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「先生!急患です!」 忘れもしない、数年前の出来事だ。 その日、当時私が勤めていた病院では1番のベテランである看護師が、額に汗を浮かべて私を呼びに来た。 「重体ですか?」 「出血と高熱、意識もハッキリしていません!刃物による裂傷です!」 「刃物?警察への連絡は?」 「それが・・・とにかく来て下さい!私には判断できません・・・」 帰るつもりで着替えたスーツから白衣に着替え、看護師と共に患者の元へと向かった私は、横たわる1人の少女を見て言葉を失った。 呼吸はしているが意識はない少女は服を着ておらず、その手には歯が折れたカッターナイフが握られていた。 だが、何より目立つものは、右肩から広がる様に左右の二の腕、背中、左は腰、右は膝の辺りまで描かれたタトゥーだ。 トライバルと呼ばれるタイプのそのタトゥーを自ら消そうとしたのか、自身で手が届く部分には全てタトゥーの上から裂傷があった。 12、3歳と見られる少女に何が起こったのか。 看護師が判断に迷ったのはそこなのだろう。 「ん、ぐ・・・びょう、いん・・・?」 「そうだよ。目が覚めたかい?」 「お願いします・・・これ、消してください・・・何でもしますから・・・これ、こんな・・・」 治療に入る直前に目を覚ました少女は、血まみれのまま私に縋り付き、折れたカッターナイフの刃を右肩に刺したまま再び意識を失った。 よく見れば少女の手足には縛られていたかの様な痕があり、私も医師として様々な事情を持った人間を見てきたが、少女はとびきり異質の存在と言える。 事実、あれから8年程の歳月が流れているが、あの少女程複雑な事情を抱えた患者は他に見ていない。 「自傷、で間違いないだろうね。あの子は自分で自分を切ったんだ」 「先生、この子は・・・」 「自分でタトゥーを消そうとしたんだろうね。カッターだからそれほど深い傷じゃないけど・・・跡は残るかな。特に、右肩はね」 治療を終えた翌日、意識を取り戻した少女は病室でポツポツと話を聞かせてくれた。 少女は神代 香穂里と名乗り、年齢は12歳だと言った。 家族は父親が居るのみであり、母親は居所は疎か顔も知らないと。 問題のタトゥーは少女が急患としてあの病院を訪れた日の昼間、少女の父親によって入れられたと言っていた。 これは後で分かった事だが、少女の父親は重度の薬物中毒者であり、娘である少女にタトゥーを刻む様子を撮影し、それを高値で売ろうとしていたらしい。 警察の調べから、少女の父親が撮影したと思われる複数の映像に行方不明となっていた女性が写っており、今も女性の行方や映像を売るルートに関しての捜査が続いている。 「やっぱり・・・消せませんか・・・」 「この病院じゃなく、もっと大きい所ならタトゥーを消す事自体は出来るよ。でも、それ程の大きさになるとお金が必要なんだ」 「いくら位、ですか?」 「・・・数百万から数千万円だね・・・」 「そうですか・・・」 あの時の少女の顔を、私は忘れることが出来ない。 まだ中学生になったばかりと話してくれた少女は、1粒の涙すら流さず、ジッとシーツを握り締めて震えていた。 あれから5年。 私の言った1言が、少女を幸福へ導いてくれていると信じている。 「私、もう・・・学校へも行けないんですね・・・これじゃ・・・」 「・・・もし」 「・・・」 「もし、君が家も親戚も皆捨てて、新たな人生を歩む覚悟があるのなら・・・会ってみて欲しい人が居るよ。きっと、君の力になってくれる」 「・・・どんな人、なんですか?」 「私にとっては母みたいな人でね。私も通った学校の、校長先生なんだ・・・どうかな?転校する事になるけど・・・」 私は自分の体に消えずに残る無数の傷痕を見せ、少女へ微笑んで見せた。 本来なら、医師としてやって良い行いでは無い。 私を含め、医師と言う存在は1人の患者の人生に踏み込んで良い立場では無いからだ。 だが、私は医師である以前に1人の人間として、若くして生き方の分岐点に立たされてしまった少女に選択肢を与えずには居られなかった。 「・・・はい・・・」 「・・・私の方から連絡しておくから、君はまず傷を治しなさい。早ければ来週にでも、あの人は飛んできてくれるよ・・・」 その日の内に異動が決まっていた私は、念の為にと少女に私の連絡先を渡してあの病院を去ってしまった。 あれからもう8年。 少女からの連絡は1度もなかったが、元気にしているのだろうか。 「先生、お電話ですよ!昔先生にお世話になったって方から!」 彼女の幸せを、私は心から祈っている。 応援よろしくお願いします!
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ヴァルキリー・キャット
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