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反戰平和を唱へる人達が『悲慘な戰爭を繰り返してはならない』とよく言つてゐます。
この『悲慘な戰爭』について少し。
『悲慘でない戰爭』は考へ難いので『悲慘である戰爭』と云ふ意味だと捉へて書きます。
『悲慘な戰爭』には『戰爭=悲慘』と云ふ式が成り立つてゐると思はれますが、『戰爭=悲慘』はをかしい。
悲慘なのは戰爭の現場である戰場のことでせう。
鮮血が噴き出し、
人肉が飛び散り、
内臟が飛び出し、
糞尿が垂れ流れ、
異臭が漂ひ、
悲痛な叫びが聞こえる。
確かに悲慘です。
目を覆ひたくなります。
耳を塞ぎたくなります。
しかし。
しかしです。
現場が悲慘なのは戰爭だけではありません。
醫療現場では鮮血が噴き出ます。
事故現場では人肉が飛び散り、内臟が飛び出ます。
介護の現場では糞尿が垂れ流れます。
火葬場では異臭が漂ひます。
それでも、醫療は行はれ、事故は無くならず、介護は必要で、火葬は續きます。
現場が悲慘であると云ふ理由で戰爭を否定してはいけません。
『戰爭=悲慘』ではなく、また、「戰爭=惡」でもない。
人間は戰はなければならない時がある。
さういふ事ではないでせうか。
と云ふことで今回は『戰爭(戦争)』の「戦」
正字では「戰」
「戰」 戈部 十二畫
音:セン
意味:たたかふ、たたかひ、たたかはす、おそる、をののく、そよぐ
「口口」の部分を「ツ」に變更したものです。
「單(単)」「彈(弾)」等が同類です。
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