なんだか函館

函館山に残る要塞跡や西部地区の町並み、その他地域の紹介ブログです。気軽に見て下さい。

(函館山)海軍水雷衛所

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要塞ルート

久びさの要塞記事になるが、今回はよく聞かれる海軍水雷衛所までのルートを説明したいと思います。
函館山にある要塞跡にあって海軍施設は非公開だが、通行禁止地域ではないので大丈夫でしょう。
観音コースを歩く方には簡単に説明できる場所ですが、地方からこの地を訪れ見学したい人のために
多少なりとも詳しく載せます。 海軍水雷衛所の試験室及び視発室は観音コース沿いにあるが、まず初めに観音コースの入り口から説明します。 函館山麓のコース入り口は多々あるが距離を稼ぐなら
「山上大神宮」からの入山が良いと思う。

画像は「山上大神宮」境内、矢印の方向に進めば、山に登るためのルートがある。
よくよく見なければ見逃すから注意深くみること。


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境内を右に曲がれば画像の場所にでる。そこを矢印の方向に進む。進んですぐに観音コースと合流します。その道に達したら左方向、要するに山に登る。


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ちなみに矢印を上がればすぐに道が確認できます。この道を進むと観音コースに出ます。


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画像では分かりずらいですが、現地に行けばすぐに分かります。 矢印が観音コース合流地点。


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ここからは1本道ですが所々に分かれ道がありますから気をつけて下さい。 もっともハイキングコースの1つである観音コースは整備されておりますので迷うことはありません。
ただし整備されてるとは言え、他のコースとは違い道幅が狭く心細く感じるかも知れません。


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三十三観音の1つ第三十番観音を右手に見て尚進む。そこからしばらくすると右手に陸海軍の標柱が並んで立っているのが確認できる。尚、これからの時期ですと草花に視線を遮られる恐れがありますので
十分注意しながら確認して下さい。今でもこのとうりです。○印が標柱


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この陸海軍標柱の少し先に第二十八番観音があります。旧軍道はそこにあります。
画像は観音コースから見た第二十八番観音


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第二十八番観音. ここに旧軍道がある。矢印の方向に進む、登り道になっている。


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この倒れた木が軍道の入り口である。このように自然擬装となっているため、なかなか気がつかない
のです。また気がついたとしても、道なのかどうかまでは確認できず誰も登らない。
登って約30メールくらいで拓けた場所に出ます。そこが海軍水雷衛所司令室跡と試験室
また、右側にもう1つ軍道があり、その先には海軍視発室がある。ただしこの軍道は夏場の突破は
無理です。木々の密集度が他とは違い通行を妨げています。


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第二十八番観音をそのまま進みますと、2回車道と交差して「つつじ山駐車場」へ出ます。
画像は観音コース最後の登り、登ると目の前が八合目「つつじ山駐車場」である。


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「つつじ山駐車場」矢印は観音ルート入り口、○は看板、すぐに分かる。
ここに車を停める場合は逆に下れば、先ほどの場所に着きます。


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尚、見学は自己責任にて。また、通行禁止区域ではないが、いちをハイキングルートを外れることになり
見学をすすめることは致しません。場所的には危険な場所ではありませんが、十分注意して下さい。
最後に今現在の海軍水雷衛所の画像を載せますが、今でさえジャングル状態になってます。
また、この海軍施設の他に同方面に数箇所要塞跡がありますが、そこに達するルートはこれからの時期危険でもありますし、今回は見合わせます。

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前回に引き続き海軍水雷衛所(試験室)である。 前回は外観までであり今回は内部となる。
画像収集に出かけたものの、デジカメの性能と、自分の技術不足によりほとんどピンボケであった。
そのてんお詫び致します。

画像は内部である。レンガの内壁なのだが、規則正しく剥がれている。剥がれた部分からは木材が確認できる。これだけ規則正しく剥がれているのは故意にしたことであろう。この部分にいったいなにが埋め込まれていたのか? 左右だけなら棚の可能性もあるのだが、上から下まで、また前後も同じである。


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次の画像はこの内壁をアップで撮ったもの。内壁全てにこのような現象が見られる。それは高さ、幅ともほとんど均等である。説明しようにも資料もないし、また想像すら出来ない。 だが、レンガの幅を考えた場合、あきらかにこの剥がされた部分の奥行きは浅い。即ち、レンガ以外のものが埋め込まれていた可能性もある。 


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天井部分はしっかりしてる。また鉄のフックも残されている。


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試験室上部の丸い穴だが、木枠が残されている。 これは当時のものか、あるいは戦後に付けられたものかは不明である。

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内部から撮影した丸い穴の部分、及び窓、ドア部、これも光の加減で暗くなってしまった。


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この水雷衛所試験室の現状、状態は極めて良いと思われる。しいて言えば、内部より外部の土砂の放置に問題がある。この施設の上部にも登ったことはあるが、障害物がなにもなく、上からの圧力が加わることはないであろう。あれば雪だけである。この水雷衛所試験室は、レベル1〜4のうち3に該当し保全する要塞跡地である。 

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海軍水雷衛所その2

順序から行けば、海軍水雷衛所の内部画像を公開する所ではあるが、手持ちの内部画像は「要塞探訪」様へ資料提供している手前、新たに取り直すことにしました。 したがって今回はさしつかえのない2枚だけ貼ります。 画像は内部より窓部を撮ったものである。 このような建物の場合レンガの角が痛みやすいのではあるが、見てのとうりまったく当時のままである。いかに厳選されたレンガであったことが分かると同時に職人の技術の高さがうかがえる。 目地もまたしっかりしている。



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次の画像は窓部ではあるが、その厚さたるや半端じゃない!やはり寒冷地対策であったのあろうか?
どのような窓であったかは当時の写真も資料もないので想像するしかない。


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また、「要塞探訪」様調べによると、水雷衛所の兵舎には司令室を初め分隊長室等、7つの部屋があったようである。倉庫然り、便所然りである。

さて、天候次第になるが、この冬場の寒い中、画像収集に出かけようと思う。冬場の観音コースはキツイとは思うが、なにか面白そうでもある。観音コース入り口は多々あるが、画像の山上大神宮から入山予定である。 画像は晩秋の山上大神宮



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この山上大神宮から入山する折には必ず一礼する場所がある。それは画像の(マムシ石)正式名は分からぬのでマムシ石と自分では呼んでいます。 さすがに冬場にマムシを見ることはないが、無事下山できるよう願いをこめてのこと。日曜日晴れるかな〜? あんまり寒むけりゃ日を改めます。


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海軍水雷衛所その1

海軍水雷衛所 函館山に残る要塞跡は山だけに陸軍の要塞と思いがちだが
函館山西方(観音山)には海軍の施設も存在する。 それが海軍水雷衛所である。
陸軍施設は後に津軽要塞と改名され、青森側の大間崎砲台や竜飛崎砲台も指揮下にあったが
函館海軍水雷衛所とは「大湊敷設隊臥牛山衛所」であり青森の大湊からの派遣部隊だったようである。
大湊は今でも陸奥湾及び北海道鎮護の精鋭部隊である。余談であるが、海上自衛隊の基地で唯一、専用のドックを保有しているのも大湊基地だけである。

初めに説明しますと、水雷衛所とは単一の施設の名称ではなく、視発室(弧器室)や 試験室 また発電所など、さまざまな防御水雷設備の集合体を指す名称である。 
だが、ここから指令が出ていたことは確かである。 この施設の場所には本来陸軍の施設が建設される予定であった。 しかし、函館地区を守るにあたり陸軍の大砲だけでは不十分。どうしても海上封鎖、函館湾に敵艦艇を近づけない必要性に駆られたわけである。

水雷(機雷)敷設箇所は函館山裏側より対岸の茂辺地まで105ケの水雷を設置してあったようだ。当時は戦艦の大砲よりも要塞砲のほうが圧倒的有利とされ、要塞があることによって市街地を守ることが出来た。加えて、水雷の敷設も効果的で、ロシア艦隊がこの海域を通行することは一度もなかったのである。 後に大砲を1度も撃たなかったことに対し、要塞無用論まで飛び出したようだが、それはまったくの誤りである。 要塞とは防御施設であり、要塞があることによって敵の侵入を防ぐ、それが本来の目的である。 従って、大成功といえるのである。 当時のロシア艦隊は日本国内の要塞のある場所には現われていない。また函館要塞のように、山には要塞砲。海には対岸まで水雷を敷設しているうえ、海軍艦艇も警戒している海に近づくことは自殺行為だったのである。尚、ここに投稿する画像の1部は「翼」名でもって要塞専門サイトの「ようこそ要塞探訪様」に資料として提供しております。時折メールで情報交換をさせていただいております。 たいへんお詳しい方ですので要塞に興味のある方は1度覘いて見て下さい。


画像は海軍水雷衛所(試験室)指令もここから出ていたようである。 函館山の要塞跡を探すにあたり、海軍施設は陸軍施設に比べて資料が少なく苦労しました。また軍道の入り口が見事なまでに擬装してありそこに軍道があるかどうかの区別も最初は分からなかった。ましてや、この観音山は陸軍と海軍の担当持ち場が微妙に交差しているため、なおさらだった。 この画像は夏場に撮ったもので全体像までは見えない。 やはり草木の放置は建物を隠してしまう。


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11月にもなればだいたいの全体像は見えてくる。 他の陸軍施設同様、ドア及び窓の格子部分はない。



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この海軍水雷衛所(試験室)なんといっても最大の特徴は外観にある。陸軍施設とは異なり、細部にまで気を使っている。  画像は正面上部の段差のある外壁部。か〜〜やはり海軍、お洒落なのである。


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長い年月の風雪に耐え、あまつさえ、手入れ補修もなく今現在に至るも、段差部の外壁は見事なまでにその原型を保っている。 当時の職人の技が光る。と、いうより設計者の技ありである。


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衛所の左右は土砂に埋まってる形になる。 画像は正面左側であるが、丸い穴は確認こそしてないが円筒
を通すための穴ではないだろうか? また、正面上部同様、左右にも段差壁あり。


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同右側。1部欠損しているが、補修すればこれ以上の落下はないと思う。早急に補修して欲しいものだ。
この衛所は「遺跡」としての価値も然るものながら、その構造故、建築学的価値も十分あると思うのである。正直、自分も上部段差壁を見たとき興奮した。


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海軍水雷衛所その2で、内部を公開したいと思います。まずは外観まで。

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