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おそらく、死が教えてくれることは・・
「わたし」が一体なんだったのかという事だろう。
それはこの時空において、この肉体を司るかのような「わたし」の存在はどういった素性のものだったのか。
と、いうことであろうが・・
しかし、その死でさえも「わたし」が一体どこから来たのかを教えてくれはしないだろう。
「わたし」が仮想的データ管理人に過ぎなかったとすれば・・ただ消えてなくなる、それまでの話。
仮に物質的未知の法則、存在によりなんらかの形でそのデータが・・時空上に残るのであったとしても・・
同じことである。
ならば、「わたし」は死後、肉体を離れ霊となり個として存続するとすれば・・
しかし、これも同じ。
「わたし」はどこでどう生まれここまで存続してきたのかは霊となった「わたし」であってもわからないであろう。
それは、たとえ霊の実感が肉体をもつ存在の実感を遥かに上回るものであったとしても・・
知識を蓄える効率、容量が莫大なものであったとしても・・
それは、過去には戻れないことと同様だ。
「わたし」の起源を探る願望はタイムマシンを夢想することと同じなんだ。
無限の運動は時を止めるのかもしれない。
しかし、逆には進まない。
虚時間だろうがなんだろうが進めばそれは前。
未来なんだ。
本当に知りたいのであれば・・・
きっと答えは前にある。
それは・・
無限の時間とともにある
数限りない体験と・・
・・実感。
「わたし」の中にあるだろう・・
始まりの種を見極め・・
ただただ実践する・・
気の遠くなるような・・
遥かなる旅路。
「わたし」が在り続けるのであれば・・
・・知りたい。
・・そう思うことにも意義があるのかもしれない。
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仮に宇宙の起源が解明されても、そしたらそれ以前はどうであったのか?また、その宇宙を作る基となった物はどこから来たのか?
永遠に続く「?」ですね。「わたし」の起源にしても。
《虚時間だろうがなんだろうが進めばそれは前。未来なんだ。》ってのは面白い。
なるほど、タイムマシンで過去を見に行ったとしても、自分の時間軸の中では整然とした流れの未来ですね。
2007/9/28(金) 午前 9:14
やはりわからないのでしょうか・・・。でも知りたい〜!><
わからないけど信じて進み続けるのは、時につらく虚しささえ覚えますが、そうは言っても進むしかないのですよね^^
2007/9/28(金) 午後 1:37 [ sylvia ]
寅さん、そうですね〜始まりの謎は永遠に続きます。
地球が丸いようにどこまでいっても無始無終。時間軸もある意味閉ざされた宇宙の要素なのかも知れませんね。
どんなに名残惜しかろうが時間は容赦なく前に進みますからね。
前に進む一方通行の強制。何故か?
きっと後ろには何もないんですよ^^
2007/9/28(金) 午後 8:12
シルヴィア同志、知りたいですよね〜^^
知りたいったら、知りたい♪
この気の遠くなるような遥かなる旅路の果てには・・
きっと答えがあると思うんです。
今、自分にある始まりの種はきっと「良心」
信じてますよ〜^^
消えてなくなるなんて・・「イ・ヤ♡」
2007/9/28(金) 午後 8:12
相対性理論によって、時間がそれまで考えてきたモノとは違うらしいことが分かってきましたが、同時に物質とエネルギーも同じモノ、なんてことらしいですし……
きっと時間と空間も同じモノなんだろうなぁ〜。物質に対しての影響がたまたま現在のようなカタチに納まってるだけで。
ヒトの記憶が過去へ進む虚時間だったりして…
2007/9/29(土) 午前 11:32 [ ひら ]
時間と空間も同じモノ・・ううむ、表出した次元の要素と捉えるならそうかも知れませんね。
僕達は流れの中に生きる何かですから、流れを必須としない世界は想像外となってしまいますが・・物質的影響力の確定要素としての時間ならば単に次元の一要素として考えられなくはないですね。
ただ、この記事で言う「前」とはいわゆる時間の経過だけではなくあるベクトルで、少なくともそれを意識したものにとっては絶対的なものであり、仮に物理法則を離れた存在になったとしてもあるはずのものと考えています。
つまり、「前」があるということに意義を見出したいのですね。
僕達はもう、ただ生まれて死ぬだけの存在じゃないんだと・・
思いたいのです。
2007/9/29(土) 午後 9:00
「死んだらおしまい」じゃないってことを、無性に確認したくなる瞬間はあるものです・・・「私」は、ずうっと、在り続けることができるのか?って問いに対しては、祈るような気持ちで、そう信じるくらいしかできません・・・。
2007/9/29(土) 午後 9:10
死んだらおしまいじゃないってことを確認出来ないのがこの世の重要な意義の一つなんでしょうね。
確認出来ちゃったら、誰も真剣に生きようとしないかも?
ん〜、一気に絶滅まであります^^
それじゃあこの世の意味がないですもんね。
つまり、霊魂説を信じるのは自我の執着心に根ざすものではないものであってはじめてその意義があるのだと思うのです。
興味をもつきっかけはそうであったとしても・・受け入れたらそうなっていくものなのですよ。
2007/9/29(土) 午後 9:26
幽霊となってそのへんの人々を驚かすのも楽しかろうと思いますがガラガラとシャッターが下りて「はい終わり」もスッキリするのでは‥とも思うのですが。どうなるかはその時のお楽しみ^^
‥すみません〜またこんな私で(T_T
2007/9/30(日) 午前 1:01 [ min*r_q*een ]
あはは!!あはは!!
凄い!凄い剛速球です!高校時代の江川並、かるく160キロはあります^^
ガラガラシャッター説もある意味すっきりするのかもしれませんね〜、本当の意味で死ねるんですから。
ただ、そんなに甘くはないだろうな〜と考えてますが^^
刹那的な意味合いを帯びてすっきりを見るか、或いは全て悔いなしの境地からすっきりを見るか?
とりあえず確実に一幕が下りるその時のお楽しみですね^^
2007/9/30(日) 午前 7:59
これまでに、どんな「私」であったかとか。どんな死に方をしたとか、あまり気にならないのですが、これまでの「わたし」が、自分の役割から逃げていたりしたら嫌だな〜と思います。「わたし」から逃げて居なくなりたくないです。そして出来る事なら、もう生まれてくるのはいいかも。あはは〜(^^)人の生き死にを自分で決めれないか。でも魂はきっとまた目的を持つんだろうなと思います。
2007/10/11(木) 午後 2:38 [ ama**risu*ire ]
僕も同じ意見です。前世には全く興味はないですね。みんな何故知りたがるのかもわかりません。知っちゃったら今世の意味がなくなっちゃうのに・・まぁ、本気で知りたがる人もいないか^^
役割から逃げるのは嫌ですね。責任からは逃げても役割からは逃げられないですよね。・・自分で選んでるんですから。
そう、役割は果たさない人はきっといないはずの、魂の選択ですよね。
2007/10/11(木) 午後 9:15
おぅ・・・0__0どうしましょ。私、前世をみてもらったことがあります。今世の意味、なくなっちゃうのですか・・・?ひょー、どうしましょ・・・
2007/10/13(土) 午後 4:53 [ sylvia ]
はは^^まぁ、霊媒師とかに過去世の概要を少し言われたからって全然問題ないですよ〜。
もし、その見たって人が本当にわかったんだとすれば、当人の今世の核心にもろに影響のない形にアレンジして語るはずでしょうね。
本当にそれがわかる程の人ならばそれを本人に語ることの重大性を意識しないはずはないですから。
僕は人の前世のことを簡単に見えるかのように語るのは単に世間の関心に迎合したリップサービスで、そのほとんどが霊能者自信の意識の直感でイメージしたものに過ぎないだろうなと思っています。
・・まぁ結局、僕が何が言いたいかと言うと・・
過去世を全て知ってるんなら、わざわざ生まれてくる必要性はないだろうってことですね。
死んでも次があることを知って生まれてきてもカルマの清算にすらなりませんしね。
まっさらな形から魂の核を試すことにこそ意義があるのではないでしょうか。
2007/10/13(土) 午後 6:07