作家を目指しつつ、リーマンに・・・

我流ではありますが、作家を目指して行きたいと思います。

名モ無キ野菊、咲ク

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妙編 参ノ巻

 領主の家に運び込まれてから、2日目の夜、目を覚ました少年は、自分の名を式と言った。
 式曰く、山を2つ越えた地にて、小規模ながらも戦があり、式はその戦に敗れ、徹底中に敵の矢を受けた、との事だった。

「式さん、アンタは運がある。あの辺はな、冬になる前の熊が出る場所でな、アンタ、食われとっても可笑しくなかったでな」
「・・・助けて下さったご恩は決して忘れません。ありがとうございました」
「そりゃ、礼を言う相手が違うでな。ワシは仕事しただけでな、礼なら、素っ裸でワシを呼びに来た、妙に言うでな」
「妙、殿・・・して、妙殿は、何処に?」
「隣におるが、今は寝とるでな。朝までは、アンタも休んでるでな」

 式は、妙と言う名に、僅かに表情を曇らせた。
 式には、妙と名付けられた、妹が居たのだ。
 だが、式が産まれ育った地は、妙が産まれた年に大きな水害があり、妙を養う余裕などなかった式の親は、泣く泣く妙を捨てたのであった。

「・・・分かりました。ですが、この礼は、必ず・・・必ず致します」
「お代は領主から受け取ってるでな、ワシに礼をしたいなら、早いとこ元気になるでな」
「・・・はい」

 式は、出て行った先生の気配が遠ざかるのを待ち、布団から這い出した。
 矢を受けた背は、まだ血が滲んでいた。
 だが、傷がどうしたよりも、式は確かめずにはいられなかった。
 式は伝えたかった、例え、妙は恨んでいたとしても。

「失礼致します」

 式は、妙が眠る部屋の襖を開けた。
 そして、式は今開けた襖を慌てて閉めた。
 妙は、起きていたのだ。
 それも、式が開けた襖から差し込む月明かりに、艶やかな素肌を照らしていた。
 すると、困惑する式に、柔らかな手が伸びてきた。

「もう、ケガは良いのですか?」

 手の主は、椿であった。
 椿は、替えの包帯と練った薬草を抱えたまま、驚く式に微笑みかけた。
 しかし、椿に母の影を感じながらも、式はその手を振り払った。
 それは、椿から漂う臭いを嫌ったからであった。

「何をするのですか?」
「恩人であるこの町の方に無礼を働いた事は謝ります。ですが、この臭い・・・アナタは」
「・・・」

 身を引いた式の背に、妙の柔らかな肌が触れた。
 そして、この時、式の中で2つの感情が生まれた。
1つは、喜び。
 血の成す業なのか、語り合うまでもなく、式は妙が妹であると確信したのだ。
 そしてもう1つは、怒り。
 僅かに差し込む月明かりではなく、確かな月夜の下で見た妙の体からは、椿と同じ臭いがした。
 生々しい、すえた臭いだった。

「・・・妙に、何をしたんですか・・・」
「・・・私は、妙を守ろうとしているだけよ」
「守る?この臭い・・・私は以前、1人の女性から、同じ臭いを感じた事がある・・・その女性は、顔は崩れ、訳の分からない言葉を叫びながら・・・糞尿を垂れ流しながら、誰も居ない、誰も気付かない、そんな場所で死にました・・・」「・・・」
「貴女はなぜ、妙に病を移したのですか!」
「何事かね?」

 俯いた椿の背後から、男の声が聞こえた。
 その声に、椿は怯え、妙は微笑み、式は、震えた。
 現れた領主は、もう一度、先程よりも静かに、同じ問い掛けをした。
 その声は、不作による貧困故に、妙同様、幼少の頃より様々な人や場所に関わって来た式でさえ、聞いたことが無い程に冷たく、言葉の裏に、ハッキリと鬼の形をした怒りが見えた。

「式さん、ケガはもう良いのですか?余り、無理をしてはいけませんよ」
「・・・あ・・・」

 ニコリと笑う領主に、式は蛇に睨まれた蛙の如く、その場に凍りついた。
 式には、領主の目、吊り上がった口、差し延べられた手さえ、全てが面に見えた。

「椿、何をしているのですか?」
「あ、ああ・・・」
「妙、お前はどうしたのですか?」
「・・・うう」

 始めは父の気配に喜んだ妙も、普段とは余りにも違う領主の様子に、部屋の中へと逃げ込んだ。
 それを見て、ほんの少し安堵の溜息をついた椿の体が、突然倒れ込んだ。
 妙を目で追っていた式は、椿が領主に殴られたのだと気付くまで、数瞬の時が必要であった。

「椿、貴女は、何をしているのですか?自ら病にかかり、それを妙に移してまで、貴女は妙に私を近付けたくないのですか?」
「あ、あああ・・・」
「式さん。式さんは、妙を知っているんですね?」
「・・・妹です。間違いありません」
「妹さんでしたか。それはそれは・・・では、良い事を教えてあげましょう。妙はね、売られたんですよ。式さんのご両親から、私は妙を買いました。安いもんでしたよ」

 領主の言葉が終わらない内に、式は椿と領主の間に入った。
 椿は、妙を領主から守る為に、自ら病を、性病を貰い、それを妙に移したのだ。
 そして、毎晩、薬草を練り、妙に与えていたのだろう。

「始めはね、買ったは良いが、妙は小さすぎたんです。指を入れただけで大泣きしましてね。周りに聞こえぬ様、顔に布団を押し付けたら、動かなくなったのでね・・・死んでくれたと思ったんですがね」
「貴様・・・」
「おやおや、式さんは、礼がなっていない方の様だ。私は恩人のはずですよ?」
「ふざけないで!」

 叫んだのは、椿ではなく、妙であった。
 領主は困惑した。
 耳が聞けず、言葉を知らないはずの妙が、凛とした声で確かに言葉を話したのだ。

「妙!」
「お母さん、ごめんなさい・・・でも、こんなの、黙って聞いていられないよ・・・」
「聞く?どういう事ですか?」
「私は、ちゃんと聞こえる!言葉だって、お母さんから教わった!」
「椿・・・説明しなさい」
「耳が聞こえないフリをすれば、皆が守ってくれるって・・・お母さんが言っていた訳が分かったよ!もう、お前はお父さんじゃない!」

 妙は、ハッキリと決別の言葉を口にした。
 その目に溜まった涙を月光を宿しながら、元は式の物であり、棒だと思い、咄嗟に浮き代わりに使った朱色の槍を構えた妙に、式がそっと寄り添う。

「その槍は、私が初めて人を斬った時に、私を買った大将が褒美にとくれた物です。厳しい人でしたが、今まで私を買っていった人の中で、唯一、私を1人の男子として扱ってくれた人でした」
「お兄ちゃん・・・」
「この槍は、お前の知らない私の父の形見。そして、私の罪科の証。妙、この槍を、妙に握らせる訳にはいかな・・・」

 妙から槍を受け取った式を、領主が殴り倒した。
 妙を巻き込みながら倒れた式から槍を奪い、慣れた手つきで領主はそれを構える。

「懐かしい戦の匂いがしますね。式さん、貴方、それでも武士ですか?式さんの様な軟弱者が、よくぞ人を斬れましたね」
「黙れ!」

 飛び掛かろうとした式の頭を、領主は槍の石突きで思い切り叩いた。
 しかし、血を流しながらも、式は立ち上がり、おぼつかない足取りで領主に向かって行った。

「槍を・・・返せ・・・」
「朱色の槍は、本来、武功を上げた者に送られ槍。たかが1人の雑兵を斬っただけの者が振るって良い物ではありませんよ」
「私が斬ったのは・・・雑兵なんかじゃない・・・私が・・・たのは・・・私の・・・父だ!」

 突然の式の体当たりに、領主は槍が間に合わず、柱に叩き付けられた。
 式は領主が落とした槍を拾い、妙を一瞥してから、その刃を領主の胸に突き刺した。

「き・・・さま・・・ふ、ふふ・・・許さん、許さんぞ・・・」
領主は死の間際、残った命のあるだけ全てを使い、熊笛を吹いた。

 途端、夜の闇に静まり返っていた町がざわめき、幾人かは領主の家へ向かって来ていた。

「妙、式さん!逃げなさい!ここは、私がなんとかするから!」
「いえ・・・椿さん、でしたか?ここには、私が残ります。妙を、頼みます。・・・母として」

 そう言うと、妙は領主から槍を引き抜き、領主の首を斬ると、それを持って領主の家の入口に立った。
 当然、領主の家へと向かっていた町人は式と領主の首を見比べた。

「領主様!?お、お前!」
「御免!」

 式は、集まり始めた町人達を相手に、槍を捨て、素手で殴り掛かった。
 妙は、声を掛けようとしたが、言葉が見つからない内に、式は人混みに消えてしまった。

「椿様!妙!大丈夫ですか!?あの男は、何故領主様を!?」
「違います!式は・・・式は、この家に金を何も無いと知って、それで・・・私達を・・・」
「領主様は、椿様と妙を庇って!?あの男・・・許せん!椿様と妙は、隠れていて下さい!」

 妙は、何も言えなかった。
 式が兄である事も、領主の本性も、椿の嘘も、余りにも多くの事が起こりすぎて、何を言えば良いか分からなかった。
 ただ、妙に残されたのは、兄の手の温かささだけだった。



 次の日の朝、いつの間にか寝てしまっていた妙は、町中のざわめきに目を覚ました。
 いつもの様に、耳が聞こえないフリをしつつ、それを見に行った妙は、集まった人の中にあるものを見て、自分の中で、何かが崩れる音を聞いた。
 そこにあったのは、朱色の槍に突き刺さった、式の首であった。
 初めて会えた、血の繋がった家族の首を囲む、父と母の姿があった。
 妙は式の首に駆け寄り、首から槍を引き抜いた。
 式の首は、冷たかった。

「あああ・・・ああああああ」

 妙の目に、涙は無かった。
 妙は式の首を地面に置き、最も近くにいた町人に、槍を突き刺した。
 町人達は何かを言っていたが、妙にはもう、何も聞こえなかった。
 妙の心は怒りに埋め尽くされ、椿の言葉でさえ、妙には届かなかった。
 妙は駆け出した。
 父を斬り、母を刺し、当てもなく、修羅の道へと。




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妙編 弐ノ巻

「おはよう、妙」
「今日は遅いな!寝坊か?妙」
「・・・」

 妙が拾われた日から、10年以上の時が流れた。
 話し合いの結果、領主を含む、町の者全員が妙の親兄弟になる事になり、結果として、妙はすくすくと元気に育っていた。

「よう、妙!」
「・・・あーあー」

 病にかかる事も無く、町人からも親しまれる妙だが、町人が何を言おうと、まともな返答をすることは無かった。
 妙は、耳が聞こえなかったのだ。
 妙を引き取る事になった日の晩、泣く事が出来ないのではないかと思われた妙が、いきなり泣き出した。
 結局、その時の妙は乳を寄越せと泣いたのだが、その後も、妙に話し掛けても何の反応もなく、たまに泣くのは乳と便の時だけとあっては、疑う余地はなかった。

「ははっ、元気そうだな!」
「・・・あー」

 元気そうだな、と言った畑仕事中の男に対し、妙は両手を上げて、ニッコリと微笑んだ。
 耳が聞こえぬ故に、妙は言葉を知らず、文字を教えようにも、町に文字を書けるものは少なかった。
 だが、妙も大きくなる内に、自然と自分に話し掛けている人が伝えようとしている事や、自分の気持ちを伝える方法を、分かるようになっていたのだ。

「そうだ、妙、ちょっと手伝ってくれ。日が暮れる前に、やっちまいたいんだ」
「あう」

 頷いた妙に、男は泥がついたままの野菜が山盛りにやった荷車を指差した。
 町で作った野菜をさらに大きな町で売る為に、味が良さそうなものを選別して欲しい、と言う意味である。

「頼むぜ、妙」
「・・・」

 すっかり肌寒くなって来た日に、野菜の泥を洗い落とすのは、容易ではない。
 川の水は徐々に刺す様な冷たさになり、流れる枯れ葉は指を切り裂く刃になる。
 だが、妙はニッコリと笑い、荷車に向かって行った。
 男にとって、血は繋がっていなくとも、妙は大切な娘であり、娘ならば、当然頼まれる事もあるであろう仕事を任された事は、妙にとって喜びだった。
 誰に言われたでもなく、自分はこの町に拾われたのだと気付いているからこそ、それは妙にとって、親代わりの町人達との大切な絆であった。

「妙、選別に行くのかい?気をつけろよ」
「妙、川の辺りはまだ熊が出るよ!熊笛は持ったかい?」

 川へと向かう道すがら、妙は多くの親に声を掛けられた。
 妙は、裾を揺らしてその全てに微笑みかけながら、重い荷車を押して歩いた。



「・・・」

 途中、町の弟達や、休憩していた兄達に手伝われながら、無事に川へ着いた妙は、川の中へそっと手を入れた。
 川の水は、冷たかった。
 捲った袖口から入ってくる、川の匂いをさらいながら吹く風も、数日前までとはまるで違っていた。

「うう・・・」

 そして、なによりもハッキリと違っていた事が1つ。
 川原に、人影があった。
 それは、町の兄達や弟達とは違う、丁度妙と同じ歳頃の、鎧を着た男子であった。

「・・・」

 妙は慌てて熊笛を吹いた。
 熊笛は、熊も驚く程大きな音が出る笛である。
 甲高い音は風に乗って、すぐに町の男達が集まった。
 それから先の、男達の行動は素早かった。
 妙が運んできた荷車から、野菜を全て放り投げ、少年をそれに乗せると、数人の男が着物を脱ぎ捨て、少年ごと荷車を川に流したのだ。
 妙は驚いたが、流されていく荷車を追って、褌1枚となった男達が泳ぎ出したのを見て、状況を理解した。
 川は町の手前で曲がってしまうが、手前までは、山道を荷車を押して進むよりも、ずっと早く行けるのだ。

「妙!俺も領主様の家に行くぞ!妙は、先生を領主様の家に呼んでくれ!」

 妙が野菜の選別をしようと訪れた場所は、町からそう遠い訳ではない山を、ほんの少しだけ登った場所だった。
 本来なら、町の手前辺りでやれば良いものを、好き好んで妙がこの場所を選んだ事は、少年にとって、不幸中の幸いであった。
 しかし、よくこの場所に来るとは言っても、妙は若い女子であり、山道を駆け降りて、町外れに住む先生を連れ、領主の家に向かうのは、簡単な事ではない。
 結果、妙は走る事を諦め、落ちていた長い棒を浮き代わりに、男達と同じく川を流されていく事にした。
 無論、川の中は、突き刺さる針を連想させるかの様な冷たさである。
 それでも、妙は迷わず着物を脱ぎ、日に焼けた肌をあらわにしながら、川に飛び込んだ。
 そうする事が、父や母の教えだったからだ。
 他人が困っている時に、自分を考えるなかれ。
 捨て子であった妙が、何よりも初めに教わった事は、町人全員の誇りでもあり、人として、尊むべき精神であった。
 だが、この教えが後に、妙の人生を大きく変える事になる事を、この時、まだ誰も知らなかった。




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妙編 壱ノ巻

 大きくはなくとも、住まう人々は活気に溢れ、貧しいとも、豊かとも言えぬ、平和な町があった。
 町を納める領主も人柄が良く、町人と共に畑を耕す様な、敬われる人であった。
 その良き町に、ある晩、1人の赤子が捨てられた。
 手に妙とだけ書かれていた以外、他には何も無く、肌寒くなってきたこの時期に、裸の赤子が捨てられていると、町人の1人が領主の屋敷に駆け込んで来たのだ。

「どうします?領主様。我等で育てやしょうか?」
「しかし、今年は作物が不作だったではないですか。本当に申し訳ない事ですが、町に見ず知らずの赤子を養う余裕があるとは思えません」
「へい、まあ、確かにその通りでございますだ。つっても、見捨てるなんて出来ませんでよ」
「それは私とて同じです。ここは、私の・・・」
「そいつはならね!領主様、これ以上は死んじまう!」

 私の家で預かろう、領主がそう言おうとしたところを、町人達が慌てて止めた。
 町人を第一に思うこの領主は、不作に苦しむ町人達に、米や金を惜し気無く配り、代わりに、領主自身はほとんどまともな物を食っていなかったのだ。
 やせ細っていく領主に、幾人もの町人が食事を作ったが、領主がそれを受け取る事は無く、貴方が食べなさいと、優しく微笑むだけであった。

「赤ん坊1人位、ワシ等で立派に育てて見せるて!領主様は、頼むから飯食ってくれ!」
「そおだ!領主様、どんどん痩せてくじゃねか!あの赤ん坊より、領主様は、領主様の身体の事考えんと!」

 町人達のほとんどが、近くの村から仕事を求めて町に来て、町近くの土を田畑にし、農作物を育てて生活をしていた。
 当初は、畑仕事をして、飯だけでなく金も貰えるなんてと、皆喜んだものであったが、それだけに、豊作の年は町全体が豊かになり、不作の年は町全体が苦しむのだ。
 その上、今年は特に不作で、栄養不足から既に何人もの町人が病に倒れていた。
 領主もまた、この話し合いの席で、何度となく咳込み、その度に、町人はひやりと肝を冷やした。

「私など、死んだところで代わりは居る。しかし、田畑を耕し、土を撫でる貴方達には、それが出来る代わりの者など居ないのです。土には魂が宿りますからね。それに、輝かしい先が待つ赤子なら、尚更の事。代わりなど、口に出すことすら許されません。なれば、どうして我が身惜しさに、私が飯を食えましょう?」
「領主様・・・」
「しかし、私が預かったところで、この赤子・・・妙の面倒は、見切れんかも知れんのも事実です。かように致そうか・・・」
「領主様、妙とは?」
「あの赤子の名です。今は風呂に浸かり、消えてしまいましたが、手にそう書かれていました。見た者も居るのではないですか?」
「俺も見ました!赤い字で、確かに妙と!ですが、領主様、あれは・・・」
「・・・確かにあれは、血文字でした。妙はただの捨て子では無い様です」

 妙は、身体を温める為、領主の妻と湯に浸かっている間も、拾われてから、町の男達に領主の家へと連れられる間も、一切泣く事はなかった。
 その上、妙は女子であったが、まだ乳も離れぬ歳であろうに、既に破瓜しており、身体を洗ってやる際に、偶然それを見てしまった領主の妻は今、布団に包まり、妙が感じたであろう恐怖を想い、妙を抱いたまま震えている。

「まさか、忌み子じゃないだろか・・・」

 町人の1人が呟いた一言に、集まった町人がざわめいた。
 忌み子、つまり、災いをもたらす子ならば、妙の尋常ではない様子にも納得出来ると。
 そも、忌み子とは、奇形児や妙の様に、普通ではない子供を指して、そう呼んだ。
 後から付けられた忌み子であると言う噂のせいで、産まれたばかりの赤子が殺された、などと言う事も、さして珍しくはなかった。

「何を言いますか!忌み子などと、二度と口に出してはいけません!」

 珍しく声を荒げた領主に、町人は皆口を閉じた。
 しかし、皆、顔にありありと不安を表し、領主の目を見ない様、下を向いた。

「・・・皆さんの不安も分かります。今年の作物は、今までにない程、本当に酷かった。ですが、それを何の罪も無い妙に押し付けてはいけません」
「・・・すまなんだ、領主様」
「妙は、やはり私が引き取ります」
「し、しかし、それでは領主様が!」
「私の事は心配ありません。ですが、皆さん、どうか、椿と妙の事は、守ってあげて下さい」

 領主の妻である椿もまた、領主と同様、町人と共に生き、町人を思い、己を捨てる事になったとしても、町人の為なら構わないと言い放つ、強い女であった。
 故に、椿もまた、山に登れば足元にいくらでもある菜っ葉の汁等しか口にしていなかった。

「そんなこと、言われるまでもありませんよ!」
「んだ!領主様、そんな事、ワシ等、お願いされるまでもねえだよ!」
「皆さん、ありがとうございます」
「そおだ!何も、領主様1人が親になることないだよ!」
「と、言いますと?」
「こんなの、どうじゃろか・・・」
「なら、これは・・・」
「なるほど。これも・・・如何でしょう?」

領主と町人達が案を交わす中、ゆっくりと訪れる闇の中で、妙は泣く事も、笑う事もせず、震える椿の胸の中で、じっと流れる雲を見つめていた。




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妙編 序章

 人を斬りて名を上げて、人を斬りて飯を喰らい、人に斬られて終わりを告げる、戦国乱世の時代。
 ある者は地獄と表し、ある者は夢と歌う、そんな時代を駆ける、1人の女が居た。
 女は鬼女と呼ばれ、ある時は、100を超える男達と槍を交えた事もある。
 そうして、女は時代の辺境を駆け抜ける度、さらなる修羅へと身を堕とした。
 女には既に名などなく、残されたのは、身に纏う醜い紅に染まったボロ布と、それとは対称に、光を弾く艶やかな刃を持った、朱色の槍だけであった。

「があああああ!」

 女は、吠えた。
 我はただ、人を斬り、時代を斬り、己を斬るのだと。
 女は吠えた。
 我が命尽きるまで、我は駆け、我が身が裂ける刹那まで、我は鬼と化すと。
 女には、1人だけ、心の底から愛した男いた。
 愛し、愛され、永遠に続いて欲しいと切に願った時は、ほんの一瞬で終わりを告げた。
 その一瞬が、女を変えた。

「ああああ・・・あああ!」

 女は泣いた。
 その涙は熱くとも、涙を流すその顔は、人斬りの修羅、そのものであった。




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式編 参ノ巻

 戦いから一夜が明け、武僧寺の武僧達は、悲しみの中、戦支度を始めていた。
 昨日、お上の使いが壱ノ太刀、子との戦いにより、武僧寺の蒼茫は死んだ。
 しかし、蒼茫を相手に子も無傷とはいかず、蒼茫は子の左腕を切り落としたのだ。
 本来ならば、蒼茫を含む斬られた武僧、計3人の葬儀を行いたいところではあったが、子は関白豊臣秀吉の使いの者である。
 お上の使いを斬ると言うことは、関白に刃を向けたと同じであり、豊臣の軍が武僧寺に攻めて来ることは用意に想像出来た。
 武僧寺に残されたのは、兎十丸と星空、そして式の3人だけであり、これは勝てる道理などありはしない戦であることは、全員が分かっていた。

「式、刀を持て。この兎十丸の首を賭け、それを許す。蒼茫様は・・・許してくれんかも知れないがな」
「許されなくても持つよ。蒼茫の仇は、私が討つ」
「そうはさせん。蒼茫様の仇を討つはこの星空だ」

 しかし、3人の武僧の心中には静かに、そして確かに、熱き想いが燃えていた。
 蒼茫程ではないにせよ、兎十丸は忍として、星空は武士として、かつて戦場で恐れられた強者である。
 武僧達は皆、戦の中で己を見失い、血と刃から逃げる様に武僧寺を訪れた者であった。
 その者達が密かに刀を振り、弓を引き、槍を突き続けたのは、皆が皆を守りたかったからに他ならない。
 しかし、武僧達の想いを微塵も受け付けず、敵を斬り、血の滴るままの刀を持った武僧を、何も言わずに受け入れた蒼茫は、無情にも斬り捨てられた。
 守れなかった悔しさと、子を前に動けなかった情けなさ、そして、自分がふがいないばかりに、恩師を斬られた惨めさに、生き残った武僧達は、再び人を斬る為に刃をかざしたのだった。


 その日の夜、闇と共に、武僧寺に忍び込んだ豊臣軍の忍を、兎十丸が射抜いた瞬間を機に、闇に隠れていた豊臣の兵が一斉に武僧寺へと攻め込んだ。
 その数、実に1500人である。
 対する武僧達の500倍、寺1つを攻めると言うには、余りにも大軍勢であった。

「式、覚悟は良いな。今、我等に迫るあの音は、我等の死、そのものだ」
「分かってる。1人でも多くの首を土産にして、蒼茫に突き付けてやる」
「そうしてやれ。俺も、そうしてやる」

 迫り来る豊臣軍を前に、武僧達はそれぞれの得物を構えた。
 兎十丸は黒柄の槍を、星空は2本の短刀を、式は、砕けた部分を削った、蒼茫の大刀を。

「我が名は兎十丸!我が友、武僧3人の仇!我が槍にて討ち取って見せようぞ!」
「我が名は星空!我が友、武僧3人の仇!我が武にて切り伏せてくれようぞ!」
「我が名は式!我が友、武僧2人!そして、我が父、蒼茫の仇!蒼茫が大刀にてその首、貰い受ける!」

 父と言う言葉に笑みを浮かべた兎十丸と星空を先頭に、3人の武僧達は、寺を囲んでなお余る程の敵の中に消えて行った。
 この戦いで、豊臣軍が失った兵は435人である事。
 関白豊臣秀吉に伝えられた情報は、それだけであった。




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