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宇品線は明治27年、日清戦争の軍事輸送のため約17日間で完成した軍事専用線。
18日目から軍事輸送を開始したといわれる路線です。広島 〜 宇品間 5.9km。
昭和41年12月20日 上大河〜宇品間廃止。
昭和47年4月1日 広島〜上大河間が廃止となり国鉄宇品線としては旅客営業廃止。
その後は「宇品四者協定線」として側線扱いに。以降東広島〜宇品間で1往復の貨物列車が運行される。 昭和61年10月1日 宇品四者協定線廃止 。
●広島駅横の踏切を走るキハ04
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廃止・開業
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昭和52年12月11日気仙沼線が全通しました。気仙沼線は
昭和32年2月11日に気仙沼側が気仙沼線として南気仙沼 - 本吉間17.1 kmが開業し 昭和43年10月24日前谷地側が柳津線として前谷地 - 柳津 17.5 kmが 開業した。
昭和52年12月11日両線を結ぶ柳津 - 本吉間34.0 kmの新線が開業し、気仙沼線として念願の全線開通を果たした。
平成23年3月11日 東北地方太平洋沖地震発生により全線で不通。
特に、地震による津波で陸前戸倉駅、志津川駅、歌津駅、陸前港駅、陸前小泉駅、小金沢駅、最知駅、松岩駅、南気仙沼駅が流失し、その後 平成23年4月29日 前谷地 - 柳津間で運転再開したが復旧には自治体等の復興計画で路線の変更があるために年単位になるとJR東日本は表明している。
尚、気仙沼線沿線は地震・津波の被害も大きく多くの方が被害を受け、いまだ復興はわからない状態です、掲載にあたり犠牲者の方、地域の方々に哀悼の意を捧げます。
●開業初日の志津川駅
●志津川駅ホームの祝賀列車
●同じく祝賀列車2 祝賀会の凄い人数が右手に見える。
●祝賀列車とテープカット・クス球
●祝賀列車発車後の志津川駅ホーム
【復興対策に「バス高速輸送システム(BRT)」の導入も】
復興に時間がかかるためBRT計画もあるようです。東日本大震災の津波で不通となった宮城県のJR気仙沼線について、JR東日本、国土交通省は、鉄道から軌道を撤去してバス専用道路を設ける「バス高速輸送システム(BRT)」の導入を地元自治体に提案する方針を固めた。
鉄道を再建するより費用は半額以下で復旧も早い。実現すれば、被災地の公共交通の復興モデルとなりそうだ。被災区間は、現在、代行バスが走るが、渋滞も多く、地元からは不便との声も出 ている。鉄道の早期復旧が望まれる。JR東などは被災した線路をバス専用レーンとして整備。津波で線路がなくなった区間は一般道を通り、再利用できるトンネルなどはそのまま使う。コストを下げ、 復旧スピードを早めることもできる。運行本数を増やし、市街地で停車駅を増やせば、利便性を高めることも可能だ。BRTでは、バスの車両費や駅舎の建設費などに国から一部補助を受けられる。 地元には鉄道のほうが速くて時間に正確との声が根強い。 だが、気仙沼市は、復興計画で「市街地で新交通システムの導入検討を目指す」と明記している。 地元自治体の意向によっては一時的にBRTにし、鉄道に戻すことも検討する。 12〜1月にも開かれる気仙沼線復興調整会議に提案。鉄道の復旧やBRTにする場合の費用、復旧時期なども示す。(読売新聞)より引用 |
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昭和57年6月30日国鉄連絡船、仁方港〜堀江港館の仁掘航路廃止が廃止されました。
仁方港は呉線仁方駅近く、堀江港は予讃本線堀江駅近くありました、しかし連絡船の便数が少なく、双方の港も駅から離れていて不便の上、国鉄と航路の接続が良くなかったようです。
●国鉄連絡船堀江港駅、駅と連絡船の中が見渡せる!
●堀江港駅の時刻表と廃止のお知らせ!一日2往復と便数も少ない。
●連絡船瀬戸丸、竣航以来7年で幕!その後売却されたようです。
●国鉄堀江駅のホームの駅名板と連絡船のりかえ案内!
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初めてひとつの鉄道の開業と廃止を経験しました。
それも初日と最終日に行っただけ。
神栖にて車両はキハ1000形(旧国鉄キハ10)
開業日は昭和53年7月25日 :
鹿島臨海鉄道鹿島神宮 - 北鹿島 - 鹿島港南間で旅客営業開始。
初日は鹿島港南駅でテープカット
鹿島神宮駅 ホームの反対側には特急あやめ号が入線していました。
神栖でのDD13-127
あっというまに旅客営業廃止!
昭和58年12月1日 : 旅客営業廃止。鹿島港南駅も廃止。
たった約5年5箇月ほどで旅客営業廃止。
なんとも寂しい気分になりました。 |
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