作家を目指しつつ、リーマンに・・・

我流ではありますが、作家を目指して行きたいと思います。

蛍火

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蛍火 終幕

 夢を見た。
 蛍と2人で、海風が吹く山で笑い合う夢。
 隣ではフーが笑っていて、フーの視線の先では武蔵がタマといちゃついている。
 でも、所詮は夢だと気付いてしまった。
 まだ目覚めていないのに、明るい光景が幻なのだと知ってしまった。
 そして、それはもう二度と手に入らない光景だった。


 あの洞窟での出来事から5年の月日が流れた。
 あの時、俺は正しい事をしたのだろうか。
 蛍は忌寄せから解放され、一命を取り留める事が出来た。
 しかし、蛍を助ける事は出来たとは言えない。
 今、俺の横で静かに眠っている蛍は、あの時のまま時が止まってしまったのだ。
 5年間、蛍はずっと夢の中にいる。

『俺の刀に!ケイカをこの刀に封ず!』

 死に向かう蛍を助けるのに、あの時の俺には足りないものが多過ぎた。
 蛍の肉体と真名、つまり魂を隔離すれば、蛍の肉体は蛍の真名に封印された忌寄せの影響から脱する。
 咄嗟にそれを思い付いた俺は、俺の真名が書かれた刀に蛍の魂を封印した。
 俺の真名を用いた為、蛍の魂を蛍の肉体に返せるのは俺だけだ。
 だが、それは同時に、忌寄せが封印された事でその影響から解放されすっかり元気になった紅葉や親父失う事になる。
 蛍は俺を好きだと思ってくれているのは知っている。
 だからと言って、家族を失うのは俺には耐えられない。

『私に君を責める資格はない。蛍が死んでしまわなかったのは、君のお陰だ』

 5年前、フーは俺に背を向けてそう言った。
 死ななければ良いと言う訳じゃない。
 今の蛍は、生きてもいない。
 蛍の肉体が回復したら魂を返すつもりだったのに、結果的に家族と天秤に掛けなければならないとは思わなかったんだ。
 どうするべきか悩んでいる内に、5年の歳月が過ぎてしまった。

「久しぶりだね」

 病室の扉が開き、後ろめたさから5年間避け続けてしまったフーが現れた。
 答えを出した俺が呼んだのだ。
 フーの現在がどの様なものか知らない俺は、余りにも変わらないフーに驚いた。

「・・・」
「何の用だ?」
「俺なりの答えを出したんだ」
「そうか。私もこの5年間、自分に問い続けていたよ」

 丸椅子に座り、フーが溜息を付く。
 自らの事を蛍の身代わりとすら口にしたフーは、一体何を胸にあの日から今日まで生きて来たのだろう。
 俺は孤独に生きてきた。
 蛍を封印した刀は常に傍に置いていたが、それを誰にも言う事は出来ず、あれから間もなく亡くなった蛍のお母さんの葬儀や鎮魂祭にも出る顔なんて無かった。

「もう一度言う。君は何も悪くない。巻き込んでしまった私達忌寄せの責任だ」
「それでも、俺は無関係じゃない」
「気にする事はないんだ。私は今日、君から刀を貰いに来た。蛍の事も、私の事も、君には忘れて欲しい」
「俺もそのつもりだった。俺じゃ背負いきれないよ・・・」
「君が背負う必要なんてない。私達のお父さんも、君には謝罪したいと言っている」

 俺の出した答えは、全てを忘れてしまう事だった。
 結局、俺には何も出来なかった。
 この町での何もかもを忘れて、逃げ出したい。

「刀をくれ。君の真名は悪用しないと約束する」
「ああ・・・」

 大切に扱ってきた刀からは、蛍の声が聞こえる気がする。
 それは助けを求める悲鳴であり、俺への恨みであり、怒りだ。
 声が聞こえる度に、俺は取り返しのつかない過ちを犯してしまったのだと痛感した。
 その刀が俺の手を離れ、フーが抱き抱えている様子は、刺すように俺を責めている様に見える。

「武蔵も君を気にしている。会っていないのだろう?」
「会わせる顔がない・・・」
「君は良くやったよ。忘れろ。武蔵とタマと君。最初から、3人しか居なかったのさ」
「・・・」

 無理だ。
 忘れられる筈がない。
 5人なんだ。
 俺達は、5人居ないといけないんだ。

「私は、蛍が苦しむ姿を見る位なら今のままで良いとも思っている。蛍は浅はかな行動をした。あれは自殺と変わらないよ」
「蛍は忌寄せと一体化したんだ。蛍が蛍の意志でそれを辞めないと、俺にはどうしようもない」
「でも、蛍はそれも出来ない。君が封印を解いても、蛍は5年前に戻るだけ・・・。そうしたら、蛍は死んでしまう」
「・・・」
「試したんだろ?病院から、度々蛍の容体が急変したと連絡が来た。その度に、君がナースコールを押したと聞いている」

 フーの言う通り、俺は幾度となく蛍の魂を返そうとした。
 ただ、その度に蛍の肉体は死に始め、あの洞窟で倒れていた蛍に戻ってしまった。
 意識もないままだから、蛍が真名を使う事は出来ない。
 蛍が蛍の真名を使った以上、蛍と忌寄せを引きはがせるのは蛍だけなのに。

「とにかく、君には感謝している。もう二度会うことはないから、今、お礼を言いたい」

 ありがとうと呟いて、フーは刀を手に病室を後にした。
 俺は何も出来なかったのだ。
 あれだけ息巻いたのに、大山鳴動して鼠一匹すら動かせなかった。
 俺は、蛍に最後の別れを告げた。


籠女に続く







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蛍火31

 それは異質な存在感を放っていた。
 他はどれも埃に塗れていたり、見るからに壊れていたりとボロボロなのに、俺には辺りの闇と同じ漆黒のそれだけが同じ有様にも関わらず輝いて見えている。
 それは俺が勝手に希望を見出だしたから見えるだけかも知れないが、そんな事はどうでも良い。
 俺の望んだ物が、俺の望んだ形で此処にあったのだから。

「ありがとう、親父・・・」

 黒塗りの鞘に納められたそれは、手にすると懐かしさが込み上げて来た。
 毎日振っていた俺の刀と重さも、長さも、柄の具合も、何もかもが同じ刀。
 きっと俺が生まれた時に親父が鍛え、此処に置かれる事になったのだろう。
 この刀にも、きっと親父の強い想いが込められている筈だ。

「・・・」

 しかし、それだけでは足りないと言う予感もある。
 真名が書かれた物に囲まれているから、忌寄せが俺の真名を知っている事には納得出来た。
 ならば特定の人物だけでなく、此処に真名がある人は全員忌寄せが紡がれる恐れがある筈だけど、骸骨の後ろに書かれていた文字は忌寄せの三文字にしては長かった様に見えた。
 他にも何か書かれているのかも知れない。
 忌寄せ一族からイレギュラーと言われた俺が居る為、実際には何が書かれているか分からないが、とにかく今は蛍が忌寄せを一身に背負ってしまったのは確かだ。

「・・・」

 やはり途中で拾った服は蛍の物だったらしく、蛍は今純白の着物を着て横たわっている。
 まるで死装束だ。
 いや、蛍は本当に此処で死ぬつもりだったのかも知れない。
 そうはさせるか。
 大昔から続く忌寄せの呪いは、今日俺が断ち切ってやる。

「でも、どうやって・・・?」

 フーが言うには、俺の刀は忌寄せを斬れるかも知れないらしい。
 だが、今手にしている刀はそれとは別物だし、何よりも今は忌寄せが見えないのだ。
 まさか蛍ごと斬る訳にはいかないし、手出しが出来ない。

「考えろ、俺・・・。刀、真名、忌寄せ、何か方法はないのか・・・?」

 頭の中でバラバラのパズルがより細かくなっていく様に感じる。
 考えれば考える程絶望的な状況が浮き彫りになり、全身から力が抜けていく様な感覚。
 俺には蛍を助けられないのだろうか。

「あ・・・」

 ふと刀に目を落とすと、当然と言うか、刀にも何か文字が書かれていた。
 俺の真名だ。
 俺の真名はジン。
 そうだ、俺も自分の真名を知っているじゃないか。
 蛍に出来たんだ、俺にも出来る筈だ。

「・・・」

 蛍が真名を用いて命じた以上、不用意にそれを消した場合何が起こるか分からない。
 下手をすればケイカ、つまり蛍の存在を消す事になりかねないだろう。
 ならば、俺の真名を用いて新たに何か条件を付けなければ。
 例えば、俺に封じれば取り敢えず蛍は助かる。
 それでは意味がないからやらないが、真名を用いれば忌寄せをある程度動かせるのは蛍が証明してくれた。
 後は何をどうするか、だ。

「そうだ、封じれば良いんだ!」

 俺に封じ込めれば、忌寄せが見える様になるじゃないか。
 見えさえすれば、斬れる。

「ジンの、えーと・・・」

 刀を左側の腰の辺りに持ち、抜刀の姿勢を取る。
 何万回と繰り返してきた我流の居合の型。
 何かを斬る為に構えたのは初めてだ。

「じ、ジンの名の元に、忌寄せよ、姿を見せろ!」

 真名の使い方なんて知らないんだ、これで良いのかなんて分からない。
 ただ、取り敢えず見えさえすれば倒れる危険を冒す事はないと思った俺の作戦は失敗だった。
 ずっと付き纏われていた忌寄せが出て来ない。

「もう、姿を見せているってのか・・・?」

 出て来ないのではなく、既に出て来ているのだとしたら。
 本当に蛍そのものが忌寄せになってしまったのだとしたら。
 放って置いたら蛍もあの骸骨と同じ運命になるのは間違いない。

「ジンの名の元に忌寄せに命じる!お前は俺が封じてやる!俺に来い!」

 蛍を見ると、もう息をしているかどうかも怪しかった。
 時間はない。
 もう、迷っている時間さえ惜しかった。





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蛍火30

「蛍!」

 見えない足元も気にせず、俺は蛍に駆け寄った。
 白くぼんやりと光る壁に囲まれた蛍の顔は、普段よりも白く見える。
 いや、寧ろ青く見える程だ。
 慌てて抱き起こすと、蛍の腕が力無く垂れ下がった。
 呼び掛けにも応答がなく、完全に気を失ってしまっている。

「大丈夫か!?蛍!?」

 頬を叩いたり、肩を揺すったりしても、ピクリとも動かない。
 今までの蛍の倒れ方とは違う。
 紅葉や、恐らくは親父と同じ、忌寄せが命に届いてしまった倒れ方だ。

「なんでだ!?蛍は忌寄せ一族だろ!?」

 忌寄せ一族とは言え耐え切れはしないと言うのは分かっているが、急過ぎる。
 いきなり倒れたのは何故だ。
 蛍は此処で何をやった。

「うぐっ!」

 蛍が何をしたのか調べようと辺りを見回すと、思わず変な声が出てしまう様な光景が目に飛び込んで来た。
 此処には、まるでゴミ捨て場の様に多種多様な物が溢れ返っていたのだ。
 それは人形だったり、着物だったり、茶碗だったりと、一切纏まりのない物達だ。
 それ等が所狭しと並べられ、光る苔でも生えているのか、光る岩に黒い影を落としている。

「うわあ!?」

 更に変な声が出たのは、強いて共通点を挙げるならどれも恐ろしく古く、汚れや埃に塗れた物の中に、岩に寄り掛かる様に座る骸骨が見えたからだ。
 髑髏にはまだ髪の毛も残っていて、本物の人の骨なのだと静かに語っている。
 ここにある物は、まるでこの骸骨へのお供えだ。

「何だってこんな所に・・・」

 暖かい蛍の手を握り締め、勇気を分けて貰う。
 調べられる物があるとしたら、まず怪しいのはあの骸骨だ。
 蛍が何故こんな場所を知っていたのかは、概ね分かる。
 蛍の母さんが蛍に教えたと言う事は、此処は忌寄せ一族に関係ある場所の筈。
 例えば忌寄せ一族のお墓だとしたら、この骸骨は忌寄せ一族の誰かだろう。
 俺の予想が正しければ、何かその証がある筈だ。

「し、失礼しますよ・・・」

 恐怖を何とか噛み殺し、骸骨に触れる。
 初めての固くザラつぐ感触に全身に鳥肌が立つ。
 正直、泣きそうだ。
 光る岩に囲まれたこの周辺以外は飲み込まれそうな闇が広がり、今にもこの骸骨が動き出してあの闇に引きずられそうな気がして仕方がない。

「・・・」

 見付けた。
 もう恥も何もなく泣きながら骸骨を動かし、その背中の岩に刻まれた文字。
 武蔵に見せて貰った人型に書かれていた物と同じ、ミミズにしか見えない恐ろしく達筆な文字だけど、辛うじて忌の文字が読めた。
 忌の他にも何か書かれているが、まず間違いなく忌寄せか、それと同じ意味の言葉だろう。
 そして、その直ぐ横に石か何かで削ったらしい別の言葉も書かれている。

「あの馬鹿!」

 書かれていたのは『ケイカに封ず』の一言。
 ケイカが蛍の真名だとしたら、封ずとは忌寄せの事だろう。
 蛍は、自分の身体に忌寄せを封じ込めた。
 恐らく、あの骸骨は初代忌寄せ。
 つまり、あの骸骨こそが全ての根源だろう。
 こんな場所にあるのが何よりの証拠だ。
 ありとあらゆる忌まわしきを寄せた人物から、蛍はその全てを紡いでしまった。
 蛍に紡がれた筈の忌寄せが見えないのは、忌寄せが蛍の母さんの姿を借りた様に、蛍自身が呪いとしての忌寄せになったせいかも知れない。

「どうする!?どうすれば良い!?」

 どうすれば良いかなんて、全く想像も出来ない。
 何故、蛍が自分の真名を知っているのか。
 何故、蛍はこんな馬鹿な真似をしたのか。
 何故、此処にはこんなにも多くの物があるのか。
 何故、何故、何故。
 駄目だ、何も思い浮かばない。

「くっ・・・?」

 やり場の無い焦りと怒りと絶望をぶつけようと近くにあった茶碗を手に取ると、茶碗にも何かが書かれているのに気付いた。
 とてもじゃないが読めないが、先程見たものと同じ様な文字が書かれている。

「真名・・・?」

 真名が書かれている以上、投げ付ける事なんて出来ない。
 武蔵の一族の人型と、此処にある物。
 無関係ではないだろう。
 そして、中には機械類もある事から、割と最近の物もあるらしい。
 だとすれば、此処には今も町に居る人達の真名が書かれた物が置かれている事になるのではないか。
 忌寄せの本体とも言うべき骸骨の近くに置かれた真名。
 忌寄せが俺の真名を知っていたのは、此処に俺の真名が書かれた物もあるからか。

「・・・まさか・・・」

 もし、武蔵の一族とは別に、忌寄せ一族も真名を管理する立場だとしたら。
 鎮魂祭の裏側を知った今、忌寄せ一族が町のかなり深い部分にまで根を張っていたとしても何ら不思議はない。
 そして、もし、真名が書かれた此処にある物が何かの機会に親から忌寄せ一族に預けられた物ならば。
 ある筈だ。
 俺の真名が書かれ、親父の念と、俺の真名の力が込められた物が、きっと。




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蛍火29

「母さん!?どうしてこんな所に!?」
「フー、とにかく此処は任せて良いか!?蛍が何かやろうとしてるんだ!」

 追い付いたフーに事情を説明する時間も惜しい。
 蛍が何をするつもりなのか分からないけど、どうやら此処の奥に何かあるのは間違いなさそうだ。
 そして、あの思い詰めた表情。
 嫌な予感がする。

「分かった。蛍を頼む」
「任せろ!」

 フーに背を向け、蛍が消えた方へと走る。
 此処までの道よりも更に草木が生い茂った道を、草に足を取られながら走った。
 蛍が見えなくなってから、それ程時間は経っていない。
 追い付ける筈だ。

「蛍!?」

 しかし、蛍の背中を見付けるよりも先に目に入ったのは、盛り上がった山肌にポッカリと空いた穴だった。
 人の手が入っているのか、穴の前にはボロボロになった小さな祠もある。
 穴には先がある様にも見えるし、洞窟の入口なのかも知れない。

「蛍!どこだ!?蛍!」

 叫んでも蛍からの返事はない。
 蛍が真っ直ぐに来たのだとすれば、洞窟に入った可能性はある。
 ただ、俺が感じた嫌な予感はこの穴が原因だと確信しているんだ。
 何せ、姿が見えなくなっていた忌寄せが穴の直ぐ横に立っているのだから。

「何があるってんだよ・・・」

 姿は同じでも蛍の母さんとは全く違う、生ってものがまるで感じられない瞳が俺を見詰めている。
 まるで、俺を待っているみたいだ。

「・・・上等だぜえ・・・」

 逆に言えば、蛍は間違いなく洞窟の中に居るのだろう。
 そして、洞窟の中にある何かがこの騒ぎの最後の鍵になる。
 決着の時は来た。
 行くしかない。

「蛍!」

 気合いを入れ、洞窟に駆け込む。
 予想通り、忌寄せも俺の背中にピッタリとくっついて共に洞窟に入って来た。
 腕を俺の首に回し、忌寄せが蛍やフーの胸にあった痣の様に俺に抱き着く。
 フーは抱き着かれたら終わりだと言っていたけど、こうなったら競争だ。
 俺が倒れるのが先か、俺が倒すのが先か。
 今までとは比にならない程重く感じる身体を何とか奮い立たせ、暗い洞窟を進む。

「蛍!何処だ!?」

 返事はない。
 声が何時までも反響する声と、固い地面を引きずる俺の足音以外は何も聞こえない。
 でも、蛍はきっと此処に居る。
 居てくれる筈だ。

「・・・」

 日の光りも届かなくなり、自分の手足すらも見えなくなった。
 夏場の筈なのに寒さすら感じる冷たい空気と、剥き出しの岩の上を歩いてるみたいに固い地面。
 だんだんと、違う世界に向かっているのではないかと不安になる様な場所だ。
 例えばそう、死者達の世界の入口の様な、命の気配を感じない場所。

「うっ!?」

 恐怖を飲み込んで歩き続けていると、爪先に何かが絡み付いた。
 一瞬背中を冷たい何かが走る。

「何だ?これ・・・」

 手探りで手に取ってみると、それは薄い布だった。
 どうやら衣服の類らしい。
 誰か此処で着替えでもしたのだろうか。
 でも、何の為に。

「蛍・・・?」

 誰かなんて、蛍以外には考えられない。
 こんな何も見えない位暗い場所でわざわざ着替えだなんて、この先に何があるって言うんだ。
 頼むから、変な考えは起こさないでくれ。

「ん・・・」

 一応、拾った服を片手に更に進むと、右手の方にぼんやりとした光を見付けた。
 まるであそこだけが此処とは別の空間であるかの様に、暗闇の中に柔らかな白い光が浮かんでいる。

「来いって事、だよな・・・」

 探り当てた壁伝いに手探りで進む。
 どうやら此処はそれ程広くは無い洞窟らしい。  見えないからあくまでも感覚的な推測だが、少なくても洞窟の幅は俺1人と半分程度の広さしかない様に感じる。
 俺が探り当てた壁は、真っ直ぐに光の方へと伸びてくれているらしい。

「誰か、居る、のか?」

 近付くに連れて徐々に大きくなる光の中に、人影が見えた。
 光までの距離はそう遠くない。
 こっちを向いてくれれば誰か分かるのに。

「ほた・・・蛍!?」

 声を掛けようとした瞬間、人影は崩れるように倒れてしまった。
 それと殆ど同時に、俺に抱き着いていた忌寄せも消えた。
 いや、消えたと言うより、別の誰かに紡がれたのだ。
 そう、今まさに俺の目の前で倒れてしまった人に。

「蛍!」

 ぼんやりと光では足元なんて全く見えないのを無視して、俺は駆け出した。
 アレは蛍だ。
 何をしたのか知らないけど、何かやったに違いない。
 今、蛍を助けられるのは、俺だけだ。




応援よろしくお願いします!

蛍火28

 蛍を追って道なき山の中を進むと、ある場所を境に忌寄せが俺の見える範囲から消えた。
 身体も軽くなり、忌寄せの影響が消えた様だ。
 どうやらこの辺りは本当にあの場所と同じ力を持った場所らしい。

「大丈夫か?気分は?」
「良くなった・・・。マジであそこと同じ力があるみたいだぜ。忌寄せも消えた」
「それを聞いて安心したぜ。・・・悪い、俺が限界だ・・・」

 言うなり、武蔵は両膝を地面についてしまった。
 慌てて覗き込んだ武蔵の顔からも血の気が引いていて、明らかに体調を悪くしている。

「武蔵!?」
「此処は俺の一族とは関係ない場所みたいだな・・・。俺が許可を出しているからお前は大丈夫の筈だぜ。代わりに、元々入っちゃいけない俺は2人分の影響受けてるっぽいけどな・・・」
「無理してたのか!?」
「タマの前で格好悪いとこ見せらんねーからな・・・」

 真っ青な顔で笑う武蔵は今にも倒れてしまいそうに見える。
 武蔵も入ってはいけない場所なのに、真名を用いて武蔵は俺に許可を出しているからだ。
 結果、俺も受ける筈だったこの場所の影響を許可を出した武蔵が肩代わりしていて、恐らくはタマが気分が悪いと言った場所から武蔵も体調を崩していたのだろう。

「行けよ。蛍が待ってるぜ・・・」
「置いて行けるかよ!」
「俺は自力で戻る。大した事ないさ」
「真っ青な面で何言ってやがる!」
「元々、人が入らない様にする為の力なんだ。出て行こうとする人の邪魔はしないだろ・・・」
「あの場所と同じとは限らないだろ!?」
「違うとも限らないだろ?ってか、こうして話してる方が辛いわ・・・。折角俺がこんな目に遭ってんだ、お前はお前のやるべき事をやって来い」

 ニヤリと笑い、武蔵は這うように来た道を戻りだした。
 確かに、武蔵の言う通りかも知れない。
 此処まで来たら、俺も行くしかない。

「後でな、武蔵!」
「頑張れよ、相棒・・・」

 武蔵に背を向け、俺は1人で山の中を更に進む。
 此処はもう、武蔵一族も知らないあの場所と同じ力を持った場所だ。
 何かあるのは間違いないだろう。
 きっと、待っているのは蛍だけじゃない。

「蛍!?」

 久しぶりに感じる軽い足取りに任せて山を走っていると、開けた場所で誰かが座っているのが見えた。
 一瞬蛍に見えたが、蛍と違って髪の毛が長い。
 良く見れば、それはもはや見飽きた女性だった。

「蛍の母さん!?」

 忌寄せが姿を借りていた女性。
 つまり、蛍のお母さんが座っている。
 忌寄せではなく、本物の蛍のお母さんだ。
 弱々しくだけど、肩が上下しているのが分かる。

「来てくれたんだ・・・」

 背中からの声に跳び上がりながら振り向くと、目を真っ赤にした蛍が何処からか摘んできた花を手に立っていた。
 明らかに泣いた跡だ。
 先日、蛍から蛍のお母さんが危険な状況だと聞いたのを嫌でも思い出してしまう。

「この場所ね、お母さんに教えて貰ったんだ。私のお気に入りの場所。此処には忌寄せが入って来ないから、ちっちゃい時は良く遊んでたんだ・・・」
「蛍・・・?」
「お母さんね、もう、助からないんだって・・・。お医者さんがね、残された時間を家族と過ごした方が良いって・・・。最期にね、此処に来たいって・・・」

 言いながら、蛍の瞳に涙が溜まりだした。
 唇を必死に噛み締め肩を震わす蛍。
 タマが見たのは忌寄せではなく本物の蛍のお母さんだった。
 ただ、死と隣り合わせにある蛍のお母さんは、余りにも弱々しい。
 此処に居るにも関わらず、だ。
 忌寄せの影響が身体を蝕み過ぎてしまったのだろう。

「君とは違う形で此処に来たかったよ・・・」
「蛍、俺は・・・」
「ゴメンね・・・。散々巻き込んじゃって、本当にごめんなさい。でも、もう全部終わらせるから・・・」
「蛍!?」

 蛍は蛍のお母さんの膝元に花を置き、フラフラと山の更に奥に歩き出した。
 追い掛けようと思ったけど、蛍のお母さんも放ってはおけない。

「蛍!」

 俺の呼び掛けも無視して、蛍は木々の中に消えてしまった。
 終わらせるって、蛍は一体何をするつもりだ。
 俺は、どうするべきなんだ。

「おーい!」

 立ちすくみ、蛍が消えた場所と蛍のお母さんを交互に見る事しか出来なくなっていた俺の耳に、微かに声が聞こえた。
 そうか、蛍と蛍のお母さんが入れるなら、もう1人、此処に来れる奴が居た。

「フー!」

 声の限りに叫んだ。
 蛍が何を考えているのか分からない以上、すぐにでも追い掛けたい。

「フー!早く来てくれ!」

 もう一切の余裕なんてない。
 これまでの全てのゴール地点は、目の前まで迫っている。





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