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言葉は要らなかった。 ベッドに横たわる君が伸ばした、すっかり細くなってしまった手を握る。 ただそれだけで、君の身に何が起こっているのか分かってしまう。 俺の手を握り返す君の手に全く力がない。 それどころか、少しでも力を入れれば砕けてしまいそうな、カサカサになった君の手からは既に死が滲み出ているような気すらする。 こういう時は嘘でも「大丈夫」と言ってあげるべきなのかも知れないが、医者を夢見て勉強だけに人生を捧げて来た俺には逆にその言葉が残酷な凶器に思えて仕方がなかった。 そして、そんな俺を好きだと言ってくれた君との別れに、俺はただ君のそばに居てやる事しか出来ない。 元々君の身体を蝕むその病を治したくて医者になると決めたのに、それが夢に終わってしまうと言うのに、情けないにも程がある。 「あはは、どうしたの?すっごい顔してるよ」 掠れた声で微笑んだ君に、俺も精一杯の笑顔で答える。 だけど、やっぱり悲しさを誤魔化すことは出来なかったのだろう。 君は微笑んだまま、握られていない方の手で鼻の頭を掻いた。 昔から、君が何か困った時にする癖だ。 「ね、私はもう大丈夫だよ」 自分の事なのだから、君もきっと分かっているだろう。 なのに、君はいつも通り俺のことばかり心配して、ちっとも気弱なことなんて言わない。 「なぁ・・・」 「なーに?」 「いや・・・」 話しかけはしたが、何を言えばよいのか分からずに俺は言葉に詰まってしまった。 君は優しい瞳で俺を見つめたまま、ずっと俺の言葉を待っている。 「あのさ、覚えてるか?俺が始めて酒を飲んだ時さ」 「覚えてるよ。酔っ払って私の胸、いきなり触ってきたよね」 「あの時はゴメンな。全然覚えてないんだけどさ・・・」 「あはは、それ、謝れてないよー」 「はは、そうだな」 「でも、私も謝らないといけないこと、あるんだ」 「え?」 「実はね、君、あの時私に何にもしてないんだよ」 「ええ!?」 「あはは、酔った後すぐ寝ちゃうんだもん」 「なんだよ・・・酷いなぁ」 「君の困った顔、可愛いんだもん」 何とか搾り出せたのは、思い出話だけだった。 ただ、それでも久しぶりに俺は君との会話で心から笑えた気がする。 「それじゃさ、俺が免許取った時のことはどう?」 「勿論。二人でドライブ行って、迷子になって帰れなくなったよね」 「あの時は焦ったな。本気で向こうの宿探したもんな」 「そうだねー私は身の危険も感じたよ?」 「おいおい・・・」 「だってさー、彼氏と彼女がドライブで迷って宿探しなんて、どう考えても下心ありでしょ?」 「酷いな、俺は・・・」 「分かってるよー君、からかうと本当に可愛いよねー」 俺の手を離れた君の指が、俺の鼻の頭を掻く。 でも、それが最後の力だったのか、君は口だけ微笑んだまま、目を閉じた。 「おい!」 「大丈夫だよー」 「ダメだ!目を開けろよ!」 「あはは」 俺は君の手を再び握る。 まだ暖かい君の手から、命がどんどん流れていくのが伝わってくる。 もう、長くない。 「行くな!行かないでくれ!」 「困った、なぁ・・・もう、動けないや・・・」 「そんなこと言うな!頼む!頼むよ・・・」 「お医者さんの・・・卵・・・でしょ?あたふたしな・・・いの」 確かに医者になれば、人の死と向かい合う機会も出てきてしまうだろう。 しかし、俺はまだ医者ではないし、君の死と向かい合う覚悟なんて出来ていない。 でも、もうどうしようも出来ないことも、分かる。 だから俺は、君の鼻の頭を優しく掻いた。 「あは・・・は・・・やっぱり・・・やさし・・・ね・・・」 「お前には負けるよ」 「あはは・・・また・・・さ・・・会おうね・・・」 「あぁ・・・絶対、絶対また会おう!」 「あはは・・・困った・・・な・・・」 「会えるよ。絶対、また会える」 「あは・・・は・・・」 君から微笑が消えた。 握った手はまだ暖かいけど、それはもう、生きている人の手じゃない。 「・・・」 言葉が出なかった。 涙も、出ない。 ただ、君の手を握ったまま、俺は自分が震えているのが分かった。 君の顔は、朝日が昇ったら元気に目覚めてくれそうな、キレイな寝顔みたいだ。 でも、君はもう。 俺は先生を呼んで、病院を出た。 帰り際、君の最後の言葉を思い出して、俺は鼻の頭を掻いた。 「また会おう、か」 そんなこと、言われるまでも無いことだ。 君とのお別れから数年。 俺は医者として、これからたくさん人間の命に関わっていくだろう。 君に支えたれた俺の人生で、俺は誰かを支えていきたい。 そして、いつかまた君に会った時、鼻の頭を掻きながら、俺は君に伝えたい。 「ありがとう」の一言を。 応援よろしくお願いします!
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ちょっと 切なくなったなあ…手はあたたかくても生きている人のとはちがうというお別れの描写がとくに
フェクトさんの書く物語は いつもちゃんと心に浸透します
2010/9/28(火) 午後 11:23 [ - ]
すごく切ないお話でした・・・最近涙腺がゆるくなってしまったのかもしれません(^^;最後の思い出の話をしている所がまるで走馬灯を二人で語っているみたいで、じーんとしてしまいました。
最後、彼女が全ての力を振り絞って彼の鼻の頭を掻いていくところが本当に良かったです♪フェクトさんの作品は感動出来るので本当に好きですよ♪
ではでは、トリプル応援ポチです。
2010/9/29(水) 午前 0:45
やぁフェクトさん。
素晴らしい…そして美しいです。
2010/9/29(水) 午後 7:43 [ こなん ]
切ない話でしたね、いつも見ていた作品とジャンル違いますがとても良かったです
3ポチしていきます^^
2010/10/1(金) 午前 0:20 [ ポッポ ]
感動しました!
でも哀しすぎますよっ(涙)!!
でも別れって出会うための準備のような気もします。
だから彼女が最期にまた会おうねって言ったのだと思いました。
別れに出会うたびに人の命の尊さを感じてなりません。
だから今を大切にしようと思います。
フェクト様、素晴らしい小説をありがとうございます。
これからも頑張ってください!
応援していきます!!
2010/10/1(金) 午後 7:00 [ 牧野 葉留 ]
>>たんぽぽさん
主人公は、医者の卵だからこそ、死の気配を感じてしまいました。
愛しい人の死、たんぽぽさんなら最期の時、どうしますか?
お褒めの言葉、ありがとうございます。
これからも、皆様の心にビシっと届く作品を書いていこうと思います。
2010/10/2(土) 午前 0:26
>>クールさん
あはは、移っちゃいましたか?
困ったな、実はこのとき、彼女の方も思っていたのかもしれません。
たまにはこういう話を書くと、感性が磨かれる気がします^^
トリプルポチ、いつもありがとうございます!
2010/10/2(土) 午前 0:28
>>鍵コメさん
こんばんは!
応援ポチありがとうございます^^
よいお話でしたか?
今回は「切なくなる話」を目指したので、そのお言葉、嬉しいです!
2010/10/2(土) 午前 0:30
>>こなんさん
ありがとうございます。
今回の作品は、死は美しいものであってほしい、そんな自分の願いがこもった作品でもあります〜
2010/10/2(土) 午前 0:31
>>ポッポさん
こういうジャンルはある特定の心理状態の時でないと書けないため、その分書く時は力を入れるよう努力しています。
お褒めの言葉、ありがとうございます^^
ポチ3つ、いつもありがとうございます!
2010/10/2(土) 午前 0:32
>>牧野さん
ハッピーエンドで終わらない物語は時に、ハッピーエンドの物語よりも心に語りかけてきます。
自分の作品がその域にあるとは思いませんが、感動したと言っていただけると、次への励みになります!
なるほど、牧野さんはそう受け取ってくださいましたか!
今回の「また会おうね」という言葉には、自分は自分で一つの受け取り方を決めました。
そして、それはこの作品を読んでくださる皆様には伝わらないよう、わざと書いていません。
牧野さんは牧野さんの、この物語の奥をお楽しみいただけたらと思います。
応援、ありがとうございます!
2010/10/2(土) 午前 0:36
切ない!!
ですが、なんだか綺麗な描写で、心に残りました!
この二人の過去が滲み出ているようで良かったです!
応援ぽちです!
2010/10/2(土) 午後 11:45 [ - ]
>>新羅さん
ありがとうございます^^
書いた作品が誰かの心に残ってくれる。
この上ない喜びです。
二人の過去が、いかに幸せだったか、感じ取っていただけましたか!
嬉しいです^^
応援ポチ、いつもありがとうございます!
2010/10/4(月) 午後 10:45