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2002年4月16日大連市に一系統のこる無軌条電車・トロリーバスを訪問しました。
101路は大連火車站と馬欄広場を結んでいる。バスは連接車です。
乗務員はすべて女性ですが、当時のトロリーバスは本当にオンボロでドアは完全に閉まらず
ガタガタうるさい上に隙間というよりぴったり閉まっていないので寒いこと寒いこと。
その上、夜は車内はすべての電気を消して走るため余計寒いですね。中国のバスは夜室内灯を
消して走るのかな?
●大連火車站前バス停
●大連火車站前トロリー用?ロータリーを廻る。
●前部ドアから乗車する乗客
●路線は大連火車站ー同慶街ー市政府ー長生街ー聯合路ー西安路ー盖州街ー大連交通大学 ー遼師大学ー蘭玉街ー馬欄広場
●勿論広告塗装のバスも走っています。
●5枚目の写真の右側面
●広告塗装車 |
大連
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中国東北部の都市、大連には今も路面電車が活躍しています。
今日はそのうちの203系統を投稿いたします、現在203系統は路線統合により201系統として
運行されています。
203系統は大正11年8月27日寺児溝線・満鉄本社前-朝日広場-寺児溝間が単線で全通したのが始まりでこの当時に到る。その後数度の路線変更や路盤強化等を繰り返し現在は
興工街-振工街-五一広場-大同街-北京街-市場街-東関街-大連駅-勝利橋-民生街-民主広場-世紀街-三八広場-二七広場-寺儿溝-春海街-華楽広場-海昌欣城-海之韻公園まで201系統として運行されています。昭和12年に投入された500型(3000系)車両が走る区間です。
●民主広場の3000系、この当時広告電車の全盛に!
●民主車庫より出庫する3000系
●民主広場電停の3000系①
●民主広場電停の3000系②
●民主広場の3000系 大連は電車の横にいる清掃の方が多数おり、朝早くから夜遅くまで
清掃活動しており、町は中国とは思えないほど綺麗でした。市で定年後の仕事として雇っている ようです。いいアイデアですね(^_-)-☆因みに大連の路面電車、バスの乗務員は当時は全て女 性でした。
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●大連候船庁
●当時の大連第二埠頭船客待合所
当時80年前の待合室、往時の大連の表玄関、多くの日本人がここから満州への第一歩を印したが
残念ながら1987年に改築された。
現在ここからは中国国内船が発着しています。仁川等国際旅客線は右手にある国際船ターミナルから
出ています。
●大連港務局(旧満鉄大連埠頭事務所)1926年竣工、ほぼ90才、しっかりした建物で竣工当時は大連で一番
高い建物でした。大連候船庁の真向かいのビル、今も屋上は開放され個人の場合6元とられました。
団体の場合は屋上に机などだしてお土産など販売してるようです。
戦前も今も大連港・大連候船庁(旧大連第二埠頭船客待合所)の俯瞰写真はこの屋上から撮影!。 ●大連港務局屋上の入場券?団体ではもらえないようです。
【正面】 階段や柱など往時のイメージのまま、市電がバスに変わった程度のイメージですね。
【右側面】80年前とほとんど変わらず、車が近代化し、商店が出来た程度。
【待合室】中も天井もそれほど変わってはいない、基本的には同じ、蕎麦屋などある往時のほうが、今のように
何もないよりはるかにいいですね。
●出札 国内船のきっぷや↓桟橋入場券(1元)の発売所 |
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南満州鉄道で特急あじあ号を牽引していたパシナ757が大連にあるとのニュース耳にして
ようやく2001年11月に大連に行くことができました。とにかくパシナの大きさに圧倒されました。
とにかくでかい、運転台に高さも、動輪もとにかくでかいの一言。
しかし2002年4月に大連機関区を訪れたときはパシナ757号機は機関庫の中に入っていました。
残念ながら全体像の写真撮れませんでした。
●大連機関区
●パシナ757、機関庫の中なので全体は撮れませんでした。
●とてつもなく大きな動輪
●パシナの心臓部
●パシナの運転台
●とにかくでかい!このときはまだ表に出ていました。 |
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