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「正義」・・・通常、普通に日常を送る上ではなんら必要のない概念だ。 |
声と手の輪
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労働の嫌いな人はいない。 |
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喜怒哀楽・・感情をテーマに分類考察するという文脈で語られた会がありました。 |
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今回のテーマには、僕も少々意見してましてね・・
「愛」は総和だから、以後何回も取り上げるテーマにして欲しいみたいな感じで。
それぞれはどんな切り口でもいいと思ったんですね。
それこそ「愛」の形は無限にあるんじゃないかってさ。
それがどんどん織重なって総体を感じていくみたいな・・ね。
僕は「愛」をそんな感じで捉えてるんです。
陰陽で言えば「陰」のアプローチです。
たださ、ひたすらにこういった感じで語る「愛」にはビシッとした理解は望みにくいんですよね。
だからこそ、美意識や価値観によって或る種のふるいにかける。そういった方向性で着手して頑張ってる人もいます。
陰陽で言えば「陽」のアプローチですね。
当然両方必要なんです。
今、自分が「愛」だとして・・いかに思うか、いかに言葉にするか、いかに行動するか。
それは陽のアプローチなくして成されるはずもないですからね。
また・・
今、この時、この状況、この場面を「愛」として・・いかに受け入れるか。
それは、陰のアプローチがアシストしてくれるはずだと僕は思ってます。
僕たちは常に選択の場面に立っています。
僕たち「意識」は常に自分自身を表現している。
選択によって。
それによっては本当の自分自身「愛」ではなくなることも選べてしまう。
だからさ・・
「愛」を選ぼうじゃないか。
・・ってね。
僕たちは「愛」で在りたい。
・・そういうことなんだよね。
この記事は、『手と声の輪』(http://blogs.yahoo.co.jp/haru_zion_haha春紫苑『Hand In Hand』参照)企画として書いた記事です。
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愛について・・です。
愛といってもどの愛?
・・となれば本当の意味でこのテーマに向き合っていることにはならないかもしれません。
愛にも色々あるのではなくて、色々なものが愛なのですから。
よく使われるニュアンスとは別に「愛が全て」という言葉の意味は「全てが愛」であるから・・
・・そう思っていたりします。
私たちはこのことを前提に世界を冒険するのです。
魂、精神、肉体、これらの声を聞きつつ・・それぞれ個別に独自の価値観を形成していきます。
その価値観を帆に冒険という航海を進めます。
動力は「愛」という風、流れる時間(とき)です。
風となった愛は私たちを色んな場所へと運んでくれるでしょう。
柔らかく乾いた風も、暖かく水を含んだ風も、砂ぼこりを撒く強風も、無音の匂いだけを運ぶ凪も・・
・・みんな愛なのです。
そんな愛を受けて旅する私たちも愛です。
私たちは愛が具現化した存在。
手にしたものは自由です。
世界は完全無欠の愛でそれを許しました。
完全無欠の愛の子である私たちは冒険をします。
理由は私たち自身「愛」の体験のためです。
自由を背景とした冒険は色んな愛を教えてくれるでしょう。
親子の愛、兄弟の愛、男女の愛、同胞の愛、動物の愛、植物の愛、芸術の愛・・
・・生命(いのち)は愛。
・・みんな、みんな愛なのです。
この記事は、『手と声の輪』(http://blogs.yahoo.co.jp/haru_zion_haha春紫苑『Hand In Hand』参照)企画として書いた記事です。
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