東北の田舎で内科医さんちゃごがたまに書く日記

悲観主義は気分によるもの、楽観主義は意志によるもの。楽観主義で参りましょう!

言葉

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“唯物論”という誤訳

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本日は、以前から書こうと思いつつも、書き出せなかったことを書きます。(少し緊張しています。)

前にも申しましたが、私の哲学の知識は『ソフィーの世界』に毛が生えた程度のものです。

ですから、ここで述べられるのは“哲学的素人の考え”です。


  ☆ ☆ ☆


唯物論(ゆいぶつろん)という言葉を聞いた事はあるでしょうか?


三省堂の『大辞林』第二版で引くと、ゆいぶつ【唯物】の項目で、

  [哲]物質的なものを、実在するもの、あるいは中心的なものと考える立場。 ⇔ 唯心。

岩波書店の『広辞苑』第四版では、

  ただ物質のみが真の存在であるとして、これを重視すること。 ⇔ 唯心。

と記されています。


僭越ながら思うに、これらの記述は両方とも誤っています

双方、同じ落とし穴に嵌(はま)っています。

“唯物”とは、翻訳されてできた言葉ですが、その翻訳が拙(まず)かったのです。

そのため、言葉そのものが落とし穴になってしまったのです。


  ☆ ☆ ☆


“唯物論”という言葉は、元来“materialism(マテリアリズム)”を訳したものです。

この言葉は、ラテン語の“materia(マテリア)”から派生しました。

“materia”は『素材・材料』という意味であって、単なる『物質』ではありません。


ですから“materialism”を訳すのなら、唯“素材”論とか、唯“材”論(ゆいざいろん)とすべきでした。

唯“物”論という日本語訳は、残念ながら誤訳(ごやく)の典型です。


“materia”をさらに遡(さかのぼ)ると、ギリシア語“hyle(ヒューレ)”に辿り着きます。やはり『素材』という意味。

哲学用語としては、『質料』と日本語訳されています。


以上のことを、図式化すると次のようになります。

ギリシア語 hyle(素材)→ラテン語 materia(素材)

 →哲学用語 materialism→日本語訳 唯材論 (≠唯物論)



  ☆ ☆ ☆


以上のような理由から「materialism=唯材論」と考えるわけです。

この「唯材論」という単語を素直に眺め、先ほど紹介した辞書に倣って解釈すると、

  [哲]素材のみを、実在するもの、あるいは中心的なものと考える立場

  ただ素材のみが真の存在であるとして、これを重視すること。

となります。

先ほどの辞書の記述とは、随分ニュアンスが異なると思いませんか?


唯材論とは一言でいうと、世界の事物一切を“素材・材料”に還元しようとする考え方です。

例えば、「生命は、いくつかの元素(水素や炭素など)の集まりに過ぎない」という、何とも寂しい考え方です。


  ☆ ☆ ☆


実は、西洋哲学には“materia”や“hyle”と対(つい)になる用語があります。

ラテン語で“forma(フォルマ)”、そしてギリシア語“idea(イデア)” “eidos(エイドス)”です。

これらはいずれも、もともとは『』とか『姿』という意味です。

形相』と日本語訳されることもあります。

しかし“idea”に到っては、『観念』『概念』としてもはや一般的な用語に溶け込んでしまっています。

なにしろ“idea”は、“アイデア”の語源ですから…。

“materia”から“materialism”という言葉が生まれたように、“idea”からは“idealism”という用語が

生まれました。


ですから materialismに対する哲学的立場としては“idealism”、すなわち

“観念論”を紹介すべきです。



先ほど辞書で記されていた“唯心”という語は、“materialism(唯材論)”の反対語としては相応しくありません。

(“心”という語は意味が広すぎて、用語としては捉えにくいですし…)


(続く……かも)


※このテーマは、どうやら予想をはるかに超えてdeepです。
 …というか、どうやって収拾をつけるべきか、すでに途方に暮れてます。
 とりあえず今日は、ここまでにさせて頂きました。

※何か気付いたことがありましたら、どうぞご指摘下さい。


※※少しでも読みやすくなるように、原稿にやや手を加えています。(11月14日)

閉じる コメント(44)

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凄く流行ってますよね。私も今度読んでみようかしら。

2005/11/14(月) 午後 7:32 さんちゃご

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MIMIの事考えて下さってありがとうございます。確かにMIMIは幸せな一生だったのではないかと想っています。でも、死というものは悲しいですね・・気持ちがえぐられるようです。・・・・・時計貼り付けの時は改行を詰めてくださいね それでは又おじゃまします!!

2005/11/14(月) 午後 8:40 ミミ

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こちらこそ。また遊びに伺います。mimiさん。

2005/11/14(月) 午後 9:33 さんちゃご

大学の講義でもとってるようで勉強になります。 続き楽しみにしてます。 さんちゃごさんはお医者様なのでドイツ語とかも詳しかったりするのでしょうか?

2005/11/15(火) 午後 1:45 [ njp*o*e ]

こんにちは。恐れ入ります。☆ドイツ語は教養課程で習ったのですが、現在は「アイン・ツヴァイ・ドライ」程度しか覚えていません。現在の医学部は、講義でも文献でもドイツ語はほとんど(というか、全く)使われなくなりました。(使用言語は、日本語と英語と、一部ラテン語です。)

2005/11/16(水) 午前 9:07 さんちゃご

へぇー、そうなのですか。たしかにドイツ語はポピュラーではないですよね。今は全く使われてないってことは、私の情報は相当古いってことですよね。私の年齢がばれるかしら...。しかも記事と関係なかったですね。

2005/11/17(木) 午後 1:42 [ njp*o*e ]

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医学部=ドイツ語というイメージ、ありますよね。実際は、慣用的に残っているくらいです。胃(い;日本)=マーゲン(独)=ストマック(英)

2005/11/17(木) 午後 2:17 さんちゃご

哲学の話を聞くとワクワクしてしまう私です(^^;『唯物論』、と聞くと誤訳だと思いがちですが、この場合『精神、形としては現れないモノ=意識』と対になるモノとして『形あるもの=物』としているのだと思います。だからそういう意味ではspiritualism(=唯心論)でも間違ってはいないのではないでしょうか??

2005/11/19(土) 午前 0:34 [ nao ]

ここでは、言葉の意味を膨らませることに慎重にならねばなりません。問題を可能な限りシンプルにするためです。materia”を“物質”と訳すと、その瞬間から、本来の“素材”という意味が失われ始めます。これでは、問題が複雑になってしまいます。。

2005/11/19(土) 午後 2:12 さんちゃご

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“心”という言葉は意味が広すぎます。学術用語として、妥当な“定義づけ”ができるのか甚だ疑問です。定義づけがなされない言葉では、議論は難しいでしょう。「心」について考えることはできますが、「心という言葉」で何かを語るのはかなり難しいです。

2005/11/19(土) 午後 2:22 さんちゃご

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こんにちは。唯物論・・・普通に使っていましたね。これが誤訳であったとは!!驚きとともに、我が身の無知ぶりを知りました。それとnaoさんとの↑遣り取りを拝見して、更に理解が深まりましたよ。ちょっと頭ん中を整理してみます(^_^)ゞ。

2005/11/19(土) 午後 2:35 Rev.Ren'oh

namoさん、こんにちは。もし“唯物論”を用いるなら、naoさんの仰るように“唯心論”と対にすべきかと思います。でもこれは、どちらかというと東洋人の思想ではないでしょうか?それを、西洋の“materialism⇔idealism”の対に、そのまま当て嵌めようとするから混乱が生じるのでは…と疑います。

2005/11/19(土) 午後 3:09 さんちゃご

「marteria」とは本来は“素材”という意味だったのですが、それが哲学の中で考察されて“物質”に変化したのだそうです。そして、認識論的に捉えるならば『観念論』は『唯心論』と意味はほぼ同じなのです。だからどちらが対概念になってもおかしくないのですよ。ちなみに『唯心論』は実在論的に捉えた場合の対概念でと考えられます。なので、心は精神と同意義に捉えても差し支えないのでは。…と、長くなってしまってごめんなさい(><)

2005/11/19(土) 午後 5:59 [ nao ]

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さすが本業・現役ですね。naoさんの仰るとおりだと思います。しかし多くの人は『“素材”が“物質”に変化した』ことに気づきません。また『観念論』は『唯心論』と同義であると言っただけで途惑うでしょう。哲学はそれ自体で十分難しいです。ですから、用語の言い換え(あるいは翻訳)でさらに複雑になるのは避けたい。語源(ラテンやギリシア語)に遡るのは、もとの言葉が最もシンプルだからです。

2005/11/19(土) 午後 6:33 さんちゃご

こんにちは。そもそも原典の言葉すら難しいですよ。例えば“存在自体(Sein-selbst←逆だったかな…)”なんて言葉のまま受け取れば理解できるような気もしますが、用語として改めて説明されるととても混乱してしまいます。『観念論』だ『唯心論』だという前に、そもそも人間はその存在がすでに哲学を体現しているはずです。それを言葉や意識の段階にまで引き下げて『これって不思議じゃない??』と言っているのが哲学者な気がします。

2005/11/22(火) 午後 3:26 [ nao ]

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確かに言葉の壁は、高く厚いですね。しばしば混乱や誤解の原因にもなりますし…。しかし先人の思考の軌跡を辿るには、やはり言葉に頼るしかありません。

2005/11/22(火) 午後 5:12 さんちゃご

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あたかもアテネの学堂みたいですね〜(^_^)。言葉に頼るしかない・・・なるほど、そうなのかも知れません。人間のそんな限界を超えようとして、今度は宗教、特に仏教が「言不要」なんて境地を開拓しようとしたんでしょうか・・・。

2005/11/27(日) 午後 10:23 Rev.Ren'oh

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namoさん。こんにちは。特に禅宗各派は“脱・言語”的な思考を目指しているように思えます。(それは“思考”というより、“体験”とか“境地”と表現するべきものかもしれません。)しかし“脱・言語”は、言葉や言語表現を否定するものではないと考えています。むしろ言葉を追究した先にあるのではないかと…。(何となく…ですが)

2005/11/28(月) 午前 11:55 さんちゃご

さんちゃごさん、みんなのコメを読みました、大変なことになっていますね!!宇宙のシステムを語源で探っていくような感じになってきてますね〜〜高度な波動の「愛」を知るまで、魂の進化のために生まれている私達、それにたどり着くような気がしますよ。地球の人類の生活で便宜上、言葉はツールですものね。

2005/12/7(水) 午前 11:01 marieru

マリエルさん、こんにちは。予想を遥かに越えた反響に、正直ビビッてます。「言葉とは何か?」これもまた、一生をかけた探求に値する命題ですね。

2005/12/7(水) 午前 11:43 さんちゃご


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