東北の田舎で内科医さんちゃごがたまに書く日記

悲観主義は気分によるもの、楽観主義は意志によるもの。楽観主義で参りましょう!

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平成23(2011).5.12(木) 旧暦4月10日
曇り後雨
 
『両陛下ご来県』
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本日の福島民報(私が取っている地方紙)の一面です。
 
昨日(11日)、天皇・皇后両陛下が福島市・相馬市にいらっしゃいました。
 
震災からちょうど2ヶ月にあたる節目の日。
 
避難している住民は勿論の事、福島県民皆がどれほど待ち望み、
 
喜び、勇気づけられたことか……。
 
本当にありがたいことだと、思わずにはいられません。
 
  ☆ ☆ ☆
 
この度の震災での被害の大きさは、亡くなられた方の人数で比べれば、
 
宮城県・岩手県の方が福島県よりもずっと甚大です。
 
しかし福島県は、原発事故による“汚名”という、全く違う種類の被害を
 
背負っています。
 
この点、なんとも不思議な因縁を感じています。
 
少し歴史を遡ってみます。
 
  ☆ ☆ ☆
 
今から140年ほど昔、会津藩をはじめとする東北の諸藩は戊辰戦争で
 
“賊軍”という汚名を着せられ、攻め滅ぼされました。
 
会津藩や二本松藩にそのような汚名を着せたのは、
 
薩摩・長州を中心とした新政府軍です。
 
原発事故で、最も風評被害を広めている張本人・カン何某が
 
山口県(長州)出身であることは、果たして偶然なのでしょうか。
 
その臆病者が、高杉晋作を気取って“奇兵隊内閣”などと称している…。
 
まったく笑止千万です。
 
  ☆ ☆ ☆
 
実際は、会津藩は“賊軍”などではありませんでした。
 
会津藩主・松平容保(かたもり)公が京都守護職に抜擢されたのは、
 
徳川家の親藩の中でも信頼が厚かったからですし、
 
京都守護職着任後は、時の孝明天皇からも信頼されていました。
 
幕末の混乱・明治維新の興奮が過ぎれば、それは自ずと明らかになり、
 
会津藩をはじめ、東北各藩(県)の名誉は回復されたのです。
 
  ☆ ☆ ☆
 
会津藩の名誉が回復したように、福島県の風評被害もやがて
 
晴れる日が来るでしょう。
 
両陛下の微笑を拝見していますと、その日は案外遠くないのではとさえ、
 
思えてきます。
 
原発の事故処理は徐々に進んでおります。
 
(現場で働いている方、ありがとうございます。)
 
あとは政権さえ代われば、汚染された土地を除染する方法について、
 
前向きに、活発に議論されることでしょう。

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