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俺はこの女が嫌いだ。 何があっても笑顔で居るこの女の周りには常に人が居る。 男女の分け隔て無く誰とでも仲良く出来るこの女には、人を引き付ける何かがあるのだろう。 そこが嫌いだ。 誰とでも仲良く出来るなんてのは、どちらかが妥協か目的を持っているからに決まっている。 例えば、今の俺の様に。 「濡れてない?ゴメンね、無理言っちゃって」 今日は夕方から雨が降る。 天気予報が珍しく当たり、部活を終えた生徒達が帰り始める頃に怪しくなり始めた空は、それから大して時間を置かずに大粒の雨を降らし始めた。 俺は図書室で本を読んでいる内に帰るタイミングを逃してしまった口だ。 「別に。駅までなら、同じ方向だし」 鞄に常に折り畳み傘を入れている俺には何の問題もない、筈だった。 だが、この女は下駄箱で靴を履き替えていた俺を見付けてニコニコしながら話し掛けてきたのだ。 同じクラスの人間としては恐らく唯一話した事もないであろう俺に、このタイミングで話し掛ける。 避けられていると分かっていないのか、それともただの馬鹿なのか。 こう言う所も嫌いだ。 「君とこうしてお喋りするのは初めてだね」 流石の俺も傘を持っていないと困り顔で笑う女子を無視する事は出来なかった。 だが、1本しかない傘を渡してしまう訳にもいかない。 そこで俺は妥協を余儀なくされた。 つまり、嫌いな女との相合い傘だ。 「そうだな」 会話が弾む筈もない、学校から駅までの道。 致し方なく犠牲にした鞄は雨水を吸って重いし、小さな傘に2人で入っているから歩きにくくて仕方が無い。 「君ってもっと怖い人なんだと思ってたよ。優しい人だったんだね!」 「そうでもねーよ。駅までならって言ったろ?」 「大助かりだよー!ほら、私等のガッコの周りってなーんにもお店がないじゃない?駅の売店まで行かないと、傘も買えないんだもーん!」 ニコニコするだけならともかく、この無駄に高いテンションは一体何処から来るのだろう。 俺は1人で居るのが好きだ。 1人で本を読むのが好きだし、1人で物語の登場人物になる妄想をするのが好きだ。 こういう雨の日は雨音をBGMに考え事をするのが好きだ。 なのに、この女は俺の楽しみを妨害しに現れた。 優しくしろなんて無理な話だ。 「今度から折り畳み傘くらい持ち歩けよ」 「えー?」 「急な雨の日とか、便利だぞ」 遠回しに迷惑していると言ってみる。 こんな目に遭うのは二度と御免だ。 「うーん、どうしよっかな?」 「おい」 「だってさ、傘が有ったらこうして君とお喋りする機会なんて無かったかも知れないじゃない?」 「お前な・・・俺が無視して帰ったらどうするつもりだったんだ?この際ハッキリ言うが、俺はお前が嫌いなんだよ。今だってスゲー迷惑してんだ」 察しの悪い輩は大嫌いだ。 人の気持ちを分からない奴は誰かと交流を持つ資格なんて無い。 だからこそ、俺は1人が好きなんだ。 他人の顔色を窺いながら生きるなんて真っ平御免だね。 「それでも私は君と一緒に帰ってたよ。勿論、傘に入れてなんて言わないでだよ?」 「はあ?なんでそうなるんだよ?」 「この際だから言わせて貰いまっす!私ね、君の事好きなんです!」 傘を持つ俺の右手に手を重ね、この女は俺の目を真っ直ぐに見据えてきた。 今ここで返事をするまで逃がさないと言う意思表示だ。 嫌いだと言い放った相手に大した度胸じゃないか。 それとも、やはりただの馬鹿なのかも知れない。 「あのなあ・・・」 「私ね、君に憧れてるんだよ。君は私と違って1人で何でも出来るから、凄くカッコイイって思ってる」 「なんだそりゃ。お前なら、1人でやらなきゃいけない状況なんてないだろ?あんだけ友達居んだしさ」 「友達じゃ、ないんだよ・・・」 周りに居てキャーキャー言い合う奴が友達でないなら、一体何だと言うんだ。 俺はあの騒音に何度も不快感を覚えた。 迷惑だったんだぞ。 「聞いちゃった事、あるんだ・・・陰で私の悪口言ってたの。でも、私にはそれを言う勇気なんて無かった。悪口言われてるの知ってるのに、友達のフリをし続けてるんだよね」 「良く聞く話だが、ホントにあるんだな」 「うん・・・。でも、君はさっき私の目の前で私が嫌いって言ったよね?そう言うの、カッコイイって思うんだ!結構ショックだったけど・・・」 告白する前にバッサリフラれたのだから、俺が言える立場じゃないがショックなのは分かる。 それにしても、陰口を聞いてしまうとは運の悪い奴だ。 あれだけ大勢に囲まれて生きてんだから、言われてない訳ないのは気付いていただろう。 それでも実際に聞かなければ何とでもなるものなのに。 「はあ・・・まあ、こうしてたまになら良いぜ」 「え?何が?」 「雨の日に傘に入れてやる位なら構わないってんだよ。お前の事は嫌いだが、陰でコソコソやる様な輩よりかはマシだ」 「ホント!?」 「何度も言わすな」 俺の手を掴んだまま、沈んだ顔をしていたコイツに笑顔が戻った。 俺としては、早く手を離して欲しくて取った妥協案だったのだが。 あんな話を聞かされて『はいそうですか』と別れられる程俺は鬼じゃない。 たまに話を聞いてやる位なら、まあ良いだろう。 −この時は思っていた。 −高校を卒業するまでの間くらい、たまになら構わないと。 −だが、俺とアイツの繋がりは思った以上に強かったんだ。 「濡れてないか?」 「大丈夫。アナタは?」 「傘が小さいからな。お前が濡れてないなら、大丈夫だ」 −あれから60年余り。 −まさか、こんなにも長く付き合う事になるなんてな。 −今も変わらず、雨が降ったら小さな傘に2人で肩を寄せ合いながら収まっている。 −変わったのは、1つだけだ。 「なあ、一言だけ、俺の話も聞いてくれるか?」 「あら珍しい。なあに?」 「昔は色々言ったけどな・・・俺、お前を愛してるよ」 誰とでも仲良くなれるのは、どちらかに妥協か目的があるから。
ただし、それは人と人との繋がりにとって始めの一歩に過ぎないのだと、俺は今頃になって気付いたのだ。 |
閃き書庫
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子供の頃、私の家は大変な貧乏だった。 継ぎ接ぎだらけの服を着て、ガムテープ塗れのランドセルで学校に行く。 靴は左右で色もサイズも違う、親が近所で拾ってきた物だった。 当然足は何時もボロボロで、病院にも行けないのにまるで象の足の様に晴れ上がった事もあった。 そんな悲惨な子供時代を送った私だが、今はごく普通のサラリーマンとしてごく平凡な暮らしをしている。 夢が無かった訳じゃないが、辞書すら買えなかった私に医者と言う職業は所詮夢だったのだ。 今の暮らしにはそれなりに満足しているし、夢を諦めた事に後悔はない。 「すみませーん!ボール取ってくださーい!」 昔を思い出しながら公園のベンチで安い弁当を食べていると、足元に綺麗なサッカーボールが転がって来た。 遠くで小学生くらいの男の子達が手を挙げている。 そういえば、学生は夏休みの時期だ。 毎日スーツを着て仕事をしているからか、元気に駆ける子供達が無性に眩しく見えた。 それは、友達とのサッカーも満足に出来なかった私の過去も無関係ではないのだろう。 「ありがとうございまーす!」 革靴を汚さない様ボールを投げてやる。 子供達は時たま笑い声を響かせながらサッカーを楽しみ、私のそれとは価値も質も違う汗を額に浮かべている。 思い返せば、私にも彼等の様に新品のサッカーボールとスニーカーで友達と遊ぶチャンスはあった。 ある日近所で拾ったコインの事を、悔しさから頭の奥にしまい込んでいたのだ。 そのコインはピカピカに光っていて、子供時分の私にはとても高価な物に見えた。 そして、後から知った事だが、コインは当時大変な価値がある物だったのだ。 だが、高価な物など見たこともなかった当時の私はそれを持っている事が怖くなり、どこかに捨ててしまった。 もしもあの時コインを捨てなければ、私は定時制の学校ではなく良い大学に行けたのかも知れない。 「すみません、ボールを返して頂けますか?」 声にふと我に返ると、足元に先程とは正反対のサッカーボールが転がっていた。 ガムテープ塗れのボロボロなサッカーボールである。 そして、そんなボールを取りに来た男の子の服装も同様だった。 何処かかつての私自身を彷彿させる男の子だ。 先程の男の子達が遊んでいる中、どうやらこの男の子は1人でサッカーの練習をしていたらしい。 「君は一緒にやらないのかい?」 「僕は良いんです。皆の邪魔になっちゃうから」 見れば、男の子の靴は左右で大きさもデザインも違う。 これでは思い切り走る事なんて出来ないだろう。 仮に仲間に入れたとしても、躓いて怪我でもしたら場が白けてしまう。 私にはこの男の子が遠慮している理由が痛い程分かった。 「そうか。では、君に良い物を売ってあげよう」 「良い物ですか?」 「そうさ。おじさんはスニーカー販売員でね。君にスニーカーを売ってあげよう」 「・・・」 キョトンとした男の子に私は自分の鞄から新品の子供用スニーカーを出した。 初めての給料で買った、私がもう貧乏ではない証。 そして、私の夢が夢で終わった証である。 子供どころか彼女も居ない私が子供用スニーカーを買ったのは、今日この時の為だったのかも知れない。 「でも、僕お金を持ってません」 「君はサッカーが好きなんだろう?」 「うん・・・」 「なら、沢山練習して君がサッカー選手になった時に払ってくれ。新しい靴があれば、友達と練習も出来るだろう」 「でも・・・」 男の子の目はスニーカーに釘付けになったまま、頭では必死に断る理由を探しているらしい。 いや、きっと自分を納得させられる拒否の言葉を探しているのだろう。 私が夢を諦める事が出来たのは、私自身がチャンスを捨てたからだ。 この男の子には、私が捨ててしまったものを代わりに大切にして欲しい。 「なら、拾った石でも何でも良いからお代を貰おうか」 「え・・・良いんですか?」 「私は変な物を集めるのが好きなのさ」 「なら、これ、さっき拾ったんですけど・・・」 男の子が継ぎ接ぎが目立つズボンのポケットから出した物を見て、今度は私がそれに釘付けになった。 どうしても忘れられなかったピカピカのコインが男の子の手の平の上で光っている。 「これ、何処で拾ったんだい?」 「学校の近く」 「そうか・・・」 恐らく、このコインは私がなくした物とは別物なのだろう。 私がコインを捨ててからしばらくして、コインは大量に出回り出したのだ。 今ではかつての価値などカケラ程も残っていない、ただの綺麗なコインに過ぎない。 だが、私にとってこのコインは私の捨ててしまった夢なのだ。 「良し、これは良いものだから、お釣りをあげよう。サッカーボールとユニフォームを買うと良い」 私は男の子の手からコインを受け取り、代わりに紙幣を数枚渡した。
他人が見れば、私は大馬鹿者に見えるだろう。 何の価値もないコインに最も価値がある紙幣を何枚か使ったのだ。 後ろの方で男の子が何か言っていたが、私はその場から逃げ出した。 誰が何を言おうと、私は本来ならば金では買えない物を買えたのだ。 捨ててしまった私の夢を。 そして、これは何の根拠もない私の予感だが、あの男の子も私から夢を買えただろう。 しばらく速足で歩き、ふと汗が目に入り瞳を閉じると、鮮明に映像が浮かんで来た。 それは、何年かの後にサッカー選手となって駆ける男の子と、医者として白衣に身を包んだ私の姿であった。 |
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絵心の無い俺にとって、今この時間は苦痛でしかなかった。 郊外学習で地方の山に来て、一日掛けて好きな絵を描く。 受験も終わり、後は卒業を待つだけの生徒に対するレクリエーション、と言うより、最早ただの遠足だ。 それでも何かしらかの作品を仕上げて来いと言うのだから、先生達も意地が悪い。 残る時間はたったの1時間。 俺と一緒に騒いでいた友人達は、いつの間にか各々の作品を提出してまた笑い合っている。 1人真っ白なキャンパスを広げた俺には、あいつらが皆裏切り者に見えて仕方が無い。 「あれ?何やってんの?」 ふいに俺のキャンパスに黒い線が踊った。 長い髪の毛を掻き上げながら、人のキャンパスを覗き込んだ裕美が「邪魔しちゃった?」と悪戯っぽく笑う。 全くもってその通りなのだが、それを指摘するのは野暮だろう。 「裕美は終わったのかよ?」 「私は終わりません!まだまだピチピチのエイティですから!」 「そういう意味じゃねーよ・・・」 「ふふっ、君ってからかうと面白いよね。真面目だからかな?」 「からかわれる方としてはウザったい事この上ないけどな。ついでに、エイティは80だ」 「ほら、やっぱり真面目だ。拓也だったらノリツッコミの1つもしてくるのに」 何が面白いのか腹を抱えて笑っている裕美を無視し、筆を握ってキャンパスに目を落とす。 時間もない事だし、お題は好きなものだ。 こうなったら、その変の落ち葉でも描いてしまおう。 「ちょっとー!無視って酷くない?」 「見ての通り、裕美に構ってる暇ないんだよ」 「君、好きなものないの?」 「此処にはラーメンもポテチも無いからな」 「食べ物ばっかり・・・」 涙を浮かべながら笑う程、変な事を言っただろうか。 此処にあるのは初春の寒々とした山景色だけだ。 こんなもの、何をどう好きになれって言うんだ。 「そういう裕美は何を書いたんだよ」 「私?私は好きなものがありますから!何を書いたか、知りたい?」 「ハイハイ。お前等の惚気話を聞いてる時間はないんだよ。邪魔だから、拓也のとこにでも行っててくれ」 裕美と拓也の仲は有名だ。 何時も一緒に居るし、俺もお似合いだと思っている。 裕美の事だ、何を書いたかなんて聞くまでもない。 「ふふっ、やっぱり真面目だ」 「何だよ。そんなに可笑しいか」 「オマケにニブチンと来てらっしゃる」 「はあ?」 「私と拓也が恋人だと思ってるでしょ」 「思ってるよ。これでも気を遣ってるんだぜ」 「ふふっ、真面目君だねえ。言っとくけど、気付いてないのは君だけだからね」 何の話か理解できない。 裕美は恋はまず周りを味方にするのがモットーだと公言している。 だから俺も裕美と拓也の仲の邪魔をしないよう気をつけてきた。 それをニブチンとは心外だ。 「意味が分からん」 「君ぃ、ここまで言って分からないのかね?」 「分からんね」 「はぁ、こりゃ手強いわ。じゃあ、ヒントね。君と一番仲が良い友達は誰?」 「強いて言うなら拓也だな。付き合いも長いし」 「じゃあ、私の恋のモットーは知ってる?」 「まずは周りを味方に付けるべし、だろ?散々聞いたよ」 「それ、必死にアピールしてたつもりだったんだけどなあ。ね、分かった?」 「サッパリ分からん」 人を真面目だと言うなら、裕美はふざけ過ぎだ。 遠回し過ぎて何が言いたいのかサッパリ分からない。 俺がニブイのではなく、裕美が説明下手なだけではないだろうか。 「はあ、参りました。降参です」 「そうか。なら、そろそろ俺は自分の作業に戻るぞ」 「あ、最後にもう1つだけヒントね!」 ヒントと言いながら、裕美は裕美のキャンパスを裏返しの状態で俺に渡してきた。 キャンパスの裏面には、クラスと出席番号、名前、そしてお題として「好きなもの」と書かれている。 「それ、私の描いた絵。君が先生に出しといて!」 「はあ!?」 人に一方的に押し付けて、裕美は足速に行ってしまった。 何て身勝手な奴だ。 これはもう、俺には裕美の絵を見る権利があると見て間違いないだろう。 少しくらい落書きでもしてやろうか。 「え・・・?」 裕美のキャンパスをひっくり返すと、そこにはなんと俺が描かれていた。 今日のお題は好きなものを描く事。 結局、俺は何も描けないままだった。 応援よろしくお願いします!
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雪と雨が混ざった嫌な天気だった。 北からの冷たい風は冷たくて、マフラーの隙間から容赦なく体温を奪っていく。 寒さに震えるのは、寒さのせいだ。 「はぁ・・・」 溜息と共に白い息が踊る。 初めての恋だった。 相手は、バイト先で知り合った同い年の男の子。 あんまり他人と関わらない様にしている私は、彼が同じ学校に居る事も知らなかった。 偶然校内で会った時は、自分で不思議に思う位嬉しかったのを覚えている。 でも、何で嬉しかったのか気付いたのは、つい最近。 それが恋だと気付いた時、私の喜びは恐怖に変わった。 「はぁ・・・」 この数分間に何度目かも分からない溜息をもう一つ。 学校での彼は人気者だった。 明るくて、何時も楽しそうで、周りには必ず誰かがいる。 私とは正反対の彼に恋をしたのだと気付いた時、私の初めての恋心は叶わないだろうと思った。 彼の中で私は大勢の中の1人だったから。 「はぁ・・・」 手袋越しにかじかむ手に、そっと温かな息を吹き掛ける。 思えば、無駄な努力だったんだ。 大勢ではなく、彼にとって唯一になろうなんて、私に出来る筈がなかった。 1人で生きてきたし、1人で生きていくつもりだった私が、どうして誰かに好きになって貰える。 無理だったんだよ、最初から。 「はぁ・・・」 口元に手を持って行ったのは、手が冷たかったから。 零れそうな涙を隠すつもりなんてない。 そもそも、泣く理由がない。 無理だったんだから。 これが、当然の結果なんだから。 「はぁ・・・」 使い易そうだから買った紳士用の黒い傘に白い吐息が当たっては消えていく。 バイトの後、もし良かったら会って欲しいと頼んでみた。 わざと少し時間を置いて、心の準備をするつもりだった。 そして、時間になっても彼は来なかった。 当然だ。 初めての恋に必死になり過ぎて、告白するつもりなのがバレバレだったと思う。 同じ断られるなら、面と向かって言われるよりマシ。 彼の事だ、上手い言い訳で逃げてくれるよ。 出来るだけ傷付けないやり方をしてくれる。 「はぁ・・・」 私が押し付けた時間から、時計の長い針が2土回った。 いい加減帰らないと、電車がなくなってしまう。 私の初恋は終わった。 最初で最後の恋は、雪と雨に包まれて静かな夜に消えていった。 1人で生きるんだ。 これまでも、これからも、1人で。 泣いている暇なんてないよ、私。 「さ、探したぞ・・・」 勝手に1人で佇んでいた公園を出ようとした時、私の肩に何かが触れた。 「え・・・?」 振り返ると、顔が見えない位白い息を吐きながら、肩で息をしている彼が居た。 走り回っていたのか足元はビチャビチャに濡れ、傘からはみ出した彼の肩は雪でうっすらと白くなっている。 「どうして・・・?」 「場所、言わねえんだもん・・・見付かって良かったー!」 思い返してみると、確かに私は時間しか伝えていなかった。 テンパり過ぎだよ、私。 もっと単純な理由で、来てくれなくて当然だったじゃない。 「さて、と。何か用があるんだろ?」 「あ、え、えっと、その・・・」 吹き飛んでしまった心の準備に、考えていた台詞が真っ白になってしまった。 素直な気持ちを伝えれば良いのかも知れないけど、それが出て来ない。 とにかく嬉しくて、怖くて、爆発してしまいそうな心臓に、今すぐ逃げ出してしまいたくなる。 「ん?」 「その、なんで、来てくれたの・・・?」 限界だった。 何とか絞り出せた言葉は、ある意味素直な気持ちだけど、当初の予定とは余りにも掛け離れている。 もう、いいよ。 一度は諦めた恋だもん。 今更告白なんて、私には無理だよ。 「なんでって・・・そりゃあ来るさ。お前から呼ばれたら、来るさ」 私から顔を背けながら、彼は照れ臭そうに笑った。 私だから、来てくれた。 大勢の1人の私なのに、私だから。 意味が、良く分からない。 「え、それって・・・」 「俺を好きになってくれた子に呼ばれたら、いや、違うな・・・えっと、つまり、その・・・」 「え?え?」 お互いに言葉が出て来なくて、雪と雨の静けさが2人を包み込む。 私は、彼が好き。 誰かを好きになるなんて初めてだから良く分からないけど、とにかく彼が好き。 じゃあ、彼は私をどう思っているんだろう。 なんで、探してくれたんだろう。 「ああ、くそっ、カッコワリィな、俺・・・」 「そ、そんな事ないよ!来てくれて、嬉しかった・・・」 「ありがとう。俺も嬉しかったぜ、待っててくれて・・・」 お互いに、それ以上は何も言えなかった。 言う必要も感じなかった。 ただ、私は彼の中の私が大勢の中の1人じゃなかったんだ。 それが嬉しくて、私は雪か雨の水滴で頬を伝う暖かい何かを誤魔化した。 応援よろしくお願いします!
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旅が好きだった。 見た事の無い景色、初めての匂い、新たな出会い。 行く先々で必ず何かを感じられた。 でも、気付いてしまったんだ。 どんな感動でも、その先には必ず別れがある事を。 「明日、行くね」 旅の中で、私はとある町に滞在していた。 止まない雪が時を止めた、白い静かな町。 その町で、私は1人の男性に出会った。 私と同じく旅の途中だと言う、とても素敵な男性と。 「僕も明日には町を出るよ」 行きずりの恋だったけど、私の今までの中で一番の恋だった。 折角の旅の感動よりも、彼の事だけが頭を埋め尽くしてしまうような、恋。 雪の寒さのせいか、彼の暖かさがより感じられた。 「楽しかったね」 この町に居る間、私はずっと彼の隣に居た。 「うん。楽しかった」 彼の隣に居る間、私はずっと彼の顔を見れなかった。 「次は何処に行くの?」 彼を見てしまったら、終わってしまう気がした。 「風の向くままにさ」 町の時は白く止まっていても、旅人の私達は止まれない。 「私も。旅人だから」 彼を見てしまったら、私も止まってしまうだろうと思った。 「明日は良い風が吹くよ。きっとね」 私の旅は終わり、ただ彼を探すだけになってしまうと怖くなった。 「そうね。きっと、ね」 顔も覚えていない良い人。 彼をそれ以上にしてしまったら、私は変わってしまう。 「君の旅に幸あれ」 旅人の私を隣に居させてくれた彼に旅人でなくなった私がどう思われるかなんて、考えたくもなかった。 「貴方の旅に幸運を」 俯いたまま、私は笑った。 きっと、彼も笑っていたと思う。 「ありがとう」 これが旅人の宿命なんだと信じた。 どんな出会いでも、必ず別れが訪れる。 旅人として出会ったものと、旅人でなくなってからも変わらず居られる筈がないから。 それが、私にとっての旅だから。 「さようなら」 彼が先に言った決別の言葉は、私に深々と突き刺さった。 痛くて、切なくて、泣きそうになった。 「また・・・ううん。・・・さようなら」 また会いましょうを飲み込んで、私も別れを口にした。 旅の出会いは一度だけ。 次があっちゃいけないんだ。 「さようなら・・・」 小さくなりつつある彼の背中に、もう一度お別れを言った。 もう二度と彼と会う事はないと思う。 もし会えたとしても、その時の私はもう私じゃない。 同じく、彼ももう彼じゃなくなっている。 止まった町で動き出した時は、二度と止まる事はないから。 応援よろしくお願いします!
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