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土曜日の夜は、時々、例のお笑い芸人の番組を見る事があります。
その中で、いつも感心するのは犬井ヒロシです。
白いTシャツにジーンズ、
大きなサングラスをかけ、ギターを弾く、お決まりのスタイル。
そして右の拳を突き上げながら、
『自由だぁ〜〜』
と叫ぶ、あの犬井ヒロシです。
いつも番組の締めを飾る彼の姿をブラウン管に眺めながら、
『“自由”とは一体何だろう?』と自問することが、たまにあります。
☆ ☆ ☆
…自由(じゆう)…
…自らを由(よし)とする…
…自分自身を、自分の考え・行動・在り方の拠りどころとする…
つまり自由とは、
“自分自身でルールを定め、それに従うこと”なのだろうと思います。
単なる“束縛のない状態”は、“自由”とはいいません。
☆ ☆ ☆
例えば、無重力の宇宙空間を想像します。
重力の束縛から逃れた無重力で、ヒトは果たして“自由に”動けるでしょうか?
否、とても“自由に”動けるとは思えません。
むしろ地球の重力から一瞬も逃れられないこの地上でこそ、
“自由に”歩いたり、走ったりできます。
重力という束縛が、自由を生み出している……何とも不思議です。
(しかしブラックホールのような“超”重力下では、“自由に”動くのは無理でしょう。
束縛もほどほどが良いようです。)
☆ ☆ ☆
以上のようなことから、
“自由”とは、何らかのルールに従うことで得られるのだと考えるに到りました。
ただしそのルールは、自分自身で決めなくてはなりません。
あるいは自分の足と眼で探し求めるしかない。
他人任せにはできないのです。
そして、そのルールを守り、それに従うこと…
“自由であること”は、結構骨が折れるものです。
☆ ☆ ☆
もう一つ、肝心なことがあります。
一旦は自分で定めたルールでも、時々は見直すこと……です。
先ほど申していたことと矛盾するようですが、大切だと思います。
何事でも“固執”してしまうのは、“自由”な態度ではありませんから。
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何でも自由というのは、かえって不自由なもんですね〜!
2007/12/5(水) 午前 0:13
何も無いところから、かえって、自由ってうまれにくいのかもしれないですね。たまりんも、犬井ヒロシの出ている番組をいつも見てます。
2007/12/5(水) 午前 9:16
自由と勝手と間違えている人達が世の中には沢山いるように見受けられます。わたしだけがそう感じているのでしょうか。
2007/12/5(水) 午後 5:51 [ sige ]
Letgoさん、こんばんは。
ヒトの体には、固くて曲がらない“骨”があります。
骨の固さは体の動きを制約しますが、しかし、骨が無ければヒトは歩けません。
それどころか立つことも呼吸することもできません。
骨という制約・束縛を外した“骨抜き”の体には、自由はありません。
2007/12/5(水) 午後 11:47
たまりんさん。
私の女房も、例の番組チェックしています。
2007/12/5(水) 午後 11:49
シゲさん、こんばんは。
「好きな言葉は何?」とアンケートをとれば、「自由」は必ず上位に来るはずです。
しかしその言葉の重みを、どれくらいの人が真摯に感じているのかは疑問ですね。
2007/12/5(水) 午後 11:57
パニッパニッパニパニパニック|◎◎|
………………い〜よ〜|●●|d
2007/12/6(木) 午後 4:36 [ ごんぞう ]
その芸人さんは、来週出てくるかしら?……ねえ。
2007/12/6(木) 午後 10:46
本当にそのとおりですね。素晴らしいお考え方をありがとうございました。
2007/12/8(土) 午後 5:05
KOKOさん、こんばんは。恐縮です。
“自由”の反対は“束縛”だろうか?と思ったときに、必ずしもそうではない気がしたものですから…。
2007/12/9(日) 午前 0:34
「自由」というのは、突き詰めて考えると難しいものですね。私は、日本はアメリカの次くらいに「自由な国」だと思っています。習慣や宗教や政治に束縛されることなく生活できるし、いろんな選択を自分の意思でできるからです。ただ、それはやはりルールを守った上でのこと。ルールは法律が決めるものではなく、ひとりひとりの常識によるものであってほしいなぁと思います。
2007/12/9(日) 午後 11:45 [ har*zo*_*apo4 ]
少し前に読み終えたシモーヌ・ヴェイユ(『自由と社会的抑圧』)は、己が思考を行動に移せることを自由と言っております。彼女は『重力と恩寵』(今はこちらを読んでいますが)という本も出していますが、上のさんちゃごさんの発想を彼女に伝えたかったですね。64年前に亡くなっていますから、それは無理ですが、天国から微笑んでいるかもしれません。
ところで、現在では自由の名の下に、不条理極まりない主張がされており、愕然とします。
2007/12/10(月) 午後 0:48 [ 無知 ]
リンゴさん、こんばんは。
自由な歩行が地球の重力の下で可能なように、
自由な社会的行為は、社会のルールのもとで初めて可能になります。
公共と個人の関わり方…バランスを常に考えたいですね。
2007/12/10(月) 午後 11:52
ジュリアンさん。
自由の誤用・濫用は、やがてその自由が損なわれることになりかねないので、してはいけないのですよね。
2007/12/11(火) 午前 0:03
自由って常に責任が伴うものですね。
2007/12/13(木) 午前 1:39
roseさん、こんばんは。
まったくその通りだと思います。それをよく弁えておくことが大切です。
2007/12/19(水) 午前 2:05
自由であることは、自分で責任のある生き方をすることですよね!
一度決めたルールも、執着せずに見直し続けることは大切だと思います。
さんちゃごさんは、常に原点を忘れないようにされているのが信頼でします。
2008/1/26(土) 午後 8:19
イソップさん、恐れ入ります。
“自由を賛美する”ことは易しい。しかし“自由である”ことは難しいものだと思います。
2008/1/27(日) 午前 4:48