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ムンク展に行って

一昨日駆け込みでムンク展を観に行ってきた。

駅から美術館までの道を歩きながら、「朝は清々しくていいね」と言えば、

「念願叶って良かったじゃん」と子牛が言う。

何のことかと思いきや、連休明けの火曜日にも上野へ来たんだった。

私がチケットをよく見ていなかったので、休館日ということを知らずに来てしまった。

その時には閉館時間ギリギリの時刻だったので、黄昏時に行き交う人びとを眺めながら、

「ああ、これが早朝だったらどんなに良いだろう…」と呟いたのだった。

「お母さんはムハンマドだから、あんまり思ったことを口にしない方がいいよ。

言ったことが本当になるんだから。」と子牛は言う。

なんでもムハンマドとは予言者のことを指すらしい。

私はそんなに大それた者か?(笑)

じゃあ今度から「宝くじが当たるよ」と念仏のように唱えてやろうかな。


ムンク展は最終日とあって、朝から1時間半ぐらい並んでようやく入れた。

もちろん有名な「叫び」を始め、様々な作品を堪能したけど、

その作品に一貫して流れているものは、ある種の陰鬱さである。

海岸で物憂げな表情の男性が描かれた「メランコリー」はムンク自身なのであろうか。

ムンクは幼少期に母親と姉を結核で亡くしている。

その絶望的な体験が、その後のムンクの人生をずっと支配することになった。

そう死ぬまでずっと。


人の幼少期に受けた強烈な体験は、その人の人生を呪縛し続ける。

私が最近ハマっている、クイーンのヴォーカル、フレディ・マーキュリーだってそうだった。

彼は愛に飢えていた孤独な人と称される。

あんなに元恋人のメアリーやクイーンのメンバー、そして死を迎えるまで恋人だったジムに愛されて、愛されすぎていたはずなのに。

そのどうしようもない孤独感は、やはり彼が両親や家族と離れて、遠い遠いインドの寄宿学校で暮らした幼少期に遡るのだと思う。

三つ子の魂百までもとはよく言ったものだ。

人生は何十年と続くのに、わずかひと桁の年の頃の体験を超えられないなんて。


ムンク展が終わって、春には大規模なクリムト展があるらしい。

クリムトといえば、あの「接吻」の絵が有名だが、

私はあの絵に、フレディと元恋人のメアリーを重ねて見てしまう。

フレディに肩を抱かれたり、キスをされているメアリーは、よく目を閉じている。

それは恍惚感に浸っているような独特の表情なのだ。

なぜあのような表情ができるのだろうか。


一つだけわかるのは、女性は幸福感に満ち満ちているということだ。

それ以上はわからない。

わかったつもりになって書いても陳腐になるだけだから止めておく。

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