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函館西部地区の町並みNO.30「高龍寺」その1 函館市船見町 函館の高龍寺は幕末ファンおなじみの寺ではあるが、今回は建物及びその歴史を省いた記事となります。 なぜなら寺や歴史を語ると、書庫が幕末にもなるし、また地域の歴史も該当するからです。 したがって今回(その1)ではそれ以外の内容(画像)とします。 画像は高龍寺の煉瓦壁である。 この煉瓦壁も歴史があり有名ではあるが、まったく注目されないものが○枠の中にある。民家と電柱の間がその物件である。直接高龍寺とは関係のないものだが、面白いものが確認できる。 その面白いものとは陸軍省の標柱。 画像をクリックすれば画面が大きくなりますのでわかりやすいと思います。昔はこのような色ではなかったが今現在ではこのような色になってます。 また、なぜ陸軍省の標柱がここに建てられたのかは不明ですが、この先には陸軍墓地もあり決して不思議ではない。ちなみにあの有名な五稜郭公園ですら明治30年までは陸軍省の所管となっている。 今度は標柱側から高龍寺の煉瓦壁を見る。 見たとうり鑑賞用の花や、また雑草などが生い茂げてはいるが、この壁沿いを見て歩くとまた以外なものが発見できる。 今度は陸軍とはまったく関係のない馬車止の標柱、この場合標石のほうが正しいのかな? ま、いずれにせよ現代社会でいえば、駐車場の案内版でしょうね。 今度は高龍寺内部ですが、この高龍寺にも古き蔵が存在します。「高龍寺宝蔵」大正5年 また函館市景観形成指定建築物等でもある。加えてさきほどの煉瓦壁も同じである。 煉瓦造漆喰塗壁のこの宝蔵、腰回りにはめ込みの下見板をまわした蔵造りの外観部分が美しい。 また、この中には僕が見たい「北海道有形文化財」である蠣崎波響(かきざき・はきょう)の 釈迦涅槃図(しゃかねはんず)など書画や彫刻のお宝が収蔵されている。 画像は正面扉の蝶番。蝶番の一部が内部まで食い込んでいる。 錆びてなお現役の蝶番、見てても 気持ちがいいものです。 こちらは裏側となりますが、正面とは違い、こちらは一目で蔵造りとわかります。 この蔵には2段の蔵釘が存在します。白壁にはあえて打たず、下側に打ってある。 釘には木材をはめてありますから、使用の際は外すのでしょうね。 考えてみればこのほうが 鉄である蔵釘を錆等から多少なりとも守ることができますし、また位置の関係から人を傷つける こともないでしょう。 次回高龍寺では山門などの美しき彫刻を公開します。今回は高龍寺に直接関係のないものを含め記事としたこと、お許し下さい。
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