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訳(やく)における誤り=「誤訳」には、本当に注意しなくてはならないと思います。
たとえ活字になっていても、油断できません。
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私がはじめて美術に興味を抱いたのは、図鑑でルノアールの絵を見たときでした。
彼は、印象派(Impressionists)として有名な画家です。
印象派の次のページには、“後期印象派”という文字が大きく書かれてました。
そこには、ゴッホ・ゴーギャン・セザンヌといった名が列記されていたように思います。
(いずれも著名な画家ですね。)
しかしその“後期印象派”という言葉は、私にある誤解を抱かせました。
その字面(じづら)から、私は「印象派には“前期”と“後期”があるのだ」と信じてしまいました。
「ゴッホは、印象派に属するのだ」と考えたのも、(当時としては)止むを得ないことでした。
これが誤りだと気付いたのは、何年も過ぎてからです。
“後期印象派”のもともとの言葉が、“Post−Impressionists”であることを知った時でした。
ここでの「Post(ポスト)…」という語は、「…の後(あと)」という意味です。
例えば、小泉首相の後継者を話題にする時「ポスト・小泉」と言ったりします。
“小泉首相の後(あと)”という意味です。
同様に、Post−Impressionistsを訳すなら「印象派の後の人々」としないと意味が通りません。
そういうわけで“後期印象派”という訳は、「誤訳」と言わざるを得ません。
今日、「Post−Impressionists」をWikipediaで調べると「ポスト印象派」で載っています。
なんか「そのまんま」の感じですが、誤解がなくていいです。
紹介文を抜粋しますと、
Post−Impressionistsとは、印象派を継承、または反駁(はんばく)
しながら、印象派を超克しようとした画家たちであって、この訳語(後期
印象派)から連想されるような、「印象派の後期」に属するものではない…
となっています。
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まあ、何とか誤りに気付くことができて、本当に幸運でした。
皆様も、誤訳にはお気をつけ下さい。
※「ポスト印象派」
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E5%8D%B0%E8%B1%A1%E6%B4%BE)
※ちなみに現在、セザンヌは“印象派”として分類されることも多いそうです。
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そうなんですねー。私、本当に、物を知らないので、勉強になりました。
2005/10/28(金) 午前 10:20
外国から様々な文化が入ってきます。その際「翻訳」が必要なのですが、翻訳者の力量が注目されることは殆どありません。実は、非常に重要なのですが…。
2005/10/28(金) 午後 0:16
さんちゃごさん。初めて知りましたね。そりゃー最初のネーミングが、どう考えてもまずいですね。単純に印象派だけでもよさそうです。翻訳者のセンス、いまいちですね。
2005/10/29(土) 午後 0:29
letgoさん。この一件から「語学力って大事だなあ」と、改めて実感しました。(ちなみに、これは私の持論ですが、本当の「印象派」は「モネ(Monet)」しかいないと思います。ルノアールも、後年には印象派から脱却を模索していました。)
2005/10/29(土) 午後 1:36
これだけ言葉が溢れている時代なのに、誤解を招く和訳になってしまったのは不思議ですねぇ;´_ゝ`)
2005/10/29(土) 午後 3:11 [ - ]
上記のWikipediaによると、ポスト印象派は『白樺派』(明治末〜大正時代)によって日本に紹介されたそうです。その時以来の“誤訳”なのです。ある文化を誤りなく導入するには、数十年以上かかるという一例でしょうか。
2005/10/29(土) 午後 3:24
そうだったんですか,だまされてましたね.と言うか,印象派の定義も正確には知らなかったと言うことですけど.
2005/10/29(土) 午後 10:43
kaseinowaさん、今晩は。明治以降、欧米の文化が急速に日本に輸入されますが、その時期、一部不正確な翻訳が通ってしまうことも少なくなかったと思います。
2005/10/30(日) 午前 0:45
こんばんは。非常に納得です・・・・・。うちの親父が言ってたことが裏付けられました。とはいいつつ、我が親父は印象派をして、あれはアメリカが付加価値を付けたなだと言ってはばかりません。歴史のない国はヨーロッパの無名の画家が描いた作品を買いあさり、価値を付けたんだ・・・と。どう思われますか?(^_^)ゞ。ちょっと本論からずれますが、印象派がらみの話題として・・・。
2005/10/31(月) 午前 3:09
NAMOさん、今日は。印象派の特徴のひとつは『非常に明るい』ということでしょう。17〜18世紀の西洋絵画の『暗さ』を思うと、印象派(19世紀)の明るさは革新的かつ衝撃的です。一方西岡文彦によれば、モナリザ(16世紀初)の背景の奔放な筆致に、早くも印象派の萌芽が垣間見えるといいます。(指摘されてみると、確かにそう見えます。)
2005/10/31(月) 午後 11:31
(続き)17世紀オランダ風景画からの系譜。聖人・王侯貴族・大商人でもない一般市民を描く斬新さ。チューブ入り絵の具の発明が可能にした「屋外での絵画制作」。硬直した美術アカデミーへの対抗意識。パリの急速な都市化と、反動として起こる田園生活への憧憬。鉄道など交通機関の発達が促す旅行・リゾートの流行。男女を突き動かす“ファッション”…。『印象派』が生まれる素地はいくつもあります。印象派の誕生は、歴史的必然だと思います。
2005/10/31(月) 午後 11:33
(続き)しかし一口に『印象派』といっても、中は実に多彩な画家の集まりです。私論ですが、印象派の本流はモネだけだと思っています。シスレーはモネに近いですが、輝きがモネには及びません。ルノアールやドガは人物を主題としていたため、『光そのもの』へ特化することができなかった。風景主体(人物も風景の中に溶かす)のモネだけが、『光そのものの印象』を極めたと思います。(結果、晩年のモネの風景画は『風景』という具象を離れ、20世紀の抽象絵画への布石のひとつとなります。)
2005/10/31(月) 午後 11:35
すみません。冗長になりましたが、要は「印象派は印象派」。それ以上でもそれ以下でもありません。しかし、やはり、印象派です。(お答えになっているでしょうか?)
2005/10/31(月) 午後 11:40
いやはや・・・驚き。さすがインテリジェンスを感じます(^_^)。ヨーロッパに印象派が台頭したのは一つの必然性があったとは私もずっと思っていました。つづく
2005/11/2(水) 午後 7:46
ダビンチにその萌芽があったとは、そう見る批評家もいるんですねえ。ちょっと発見でした。私は、印象派の必然性を考えるのに、ずっと日本に於ける洋画から考えていました。
2005/11/2(水) 午後 7:47
日本の美大では、印象派が逆にアカデミズムになっているのです。だから日本の洋画家で具象を描く者は印象派風になってしまう。それは、印象派が台頭した頃に日本が輸入した西洋画がまさに印象派だったからだと思います。そして、この影響が日本画へ波及してしまったのが、現代の日本画の一類型だと思います。これは、私は日本画壇のある種の誤謬だと考えています。多分これは、ヨーロッパでは起こりえない現象だと思いますよ・・・・。
2005/11/2(水) 午後 7:47
私もつい、調子に乗ってしまいました・・・・汗。
2005/11/2(水) 午後 7:48
確かに日本では、印象派が過大評価されていると感じます。極論をいうと、多くの日本人は『西洋絵画≒印象派』と思っているようです。(かつて私自身がそうでした。)日本での西洋絵画の歴史の浅さ(まだ100年あまり)を考えると無理のないことかも知れません。まだまだ『過渡期』だと思います。
2005/11/4(金) 午後 1:10
ちなみに私の場合、『西洋絵画≒印象派』の誤解を打ち砕いたのはナショナルギャラリー(ロンドン)にあるレオナルドの素描でした。
2005/11/4(金) 午後 1:17