒川の一部をを上から確認できる
唯一の場所でもある。 頑丈なロープが張られてあるが手を放せば奈落の底!
素人は絶対に下りてはならない。 ハイキングロードとは違うのです。だから詳しく載せないのだが。


イメージ 10


望遠で撮った寒川の平磯

イメージ 11

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
銀ぎつね
銀ぎつね
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

友だち(4)
  • ruins-rider
  • ゆうゆう
  • brassww2006
  • みぃにゃん
友だち一覧

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事