東北の田舎で内科医さんちゃごがたまに書く日記

悲観主義は気分によるもの、楽観主義は意志によるもの。楽観主義で参りましょう!

歴史

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紙の普及と印刷術の発明が、免罪符を広めた背景であることは、
前回お話しました。

一方で“紙と印刷術”は、聖書も広く普及させました。
グーテンベルクの印刷術で普及した聖書は、その名も“グーテンベルク聖書”と
呼ばれています。

(現代では、聖書は最大のベストセラー&ロングセラーになっていますよね。)


  ☆ ☆ ☆


そのような中、16世紀ドイツの神学者マルティン・ルターは、
教会の腐敗を厳しく批判します。
これが『95ヶ条の論題』で、宗教改革の発端となります。

そのルターは後に、ラテン語で書かれていた聖書をドイツ語に翻訳します。
お陰で、さらに多くの人が自ら聖書を読めるようになりました。

カトリック教会の濫発する免罪符に対しても、ルターは強く批判を加えました。
聖書には、どこを読んでも“免罪符”などとは書かれていないからです。

聖書に書かれていることと、教会の教えの間に横たわる矛盾。
聖書の普及によって、その矛盾は広く人々の知れるところとなります。

教会の正当性が、厳しく問われることなったのです。
そのきっかけを作ったのが、“紙”であり“印刷術”でした。


  ☆ ☆ ☆


中世では、カトリック教会は絶対的な権威を持っておりました。
その権威が揺らいだひとつの要因は、庶民が“聖書”という情報を得たことです。

『宗教改革は、一面で情報革命であった』といえるのです。


(続く)

※冒頭の絵は、ルターの肖像。ルーカス・クラーナハ画。

閉じる コメント(21)

なっとくさん、おはようございます。今回の話は、紙・印刷術・聖書を題材にした“情報”の歴史です。もちろん現在の様々な状況に繋がってまいります。それは後ほど…。

2006/8/22(火) 午前 8:46 さんちゃご

ホントにヨーロッパでは、キリスト教にかかわることは、命がけだったんですね。それに比べたら、日本はあっさりしたものですね。

2006/8/22(火) 午前 10:49 letgo

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いえいえ、Letgoさん。日本でもキリスト教の関わる歴史は、決して平坦ではありません。それはまた、別の機会に…。

2006/8/22(火) 午前 11:41 さんちゃご

免罪符の流布だけでなく、聖書を普及させる事にもなった紙と印刷術が、最終的に教会の正当性を問う結果に繋がったのですね。

2006/8/22(火) 午後 7:12 あずまいら

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確かに、教えの中に免罪符なんて聞いた事ないですよね。。うーん。

2006/8/22(火) 午後 9:56 はなみち

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azumairaさん。新しい技術は世の中を変えますが、この話もその一例ですね。

2006/8/23(水) 午前 1:40 さんちゃご

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はなみちさん。免罪符は、正しくは“贖宥状(しょくゆうじょう)”と呼ぶみたいです。(私は世界史の授業で“免罪符”と習った世代ですが…)いずれにしても、聖書には書かれておりません。

2006/8/23(水) 午前 1:45 さんちゃご

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さんちゃごさん。日本のキリシタン迫害は豊臣秀吉の時代からでしたね。とても残虐で人がすることでないほどの迫害でした。それでも、クリスチャンは大仏の中へ十字架を隠したり、しっかりと隠し通して現代にいたるまで、管理続けるほど、敬虔なるクリスチャンがいました。信仰心がとてもありますね。

2006/8/23(水) 午後 0:05 rose

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キリシタン迫害は、日本人を奴隷として拉致し、ヨーロッパへ送ったキリスト教へお怒りからとの説もあります。今の日本も、統一協会が数万人の日本女性を洗脳し韓国の貧しい農民に売ったとの話もあります。宗教は、良い面を多く持ちますが暗黒面も見逃せないですね。

2006/8/23(水) 午後 2:52 [ なっとく ]

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情報開示ですね。特権階級だけのものではなくなったわけですね。

2006/8/24(木) 午前 10:19 hil*i*_gosi**go

roseさん、こんにちは。豊臣・徳川政権下でのキリシタン弾圧。私は“政策として間違いではなかった”と考えています。当時の宣教師派遣は、スペインやポルトガルの植民地政策の一環であったと思われるからです。日本をキリスト教化した後は、次に軍隊を日本に送る可能性が高かったです。(南米で行われた植民地政策をみれば、わかります)

2006/8/24(木) 午後 0:33 さんちゃご

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なっとくさん。宗教とて、神ならぬ人の為す業ですからね。良い面・悪い面、冷静に判断する必要があります。キリスト教の歴史とて、例外ではないということですね。

2006/8/24(木) 午後 0:38 さんちゃご

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ひるひるさん、それが大切なのです。歴史です。

2006/8/24(木) 午後 0:43 さんちゃご

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関係なさそうな話で恐縮ですが・・・・、洋の東西を問わず、宗教の中で異端の是非の判断基準は「聖典」に記述があるかないか、ですね。よく「出拠はどの経典や?」とは、我々の常套句(苦笑)。あと、プロテスタンティズムとカトリシズムの違い。うちの宗門では一時期ブームになったテーマと言葉です。前者は所謂原理主義。後者は色んな要素を取り込み容認していく姿勢。

2006/8/26(土) 午後 5:54 Rev.Ren'oh

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つづき・・・そう言えば、15世紀頃だったか、スペインのサラマンカ大学の神学者、フライ・ルイス・デ・レオンは、ラテン語の聖書よりもヘブライ語の聖書の方が正しい記述であると説いて、異端審問にかけられ、5年間入牢したそうですが、大学復帰後の講義で、学生達は自分を糾弾した者について語るだろうと期待したそうですが、レオンは、「昨日も申し上げた通り・・・」と、聖書学の続きを述べただけだそうです。

2006/8/26(土) 午後 5:54 Rev.Ren'oh

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なるほど。宗教的な論争では、“聖典”こそ最大の論拠だったわけですね。☆「薔薇の名前」観ました。異端審問、改めて恐ろしいと身震いしました。異端審問に対するレオンの回答は、“無視”だったわけですね。(笑)

2006/8/27(日) 午前 8:02 さんちゃご

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面白い切り口ですね。一つの疑問は一般人が当時の印刷物を購入できただろうか?まあ、買えなくても教会に備えてあったとか、いろいろ想像することもできますが。ところで、免罪符ですが、現代でも形は違えど、同じようなものを目にしますよね。

2006/8/27(日) 午後 3:06 [ 無知 ]

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印刷物として普及しても、聖書を購入できたのはやはりまず高所得者であったろうと想像できます。☆本当の庶民にまで印刷物が行き渡ったのは、日本では江戸時代中期以降だったと思います。日本でも印刷術は「版画」として芸術の域にまで洗練されましたよね。

2006/9/4(月) 午後 8:30 さんちゃご

歴史の流れの中で技術の向上、新たな発見、普及の仕方を知っていくのは先人の思想に触れることなんですね、とても興味深いことです。今の時代、情報量は多いですが、知識を得ることによって自分の判断力を養って生きたいと思います。いまだ、知ってることより、知らないことのほうがはるかに多く、たくさん知りたいことばかりです。

2006/9/9(土) 午前 8:53 marieru

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マリエルさん。こんにちは。いろいろな背景を知ると、より深く「その時、人々はどう感じ考えたか」分かる様に思えます。

2006/9/14(木) 午前 3:56 さんちゃご

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