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十数年前、大学を卒業したばかりの私は仙台市のある病院で
研修医をしていました。
当時私は漠然と“内科系”に進もうと考えていましたが、
専門分野までは決めかねていました。
そこでその病院で、内科系の各科を回って研修することにしたのです。
呼吸器内科を回った2ヶ月間、指導医はM先生でした。
M先生は研修医の間では嫌われていました。
偏屈で、意地悪だったからです。
☆ ☆ ☆
ある日私はM先生から、
「さんちゃご君、やってごらん。」
と一人の患者さんのカルテとX線写真を手渡されました。
『肺炎』の診断で入院したばかりの、中年の男性のものです。
患者さんは発熱と咳で辛そうにしていました。
病歴と身体所見を取り、X線写真を見て、血液や喀痰の検査をオーダーしながら、
「とりあえずペントシリン(ペニシリン系の抗生剤)を開始します。」
とM先生に恐る恐る報告しました。
「いいんじゃない。」
M先生はそっけなく答えました。
☆ ☆ ☆
翌朝私は、その患者さんを回診しました。
しかし熱が下がらず、咳もひどくて眠れなかったと訴えます。
食欲もなくて、疲れています。
私は鎮咳剤を増量しながらも、これからどうすべきか判らず、悩みました。
M先生に相談しましたが何もアドバイスしてくれません。
あれこれ本を見ながら、
「抗生剤をパンスポリン(第2世代セフェム)に変更します。」
と自信も持てないまま告げました。
「その方がいいかもね。」
M先生はあくまでつれない返事でした。
翌朝、やはり患者さんの具合は好転しておりません。
むしろ入院時よりも消耗しています。
付き添いの奥さんも、頼りない研修医に心配を隠せません。
私は、申し訳なくて、情けなくて、逃げ出したくて、
泣きたいくらいでした。
☆ ☆ ☆
その日の午後、オーダーしていた検査の結果が返ってきました。
「マイコプラズマ……」
私にとっては初めての病原菌でした。全く念頭にすらありませんでした。
マイコプラズマ肺炎なら、ペニシリンもセフェムも効かなくて当然です。
「ミノマイシン(テトラサイクリン)に変更します。」
と告げたところM先生は、
「さんちゃご君、3日かかったね。」
とため息まじりに言うのです。
☆ ☆ ☆
後で知ったのですが、M先生は最初からマイコプラズマ肺炎だろうと
見当をつけていたのです。
それでいながら、できの悪い研修医が悩んでいたり、
患者さんが苦しんでいたりするのを黙って見ていたのです。
「最低だな、このヤロ〜!ぶん殴ってやっか〜?おらぁ〜!!」
とハラワタ煮えくり返りましたが、しかし行動には移せませんでした。ヽ(*`Д´)ノ
☆ ☆ ☆
そんな日々が2ヶ月続いて、ようやく呼吸器内科での研修が終わる日のことです。
M先生は私を、ある患者さんのベッドサイドに連れて行きました。
その方は寝たきりで意識もなく、食事も寝返りも喀痰排出も、自分ではできません。
「こういう人が異臭を放たず、床ずれも作らずに寝ていられる…。
これは医者の力量ではない。看護婦さんの力量だ。」
「こういう、看護婦さんの力を引き出せる医者になりなさい。」
それがM先生の、最初で最後の訓示でした。
☆ ☆ ☆
現在私は、毎日肺炎の患者さんを診ております。
「呼吸器なんか金輪際やるもんか!」と思っていた私が……です。
お蔭様であれ以来、マイコプラズマ肺炎を見落としたことはありません。
そして日々、
「私ら(医師)は“治す”のが仕事だが、看護師さんの仕事は“癒す”こと」
と彼女らの仕事振りを見ながら、たいへん有り難く思っています。
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わぁーー、うれしい記事でした!!
ありがとうございます。
「私ら(医師)は“治す”のが仕事だが、看護師さんの仕事は“癒す”こと」・・・心に響きました。
素敵な言葉をいただいたさんちゃごさんでしたね。
指導されたM先生、しっかりとさんちゃごさんの診断する決断力もつけているではありませんか。
だれにも頼ることも無く。
ひとつは、カルテをどう観るか、
症状だけで判断することもできたかと思いますが、
さんちゃごさんに検査結果がでる三日間の猶予を与えてくれたのですね。
2008/4/6(日) 午前 6:55
こんにちは。
今なら私も即座に診断できると思います。
しかし当時は知識も経験も全く足りませんでした。
この症例はいわば“初歩問題”です。
診断をつけることが出来て、治療法も確立していますから…。(3日かかりましたが…。汗。)
どんなに調べても診断がつかない場合もあります。
そして診断がつかないまま、治ってしまう方も多い。
一方で診断することはできても治療法がなく、助からない肺炎もあります。
M先生は、噂に違わず偏屈で意地悪な方でした。
しかし、研修医に悩む時間を与えて沈黙する忍耐はあった方でした。
二度と彼の許で働きたいとは思いませんが、私にとっては良き師匠でした。
2008/4/6(日) 午後 1:56
治すと癒す。感慨深いですね!
でもこれは、さんちゃごさんの悟りの言葉ですね!
2008/4/6(日) 午後 8:01
こんにちは。どうも恐縮です。
治すと癒す…野球で喩えると、攻撃と守備の関係に似ている気がします。
2008/4/7(月) 午後 1:42
胃炎で入院した時、看護士さんの細やかな仕事振りにとても感謝して退院しました。力を引き出せるお医者様だったのでしょうね♪
2008/4/7(月) 午後 4:50
美琳さん、こんにちは。
それは良かったですね。
実際は、病棟の看護師長の影響力の方が大きいように思います。
指導が行き届いていたのでしょうね。
2008/4/7(月) 午後 5:44
さんちゃごさん、こんばんわ。「私ら(医師)は“治す”のが仕事だが、看護師さんの仕事は“癒す”こと」・・・とても素敵な言葉だと思います。自分も子供の頃交通事故で入院した時に、看護師さんにはお世話になったものです。M先生も決して悪い先生ではなかったというのは訓示からもわかりますが、肺炎で苦しい思いをした経験のある自分としては「患者さんを巻き込まないでほしい」という思いがしました。
2008/4/7(月) 午後 6:58
azumairaさん、こんばんは。
私もその点が疑問で憤っていました。私が指導医の立場なら違う風に指導したでしょう。
M先生は、上記のように看護師さんの仕事を尊んでおりました。
しかしその性格ゆえ、看護師さんからも敬遠されがちであったのは何とも皮肉でした。
2008/4/9(水) 午後 10:25
私大変な怖がりで恥ずかしがりやで
インフルエンザでも病院なんか行ったことありません。
お家でう〜う苦しみながら辛抱して日の過ぎるのを待っています。
ガンになっても病院に行けそうもありません。
どうすれば病院に行けるでしょうか?
今は病気にならないように食事管理や健康管理をしています。
2008/4/10(木) 午後 10:16 [ pokapoka ]
“病院が好き”なのも困りものですが、極端な“病院嫌い”も損します。
とりあえず口コミ情報がいいと思います。
いろいろあたってみては如何がでしょう。
(しかし風邪は寝て直すのが一番だと思います。)
2008/4/10(木) 午後 11:00
師匠是くありき・・・と思いながら読ませて頂きました。
万が一の責任は負うつもりで、若き日のさんちゃごさんに全てやらせたのかな・・・と、愚案した次第です。
2008/4/14(月) 午前 1:16
Ren’ohさん。
M先生は嫌われていましたが、信頼はされていました。
呼吸器分野に限らず、知識も広範でした。(ただ容易に人には教えないのですが…)
肺がん・気胸・肺炎・COPD(慢性閉塞性喚起障害)・気管支喘息・胸水貯留・敗血症…。
たった2ヶ月でしたが、お蔭様でずいぶん勉強になりました。
2008/4/15(火) 午前 0:11
先生は人とのコミュニケーションがうまくとれない、ある意味では狭量なところがあって損しておられる方だと見受けました。でも医師としては有能であったでしょうし、そんな先生なりの「指導」だったんだろうなと。
受ける側の器によって、意味のあるご指導に成りえましたのはさんちゃごさんだったからかもしれないと思います。
2008/4/16(水) 午前 1:03
医師に限らないでしょうが、新人の研修・指導(特に初期)の基本はマン・ツー・マンなのだと思います。
どの辺まで新人にやらせるか…指導者もストレスだった筈ですが…。
2008/4/16(水) 午後 9:04
はじめまして。
私のかかりつけのクリニックのおじいちゃん先生は癒し系です。
その分、看護師さんはしっかりしているようで(?)、叱られたりもします。
それでバランスが取れているのかもしれませんね。
2008/5/4(日) 午前 3:25 [ - ]
こんにちは。
厳しい先生、優しい先生…いろいろいらっしゃいますからね〜。
看護婦さんも同じですね。
2008/5/5(月) 午後 7:38