鬱なんだか地なんだか?

鬱から生還半年。子宮線筋症悪化のため子宮全摘することに!

私って

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去年の今ごろ

鬱から復職した去年の3月
私はテンパっていた

一人娘ぴよぴよが小学校に入学する
その準備と彼女の放課後LIFEのこと
鬱のときに保育園の行事に出たら、もれなく寝込んでいた
小学校の入学説明会とかも、やっぱり帰ってくるとぐったりとなってしまう
保育園は7時まで預かってくれるけど、
学童保育は5時半位で帰される
私が帰ってくるまで2時間、ひとりで鍵をかけて、ひとりで電気をつけて
ぴよぴよはお留守番をすることが出来るんだろうか?
不審者とか多いし・・・

本部の部長が突然異動することになって、その送別会の時
仲が良かった執行役員が話しかけてきた
「俺、絶対きーを本部に戻したるからな!子供ももう小学生やろ!」
「そんな!小学校1年って保育園より大変なんですよ!学童も早く終わるし…!」
「え…だって小学生になって手はなれたから働くとか…あるやん」
「ウチはそのレベルの仕事(失礼だけど)でいいんですか!」

4月、人事異動
私は本部の秘書室長に抜擢された
通勤時間が、倍になる
まさか本当に異動になると思わなかった
「ご栄転」なのかもしれない
独身か、近くに預けられる身内がいたら喜ぶべきことなのかもしれない
でも速攻で帰っても7時前、しかし全く時間外をしなくていいほどウチの会社は甘くない
ぴよぴよに何かあったときに、タクシー飛ばして帰れる距離じゃない

自分のキャリア…何なんだろう、仕事って

会社側は事情を話すと時短勤務を提案してくれた
でもその時短分は周りの人にしわ寄せがいく
皆が残業必至の状態で、罪悪感を持って早く帰ることがまたすごいストレスになるのではないか
また鬱がひどくなるのではないか

「他の人のことや、会社なんてどうでもいい
自分が幸せになる方法だけを考えろ
お前が幸せでいつも笑ってたら、
お前が大事にしてる人も、お前を大事に思ってる人も、みんなが幸せになるから
きー、お前が幸せになれ」
そう言った人がいる

結局、私は辞表を出した

やっぱりぴよぴよが一番大事
しばらくはゆっくり向き合ってやろう
名の知れた会社やいい給料は誰のため?私のくだらないプライドは
大きなランドセルに押しつぶされないようにふんばった細い足であっさりと蹴飛ばされた
今まで、仕事や病気に振り回されてたと思ってたママだけど
それ以上に振り回されてたのはぴよぴよだったね

抗鬱剤の副作用

4年患った鬱から生還しました
私の鬱の軌跡です

復職してやはりしんどくなるときはありました
でも今度は「しんどい」と人にSOSを発信するようになってました
理不尽な上司、
以前なら否定することもできず自分の中で悶々としていました
でも今回は「アイツむっちゃむかつく!こんなんやねん、どう思う?!」と
周りの人にぶちまける
そして解った
自分が気にしてることでも回りからしたらなんでもないこと
「え、そんなん気にしてるの?全然平気やん」といわれ自分も楽になる
そもそも私がぶつくさ言うても、周りの人はそんなに人の話を聞いてへん
言って楽になって、相手もそれなりに流して、そんなんでいいねん

なんとなくうまく回るようになって通常にこなせるようになったとき
今度は体の調子が悪くなりました
私が飲んでいたのは抗鬱剤「アモキサン」
副作用に「おしっこの感覚が鈍くなる」というのがあります
忙しい日々が続き、微熱が続きました
会社からは「休むな」と
まあやはり判断力が落ちてたから
本当ならその時に無理をして休んで病院に行くべきだったんだけど

ある日、夕方に気が付きました、朝から一回もトイレに行ってへん・・・!
そういえば最近トイレに行く回数が少ないんちゃう?
翌日から40度の高熱が続き、とうとう歩けないような状態になりました
そして入院
腎臓を壊し、3週間入院しました
自宅療養も・・・
その間、私の仕事が回りの人にフォローしてもらうことになり
本当に皆さんに迷惑を掛けました
同時に思ったのは
しんどいときに、やっぱり会社はなにもしてくれへん
この会社にいたら、ほんとに寿命が縮むかも

復職後の勤務

4年患った鬱病から生還しました
私が歩いてきた鬱の軌跡です


2年前
約1年の休職を終え、復帰しました。
復帰のお祝い会を開いて貰った時のこと

サザエさんメールをくれた後輩のA君が、めずらしく酔っ払って
「この歌聴いたら、きーさん絶対泣くし!」とカラオケで
モンパチを歌って言いました
「目の前で壊れていくのを見ていながら
何もできなかった自分を、何度も責めました。
ごめん、あの時何も出来なくて」

私は私で傷ついて、ひどい状態ではあったんだけど
そんな私を見ている人たちを私は傷つけもしたんだ。
私が良くならないと、この人達の傷も治らない

シビアな会社は復帰=仕事オッケー!と見なします
役職にあった私は仕事だけでなく
部下の管理なども容赦なく責められます
薬で集中力・記憶力が落ちているので毎日必死でした
理不尽な上司の暴言もありました
「こいつのために悪化してたまるか、こんなヤツはバカだ、バカだ」
落ち込みそうになっているとA君が心配そうに見ていてくれる
大丈夫、彼は味方だ

そして私が変わったのは以前より簡単に音をあげるようにしたこと
毎日の分刻みのスケジュールは変わりはない
けれど
「今日はもうしんどいから、晩御飯食べにいっちゃお」
「今週はハードな一週間だったから、気分が滅入る前に家事もせずに寝ちゃお」
「ここんとこ夫婦共々忙しくて余裕なかったから近場に泊まりに行こう」
自分が楽することをがんばって考えるようになった
だって鬱病なんだし、でもがんばって働いてるんだし
いいじゃん、楽しても
私がドツボにならなけりゃ

そして復職へ

4年患った鬱病から生還しました。
軽くなっていった過程を書いていってます
三寒四温の春の天気のように
いつのまにか楽になる日がきっと来ます

「生まれ変わる」為にピアスを開けて
「絶対私の人生いい方に変わる!」と毎日思い込みを続けました
ほんとにウソみたいに
楽な日が続くようになりました
「波」(鬱の暗い波がおそってきそうな状態・・ありますよね)がきそうになったら
なにもかも放り出して音楽を聴いたり、寝たり
鬱をうまくこなせるようになったという感じです

これくらいならなんとか生きていける
治ろうとは思わず、人生「鬱」という友達を抱えたまま生きていこう
こいつとうまく付き合っていこう
鬱になっちゃったけど、そんなナイーブな私が私はやっぱり好きだ

落ち着いた日々が続くようになりました
1年休職していた会社に復帰する日が近づいてきました
やっぱりブルー
復帰まであと1週間の夕方、元上司のTさんから電話がありました
休職のときにとても力になってくれた、私の味方
休職中もメールで連絡は取っていましたが、電話は初めて
復帰前、ナイーブになっている私を心配してくれて
復帰してもあせるな、のんびり、ゆったりいけよ
と心配しての電話でした。
会社にはちゃんと味方がいる・・・

復帰前日、サザエさんを見ながら胸が重くなってきました
その時、同じ部署の後輩のA君から
「明日からですね、待ってますよ、ボチボチやりましょう」みたいなメールが…
同じ部署で応援してくれる人がいる、単純な私はすっかり気分がよくなってしまった

1年ぶりの会社、とても敷居が高い
しかも私は「壊れた」というレッテルが貼られている
でも私には味方がいる・・・
お守りのように彼らを思いながら
最強のパワーストーン、ダイヤモンドのピアスで武装した

再起のきっかけ

4年患った鬱病から生還しました
「治るわけない」ずっとそう思ってました
でも、ちゃんと治った
「鬱は治る」証人です
鬱が治っていく経過を書いていっています


2003年秋
ドツボのひきこもりの時期はひとまず過ぎ
週のうち5日はなんとかなんとかやりすごせるようになりました
あいかわらず人としゃべるのはイヤで電話も大嫌い
でも買い物やジム、人と触れ合わないことならこなせる
自分の許せる人ならしゃべれる
まあ、いいか、前にくらべたら上出来だ
しゃべりたくない人はしゃべらなくてもいい不必要な人だ

ある日、ふと思いついた
ピアスだ
人生が変わるっていうじゃない
一種の「自傷」じゃない、いいじゃない!
古い考え方の私はそれまでピアスをしてなかった
前に好きだった人の誕生日に決行だ

鬱病になって人生変わったけど、もう一回自分で変えてやる
鬱になっちゃった私とはオサラバだ
生まれ変わってやる
セカンドバースデイだ、REBORNだ
絶対私は変わる、いい方に変わる!

ものすごい思い込みだ
さすがに穴開けた耳はズキズキしてくる
でもこれは「産みの痛み」だ
心の痛みより体の痛みの方が楽だ
この痛みが消えたら、心の痛みも絶対、楽になる!

決行を決めてから、ファーストピアスの痛みが消えるまで
ずっと自分に言い聞かせた
生まれ変わる、絶対、大丈夫、人生変わる

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