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ダウンバースト

私が、ヨットを始めたのは、1977年頃で、最初に買った入門書は、ローランド・デンクという人の書いた本の訳本で、「ヨット入門」という本でした。その本の冒頭には、ヨットは怖いものであって、自然をなめたら大変なことになるとの説明があり、続いて、翻訳者が、慶応大の遭難事故などいくつかのヨットの遭難の事例を掲げていました。また、その後、西宮でのJ-24のレース中の沈没の話や、グァムレースでの「タカ号の遭難」記事、免許更新時のテキストの事例など、頭では具体的な遭難事例の知識だけは持っていました。また、直前には、辛坊治郎氏の不運な事故もありました。しかし、まさか、自分と自分の艇にそのような憂き目が起ころうとは、ある意味一生の不覚であったと痛感しています。表題の写真は、忠岡の碧海の前川さんが遭遇した同様のダウンバーストの雲です。このときは、沖に流されたそうで艇は救われたとおっしゃっていました。今回、「るふと号」の高山さんの「BLOWに書いてはいかが。」とのご教示もありまして、恥をさらすようではありますが、その時の事柄につき、今後の安全航行の参考としていただきたくご披露させていただきたいと思います。BLOW 2015 Vol.25- 27 -Down burst WING 田所貞俊事故は平成13年7月11日(木)です。当日は、午後3時頃から、15ノットくらいの南西風が吹いていました。しかし、その程度の風速であれば、何とか1人でも乗りこなせると、甘い考えだったことに間違いありません。当日の天気図です。全国各地で大気が不安定であったようです。事故は平成13年7月11日(木)です。当日は、午後3時頃から、15ノットくらいの南西風が吹いていました。しかし、その程度の風速であれば、何とか1人でも乗りこなせると、甘い考えだったことに間違いありません。航行の目的は、艇のエンジン修理で、忠岡港から泉大津YHに向かうことでした。エンジンに燃料漏れがあり、当日の木曜日に回航して金曜日に修理をしていただき、土曜日にゲストを乗せるというもくろみでした。泉大津YHに連絡して出向したのは3時30分頃であったと思います。午後から休暇を取っていることから、どうしても回航したかったのです。セイルも、万が一エンジンが不調であったときのことを考えて張ることにしました。メインセイルではなく、ジブをセットしました。追っ手になったときに風を逃がしやすいと考えたように思っています。そして、港を少し出たところで、急に南の空が真っ黒に近づいてきました。大きな積乱雲です。進路としては、フェニックス島から離れるように若干南西寄りに進んでいましたが、急に南南西の40ノットくらいの猛烈な風が襲ってきました。周りの海は大荒れで泡立ち、全体が白く、同時に大粒の雨が降ってきて、全体がいわゆるホワイトアウトのような状態となってしまいました。とにかく、風に立てるためのエンジンを全開としましたが、非力な1GMでは28Fの艇を支えて風の力に勝つことはできず、どんどんと、陸地に向かいじわじわ流されていることはわかっていました。(ジブのシバーの力も相当ありました。)すこし、風が弱まることを祈りつつ、テイラーを持っていましたが、止むどころか強まるばかり。全くオートヘルムなどは、効く状態ではなく、艇を風に立てるためにはテイラーをしっかり保持するのが精一杯、そのために、ジブセイルを降ろすことはできなくなりました。フェニックスの南西の岸壁がさらに迫ったので、一か八か、何とか艇を港に戻そうと少し舵を切った瞬間、艇は、フェニックスの岸壁を向いてしまい、そちらに進んでゆきます。すぐに、ギアを後退に入れて最後の力を振り絞りましたが、テトラポットについに間近と迫ってしまいました。BLOW 2015 Vol.25- 28 -積乱雲などの中で発達する下降気流が地表に衝突して四方に発散する爆発的な吹き出し風。そして、乗り上げ、その時のスローモーションのような情景が今も頭をよぎります。情けない限りです。次に、鈍い船体をたたきつけるテトラポットとの衝突の音、テトラポットが薄い船殻を突き破り、海水が入ってきました。そのまま艇は、乗り上げて、すぐには沈みませんでしたが、もう、船室に入ることはやめようと貴重品を取り出すために、船室に入ることは厳禁と、自分に言い聞かせて差し控えました。万が一、足を挟まれたら、命がなくなると咄嗟に判断したからです。免許証やその他の貴重品を失くしました。私自身は、少し曲がったバウのスタンションに気をつけながら、コンクリートの岸壁の棚に上がることができました。艇に対して、自分のふがいなさを詫び、今までのことが走馬燈のように浮かびました。何とかジブセイルを降ろし、はためいていたジブシートで、艇の流れを止めようと、必死で持っていたことを覚えています。座礁した地点から、すぐ東に定置網があり、そこに流されることが一番怖かったからです。風は、なかなか収まらず、1時間ほど、そのままでしたが、ようやくロープを固定することができ、電話をしようとしたところ、岸壁の上から人の声がしました。近くで釣りをしていた人が、声をかけてくれ、はしごを下ろしてくれたのです。「いつも、忠岡で釣りをしていて、この艇が出航してゆくのを見ていたのに残念だ。」という趣旨のことをおっしゃってくれて慰めてくれていました。この岸壁は、棚の後ろに高さ3メートルほどのコンクリート壁に囲まれていて、通常はそこに登ることはできません。本当にこの方が来てくれて幸いでした。そして、とにかく、共同オーナーに電話して助けに来てもらうことにしたのです。次に、いつも、岸和田沖で警戒の業務をしている警戒船が、来てくれて、「今海上保安の岸和田に連絡をした。」と言ってくれました。このとき、厄介なことになったな〜と一瞬思いました。しばらくして、時々見る巡視艇「あやめ」が来てくれて、フェニックスの北西側に着岸し、保安庁の職員何名かが、事情聴取に来ました。艇を丈夫なロープをお借りして固定しました。 ありのままに、説明をして事情聴取に応じ、お説教をされたのは当然です。大阪府港湾局には、海上保安から連絡をしてくれるということでした。次に、共同オーナーのF氏の到着と同時に、フェニックスの埋め立て地を管理する管理会社の職員さんが来てくれ、無償でオイルフェンスと油吸着剤を貸してくれるということで、持ってきてくれました。オイルフェンスを艇の周りに張り、漁業被害を防ぎます。BLOW 2015 Vol.25- 29 -幸い、オイルの流出はほとんどありませんでした。予備の燃料タンクも積んでいたのですが、それも、運よく蓋が外れず、燃料の流出もありませんでした。次に港湾局の事情聴取を受けたのですが、その前に、岸和田の寺元鉄工の社長に電話をして、助けを求めました。後始末、が大切だと思いました。寺本社長は出張中であったことから、息子さんの専務に詳しい話をして、翌日、艇の運び出しをしてもらう手はずをとってもらったのです。何とか、艇をつなぎ、その場を共同オーナーの車で去ったのは、6時半は超えていたと思います。本来ならば、艇に着いているべきなのでしょうが、海上保安と港湾局の了解を得て、その場は立ち去ることにしました。翌日、午前中に、港湾局が見守る中、寺元鉄工が警戒船を出してくれ、サルベージの業者とダイバー2名を用意してくれ、午前中には、ほぼ船体を運び出すことができたことは、幸いでした。さらに、海上保安の詳しい現場聴取がありました。フェニックスの南岸は堺海上保安の管轄です。堺から来られました。本来ならば、刑法の往来危険罪が適用される場合もあるのでしょうが、今回は、私の1人操縦で、他に乗務員がいなかったこと、海上保安が来たときには、私は陸上に居て救助されていないことから、刑法上のお咎めはありませんでした。また、行政処分も2年たって言って来ていませんので、ない模様です。さらに、油の流出がなく、漁業被害がなかったことと、船体等もすぐに片付けたので、海洋汚染関係の法令にも触れないということから、何のお咎めもなかったことは、不幸中の幸いでした。ただ、船体保険や遭難保険には入っておらず、艇と艇の処理代、サルベージ関係の全額が大きな負担となりました。今思えば、少人数の時には、すぐに取り出せるアンカーとロープをスターンの手の届くところに置いておくのも、特にリーショアであれば、時間を稼ぐのに有効かもしれません。私は、この時点で、ヨットを辞めようと考えていました。しばらく、ヨットから遠のいたのです。私は、ショックでそれまでやっていたブログやフェイスブックにも書き込みをしなくなりました。ある日曜日、庭木の手入れで、前栽のウバメガシの高いところで剪定作業をしていますと、ヨットの師匠こと大鳥居さんが私の家を訪ねてきて下さり、「気力を落としてそんなことしていたらあかん、元気を出せ!」と励まして下さったのです。再度、ヨットに復帰しようと、おととしの11月頃、ヤマハ30SⅡの中古を購入したしだいです。このヨットを回航するにつけても、大鳥居さんご兄弟が実行してくださり、その面でもBLOW 2015 Vol.25- 30 -積乱雲などの中で発達する下降気流が地表に衝突して四方に発散する爆発的な吹き出し風。非常にお世話になりました。持つべきものは、ヨット仲間、そして、海の仲間です。最初に駆けつけてくれた釣り人の方、フェニックス関係者、寺元鉄工さん、海上保安庁の係官さん、大阪府港湾局の職員さん、共同オーナーのF氏等々、本当に感謝しています。私の不注意から招いたことですが、いくつかの幸運もあり、私に怪我ひとつなかったことは、神仏のご加護があったのかも知れず、感謝したい思いです。そして、観天望気という基本を忘れて、出航してしまったことについての反省は私にとって、今後の戒めです。『白い嵐』ダウンバーストによる遭難をテーマにした遭難記、実話だそうです。先日も、旅客機がインドネシアで積乱雲の乱気流から消息を絶ちました。また、昔「白い嵐」という映画がありましたが、この帆船の遭難も、いわゆるダウンバーストという悪天候であったといわれています。局地的な悪天候というのはあります。過去に、泉大津ヨットクラブで、毛布祭りヨットレースというのがあり、一度、完走3艇という荒れたレースがありましたが、これは、寒冷前線の通過でした。しかし、ダウンバーストのようなもっと局地的な強風というのもあり、海は侮れないなぁというのが教訓です。観天望気を確実にしたいと思います。そして、1人では極力出航しない。泉佐野の漁師に「山出は出航してはならない。」という言い伝えがあるそうですが、山に黒い雲があると荒れるという経験からの言葉のようです。今吹いている風ではなく、この先、吹いてくる可能性があれば、絶対に出てはいけないということが言えると思います。また、エンジン整備はこまめに日ごろから行い、万全の準備が必要であることも痛感しました。これからも、泉大津ヨットクラブでご親交いただけますよう、皆様よろしくお願い致します。ダウンバーストのYouTube http://youtu.be/9aMTfvlg73oWING 田所貞俊

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