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函館山に残る要塞跡や西部地区の町並み、その他地域の紹介ブログです。気軽に見て下さい。

(函館山)穴澗照明所・観測所

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穴澗要塞群その3

(穴澗要塞群その3) やってきました要塞探訪の季節♪ とは言うもの10月中旬の画像である。

函館山の裏側、穴澗海岸からのルートを登れば穴澗要塞群にたどり着く。
僕は時折要塞跡を見て歩くが、その理由は2つある。 一つは自身の健康のための山登り。
そしてもう一つは風化や冷害による被害状況を把握したいがためである。
そしてノートをとり、ファイルにまとめる。 ま〜いいだろうこんな奴が1人くらいいても^^;

画像は前にも紹介したことがある「穴澗照明所」左右の階段を上がれば照明所上部に行けるが
要注意である。特に夏場は危険! 施設の構造を知らないでむやみに近寄るべからずである。


イメージ 1



これは穴澗照明所上部のある部屋を上から撮ったものだが、ごらんのとうり不注意に歩けば落ちる。
この部屋は「電灯井」と言う。要するに電灯昇降機があった部屋であり、これにより探照灯を上下していた。サーチライトと思ってもらっても良い。 この部屋は照明所の一番奥にある。


イメージ 2



電灯井部屋から上部を見上げた画像。 このように露天とは言え蔦により視界が遮られる。
見学者は足元に十分気をつけること。(自己責任において)


イメージ 3



次の画像であるが、この穴澗要塞群を見学し、画像に収めた人がよく勘違いして載せる施設。
勘違いとは「砲台跡」と思っていることである。確かに見ようによってはそれらしさはあるが、
これは砲台跡ではなく、観測するための施設である。(穴澗低地観測所)中央の丸いものは測遠機台。
付け加えるが穴澗要塞群に砲台跡は一つもない。

イメージ 4


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早い話、双眼鏡のデカイやつが乗っかっていたと思えばいい。 ま〜いないだろうが詳しく知りたい方は
「国立国会図書館近代デジタルライブラリー」または「国立公文書館アジア歴史資料センター」で調べられますので、そちらでお願いします。

ここからの風景


イメージ 6



だいぶ草木が枯れて見やすくはなっている。


イメージ 7



穴澗海岸、(洞窟トンネル手前)


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穴澗海岸、(洞窟トンネル奥)吊り橋跡


イメージ 9



この辺りはさすがに観光客の来る場所ではないが、このありさまは情けない!


イメージ 10

穴澗要塞その2

穴澗要塞その2 前回穴澗要塞の画像は貯水池までである。したがって今回はその先(上)にある施設について説明いたします。まず初めに穴澗要塞の特徴ですが、この要塞には砲台はありません。
主に監視を目的とした施設なのです。 画像は穴澗観測所。真ん中の丸いテーブル状のものは測遠機台。


イメージ 1



次の画像は穴澗照明所であるが、立待照明所と作りは同じである。唯一違うところは照明所上部に至る階段の位置が左右逆になっているくらいであろう。


イメージ 2



穴澗照明所正面及び階段


イメージ 3



比較するために立待照明所の画像と比べて欲しい。 下の画像が立待照明所である。 階段の向きが
逆であることが確認できる。



イメージ 4



内部の作りは同じであり、電灯井が確認できる。


イメージ 5



次の画像はもう1つの観測所(穴澗低地観測所)の連絡階段である。 画像は11月下旬。夏場であれば
階段を確認することは容易ではない。だが、先に施設があるので探せることは探せる。


イメージ 6



見上げれば穴澗低地観測所がある。 まさに城である。


イメージ 7



石垣の崩れもなく、また階段もしっかりしている。


イメージ 8



内部測遠機台  ここ台に座って煙草をいっぷくした。勿論、携帯灰皿は必需品である。


イメージ 9

穴澗要塞

(穴澗要塞その1) 穴澗要塞を説明する前に、まず、そこに至るルートを説明することにする。ルートは2つ存在する。1つは入江山からのルートであり、もう1つは穴澗海岸からのルートである。 だが入江山からのルートは迷う恐れがあり、おすすめは出来ない。 やはり見学者は穴澗海岸ルートを利用したほうが良いであろう。 マムシが多く生息する場所でもあるので夏場の探索は気をつけるべし! 穴澗海岸とは函館西方に位置する海岸線である。 車で行ける場所は今はもう営業していないペンギンズバレーまで。 その先は徒歩での移動となる。 付け加えるが、通行禁止である。(ガケ崩れ)が主な理由だが、それでも釣り人に人気のスポットもあるため、多くの人が利用している。 ※行かれる方は自己責任で!



イメージ 1



この道を進むと岩をくり貫いたトンネルが確認できる。この先には昔(寒川)という集落が存在した。 北海道開拓の下、この秘境である寒川も例外ではなかったのである。調べますと、1887年後半から ぼつぼつ住みついたようです。開拓民は富山県(宮崎村)となっていますが、市町村合併により
現在は(池田町)となっているようです。
末期には50戸を数え、学校まであったようですが、昭和29年9月の台風15号の
影響で、住民はみな市内に移転を余儀なくされたようです。 以後集落は実質的に消失した。
このトンネルは 寒川の人達の手掘りである。画像の左側に岩肌に咲く野草類などが確認できると思うが、ルートはこの手前にある。探せばすぐに分かるであろう。


イメージ 2



ついでですので、この先の画像を載せます。まずはトンネル入り口。

イメージ 3



トンネルを抜けると、このような場所に出ますが、冬場は危険ですので注意を要する。事実、何人もの人が波にのまれて亡くなっています。

イメージ 4




さらに進みますと、吊橋の痕跡が見られますが、対岸にはかかっておりません。
吊橋を撤去して、もうすでに数十年の歳月が流れている。昔は吊橋が対岸まで掛かっており、またその先には材木だけの渡りの橋が2つほどありました。岩にワイヤーが張りめぐされており、通行する者はワーヤーにしがみつき渡ったのです。 そして寒川に達するのです。小生が小学校の時は確かに存在した。
この時は釣り人が2組いました。

イメージ 5



角度を変えて見れば対岸に掛かってないことが確認できる。


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吊橋の左側は洞窟となっており、昆虫類を主食とする「キクガシラコウモリ」が住みついている。


イメージ 7



さて、ルートから穴澗要塞に話は戻すが、途中の画像は省き、穴澗要塞関連の初めに見る施設が画像の
穴澗貯水池となる。この施設は無人の穴澗神社に隣接している。


イメージ 8


またすぐそばに画像の施設跡が確認できる。このあたりは基礎部分だけが残る施設が多数存在する。


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