なんだか函館

函館山に残る要塞跡や西部地区の町並み、その他地域の紹介ブログです。気軽に見て下さい。

要塞関連

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新聞記事

昨日の北海道新聞(夕刊)14面に今週のテーマとして「函館山の砲台跡」と題しての記事が掲載されていた。(敵国の侵入防ぐ「要塞」歴史学べる北海道遺産)とある。
どうやら子供向けのようである。 地域の歴史を学ぶことは意義深いことであり、また興味を抱くは
喜ばしいことでもある。 子供通信では珍しい記事でしょうね。 内容もいい。


まずは記事をアップします。 たしょうピンボケですが。


イメージ 1



次の画像の赤枠(千畳敷戦闘司令所)だが、公文書等(軍事資料)では(闘)は(斗)であり
千畳敷戦斗司令所、つまり正確には略字が正解である。 これは函館市の内部資料
(要塞位置図)でも同じ(斗)である。
ま〜分かりやすく書いてると思うが、歴史を学ばせるのであれば正確に書いたほうが良いと思う。
これは新聞に限らず、本なども以外い多い。


イメージ 2

函館要塞パネル展

本日函館市中央図書館において「函館要塞」関連のパネル展を見学してきました。
函館産業遺産研究会会長の富岡様としばしの要塞談義! 要塞の名残NO,4で紹介した
谷地頭の用途不明の建物について質問したが、やはり詳しくは解明されていないとのこと。
函館八幡宮宮司の話によれば弾薬庫と言うことでしたが、その構造上納得ができない。
そう言いますと、土塀に囲まれた造りであるから火薬庫の説もあるが、やはり倉庫の類では
ないかと言うことでした。 

海軍施設の深海灯(たんかいとう)については初めて写真で見ることができた。今は取り壊され
現物がないだけに貴重な写真である。 写真であらためて見ますと、実に貴重な戦争遺跡を
解体したのかという気持ちであった。


さて、報告だけではつまらんので、ついでに要塞標柱の画像を貼ります。
この要塞標柱は船魂神社前の坂道の途中にある。古いもので字がはっきりと読み取れないと
思います。とくに要塞の上に彫られている文字。 この現象は実はここの標柱だけではない。
函館要塞は後に谷地頭に司令部を置き、その後「津軽要塞」と改名されることになる。
それで函館の部分を削り、津軽に彫り直したため、どうしても薄くなったのです。

イメージ 1

函館要塞の近況

久しぶりに函館要塞関連の記事である。昨今、各自治体の台所事情により遺産などの補修費も不足している。無論予算にも優先順位があるのは道理りであり福祉や教育を最優先に考えるのであろう。ここでは函館要塞の近況を見てもらうが、1冬越した各要塞跡の被害は深刻である。市には早急に補修をしてもらいたいものだ。ブログではくだけた文章になるが、函館市に対してはレポートを提出するつもりです。 

今回すべての要塞跡をまわったわけではないが、その中でもとくに被害がある要塞跡を紹介したいと思います。まずは千畳敷戦斗指令所跡。画像はこの施設を画像に収める場合の定番の位置である。背景は御殿山(函館山頂上)右側にいっぷくしている男性の姿がある。それだけ訪れる人間が多い場所なのです。

イメージ 1


この施設でもっとも被害が深刻な箇所は上部観測室、電話室連絡窓付近である。北海道遺産に指定されてはいるがこのザマである。

イメージ 2


また掩蔽部内には、煙草の吸殻を発見した!同じ喫煙者である自分にとっては怒りがこみ上げてくる。
携帯灰皿くらい準備して欲しいものだ! 煙草の吸殻はおそらく上部の煙突穴から投げ込まれたと思う。
画像はその穴であるが、本来煙突用であるのかは不明である。ちなみに3ケ所ある。
尚、先ほどの男性と煙草の吸殻の因果関係はない。携帯灰皿を確認している。

イメージ 3


これが内部から撮った穴の画像である。当時のフックが1つ残っている。

イメージ 4


真下から撮影。この下に吸殻3本が落ちていた。

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また被害状況に戻り、千畳敷にある要塞トイレ跡である。足で簡単に煉瓦がずれるのである。
ただ乗っかっているという感じである。心無い人が蹴れば簡単に壊れるであろう。

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掩蔽部入り口付近に大きな亀裂がある。この亀裂は元々あるが、だんだんと幅が広くなってきているのである。千畳敷要塞群は市の「保全し、整備.活用を検討」する施設に指定されているが、なんら補修を行なう様子は見られない。ただし、昨年入手した情報によれば今年度は要塞関連の補修等に動きがあると思われる。 はたしてどこまでの補修であろうか?

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亀裂部

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御殿山第二砲台地下砲側庫入り口付近

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余談ではあるが、夏場や冬場は決してみることが出来ない御殿山第二砲台入口のトンネルが今時期であれば確認できる。このトンネル入り口が本来の入り口である。

イメージ 10


演習用の遠距離観測所跡も見てきたが、この施設は非公開であり、補修等は行なわれないであろう。
補修するにはあまりにも破壊の度合いが酷い。だが三角型の観測所は比較的無傷であるため、なんらかの対策を講じて欲しいものだ! 補修してこそ北海道負の遺産と言えるであろう。
<<函館山に残る要塞跡。函館市の方針&取りくみについて>>

        まずは画像の資料から説明します。

「函館山緑地 要塞位置図」からの説明となります。まず初めにこの資料は函館市の担当部署の内部資料である。一般には出さないものの、秘密資料ではないとのことなので、公開します。

初めに申し上げるが、ここに記載してある以外にも要塞跡は存在します。記載漏れなのか、故意に記載していないのかまでは分かりません。 また、この資料を入手したとしても要塞跡にたどり着ける保障はありません。要塞位置図だけではおおよその位置を確認できる程度です。さて資料に戻ります。
要塞跡の記入欄にはこうあります。



1、「要塞跡地」 これに該当する施設は、先に要塞の名残で紹介いたしました(谷地頭弾薬本庫)や、海軍の深海灯などがあります。要塞跡地、要するにこれ以上の整備保全をしないと解釈もできます。
 
2、「要塞跡地」かっこして(砲台跡地)これに該当する施設は多々ありますが、次の項目にダブりますので省きます。

3、「保全し、整備、活用を検討する跡地」 これに該当する施設は多く、大文字で書かれてある5つの施設。尚、千畳敷砲台については千畳敷戦斗司令所を含めた(千畳敷要塞施設群)となっています。
確かに、不十分ではありますが御殿山第二砲台跡には展望台が設けられ、市民の憩いの場となってはいます。また唯一案内板がある施設でもあります。 だが、その他の施設については(活用を検討する)を見てもわかるとうり手付かずである。御場山第一砲台の活用とは?

4、保全する要塞跡地、この施設に該当するのは、立待周辺の要塞群であり、また穴澗照明所・穴澗観測所等、穴澗要塞群である。ちなみに海軍施設は深海灯以外、全てこの保全に該当する。後々公開いたしますが、陸軍の低地観測所などもありますが 破壊の状態が酷く、原型などありません。このことは立待電灯発電所跡にも言えます。ちなみに立待電灯発電所とは立待照明所とは別物で、また立待要塞群からも離れた場所に位置します。


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この中で、やはりはっきりしないのが、4の保全する要塞跡地であろう。 保全の項目だけではあまりにも抽象的すぎて分かりずらくなっています。しかしながら市は函館山の緑化と要塞跡の保全は同時進行で考えているようです。なかなか進まないのは、やはり資金不足でしょう。このことは何処の自治体にも言えることではあります。 また、市の取り組み以外では、やはり我々市民のモラルが大切だと思います。

僕は喫煙者であるので携帯灰皿は必需品です。ゴミは当然持ち帰りますが、なかなか出来ないことは他人のゴミの持ち帰りでしょう。以前、函館山の要所にゴミ箱を設けて欲しい等の文書を読んだことがありますが、それは決して良いことではありません。 ゴミ箱があることによってカラスやキツネの餌場となります。僕は冬場の登山でも必ず(おにぎり)を持って行きますが、まず食べません。これは万が一の場合のための食料です。そして家に持ち帰り、暖めて食べます。せっかく妻がにぎってくれたんですから。

さて、文章も画像もつまらないので、野草の画像を貼ります。すべてバックは要塞跡になります。

(カマツカ) (バラ科カマツカ属)
バラ科の植物。 花は白色だが派手さはない。
分布は広く、北海道から九州、また朝鮮・中国にも自生する。

特徴 枝が柔軟であり、(毛無し牛殺し)の別名がある。
その材質故に牛の鼻輪に用いたようである。

イメージ 2



(コハマギク) (キク科キク属)
特徴 海岸の岩場や草地に生える多年草 海岸近くの低山でも見られる。


イメージ 3



(コタニワタリ) (チャセンシダ科. チャセンシダ属)
落葉樹林中や薄暗い谷沿いの崖などに生育する。

イメージ 4


要塞跡と野草の共存。どちらも函館山の宝と言えよう。
函館山自動車道は戦後の失業対策で行われた事業であることは有名ではあるが、同時に谷地頭の津軽要塞司令部も然り、また千代台の函館重砲連隊もそうであった。 付け加えるが、千代台には衛生病院もあった。それを取り壊し、各種運動施設を建設したわけである。 このことは函館に限らず、各自治体でも同じような事業が行われたのである。


また昭和20年4月より、現、美原1丁目付近から昭和町の1部まで、造成地(総面積)50万7210平方メートル滑走路、幅260メートル、長さ1900メートルの「軍用飛行場」を建設着工したのである。
だが時すでに遅しであり完成を見ることなく終戦を迎えた、その名残が産業道路の1部であり、また亀田中学校もそうである。 このように軍施設の跡地には教育施設、及び競技場等が建設された例が多い。


逆に戦前からあった競技場施設等に、高射砲などの対航空用の武器を設置することも多々あったのである。画像は「要塞探訪」管理人様より個人的にいただいたものであり、また許可も得ている。
場所は小樽市(手宮公園内)高射砲座の跡である。 公園が先か高射砲が先かは調べてないので分かりませんが、参考資料として載せます。


それにしても、よく壊されず、残っているものだ。


イメージ 1



高射砲座に残るアンカーボルト。


イメージ 2



砲座の厚みは相当あるようである。


イメージ 3



さて、話は函館山に戻すが、函館山にも終戦間際、すでに旧式化した要塞砲に代わり、高射砲が設置され米軍の空襲に備えていた。昭和20年7月14日の函館空襲では撃墜1機を記録している。
函館中央図書館より、この手の資料をコピーして慎重に調べた結果。 撃墜機は米空母(ランドルフ)
艦載機 攻撃班C−2(第16爆撃中隊)SB2C(カーチスヘルダイバー艦上爆撃機)と思われる。
尚、この時、函館ドックに停泊中であった海軍の海防艦も撃墜しているが、こちらはF6F(グラマン ヘルキャット艦上戦闘機)の可能性が大である。 (注)戦争については語るつもりはありません。
あくまで歴史の資料として見て下さい。

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