温度差を電流に変えるゼーベック効果*1)、電流で温度差を作り出すペルチェ効果は、小規模ではあるものの、現在さまざまな用途で使われている。ゼーベック効果は、熱機関の外側に素子を張り付けて発電するいわゆるエネルギーハーベスティング(環境発電)に役立ち、ペルチェ効果は可動部のない小型の冷却装置、例えばCPUのクーラーやワイン専用冷蔵庫などで使われている。
*1) ゼーベック(Thomas Johann Seebeck)は、ドイツの物理学者、化学者、医師。1821年にビスマス線と銅線で作った「回路」の一端を加熱すると、回路内に置いた方位磁石の向きが変わるという形で、ゼーベック効果を発見した。その1年前、1820年にはデンマーク人の科学者エルステッドが、電流の磁化作用を発見したばかりだったので、電磁誘導という概念は確立されておらず、ゼーベックも当初は熱が起電力を生むという理解には至らなかった。
ゼーベック効果とは、加熱によって、電子や正孔(キャリア)が発生し、半導体の異なる場所でキャリアの濃度が変化して起電力が起きる現象。発生する起電力は温度差に比例する。ゼーベック効果を利用するには、温度差のある部分に半導体材料を張り付ければよい。ゼーベック効果を使う製品が、熱電変換モジュールとして既に市販されており、数cm角程度のチップを入手できる。
熱電変換モジュールの内部には熱電変換素子がずらりと並んでいる。熱電変換素子は、高温部の金属板1枚と低温部の金属板1枚、n型半導体とp型半導体からなる。低温部金属板と高温部金属板の間で、100個以上の熱電変換素子をn型−p型−n型−p型……と直列に接続することで熱電モジュールを構成する。
このようにゼーベック効果を効率よく利用するには、1mm角程度の素子をすき間なくチップ内に並べなければならない。素子の数を増やせば、取り出せる電力は増えるが、微細加工が必要なことから、コストを引き下げにくい。
塗るだけで発電
ゼーベック効果を用いた熱電変換モジュールの制約を解き放つ技術が開発された。NECと東北大学は2012年6月18日、塗布プロセスを用いて温度差から電流を取り出す手法を開発したと発表した(図1)*2)。小型の素子を大量に並べる既存の手法と比べて、塗布プロセスでは製造がたやすい。さらに、「塗布面積を増やすだけで取り出す電力を増加させることができる他、パイプなどの曲面や凹凸面に沿った形状にも対応しやすくなる」(NEC)。今回は液体を基板上に垂らして均一な膜を形成するスピンコート法を用いたが、今後、研究が進めば、ペンキのように塗ったり、スプレーで塗布するといった方法で発電層を形成できる可能性があるという。
*2) 英国の科学雑誌「Nature Materials」に掲載予定。オンライン版にも掲載された。
http://image.itmedia.co.jp/ee/articles/1206/20/20120620SS_590px.jpg図1 NECが試作した熱電変換素子 基板に熱電変換素子として働く物質を塗布したもの。塗布材料の上部に薄い金属層を作り込んである。試作した素子の寸法は5×2mmだが、素子の大面積化も可能だという。出典:NEC
スピンゼーベック効果を利用
NECによれば、今回の成果は大きく2つあり、熱電素子として働く適切な磁性体を発見したことと、塗布プロセスを開発したことである。しかし、ゼーベック効果をそのまま使っていては、塗布プロセスは利用できない。同社は、ゼーベック効果ではなく、近年発見されたばかりの「スピンゼーベック効果」を利用した。
スピンゼーベック効果は、強磁性材料に温度差を付けることで磁気の流れとしての「スピン流」が起こる現象だ(図2)。スピン流とは電流が流れることなく、スピンだけが流れる現象。通常の電流では上向きスピンの電子と下向きスピンの電子が同数、同じ方向に移動する。この場合、スピン流は生じない。上向きスピンの電子と下向きスピンの電子を逆方向(反並行)に動かすことができれば、見かけ上電流は流れていないものの、スピンは移動する。これがスピン流だ。
「今回のスピンゼーベック効果は、磁性体と金属の界面で起こる現象だ。磁性体と金属の接合部(界面)でスピンが流れる。スピン流は金属層の電子と磁性体の磁気モーメント(スピン)の温度が違う場合に発生する」(東北大学金属材料研究所で助教を務める内田健一氏)。
開発した素子の構造はどうなっているのだろうか。1mm角の半導体対が並ぶのではなく、基板の上に2層の材料を積層した単純な構造を採る。まず、基板の上に磁性体を塗布法で成膜し、焼き付けた。磁性体の材料はビスマス(Bi)をドープした60nm厚のイットリウム鉄ガーネット(YIG、Y2Fe5O12)である。その上部に10nm厚の白金(Pt)を配置した。「白金を用いた理由はスピン流を生み出すのに、適した性質を備えているからだ。高価な白金の代わりに、銅に微量な別の元素をドープした材料でも同じような効果が得られることが分かっている」(内田氏)。
スピン流から電流を作り出すには、2006年に東北大学で発見された逆スピンホール効果を利用したという。金属に入ったスピン流と直交する方向に電流を取り出すことができる。
変換効率向上への近道発見
今回スピンゼーベック効果を活用したのは、材料を改善し、塗布法を利用するためだけではない。従来のゼーベック効果を利用した熱電素子とは異なる効率の改善も可能になる。
ゼーベック効果では熱電変換材料の効率が高いかどうかを「性能指数」で評価している。性能指数が高いほど熱からより多くの電力を生みだせる。性能指数の式は導電率を熱伝導度で割った形をしているため、導電率が高く、熱伝導度が低い材料をn型半導体やp型半導体として利用すればよい。しかし、一般に導電率が高い材料は熱伝導度が高い。例えば金属がそうだ。従って材料探索が難しい。
「スピンゼーベック効果は新現象であるため、実は変換効率の定義は決まっていない。ただし、スピン流を経由しているとはいえ、温度差で電流が生じる点ではゼーベック効果と同じだ。ゼーベック効果の性能指数と比較すると、スピンゼーベック効果では、熱伝導率は金属側で決まり、導電率は磁性体側で決まる。つまり金属と磁性体という2つの材料の組み合わせを独立して決めることができ、効率改善を狙いやすいといえる」(内田氏)。1種類の材料の中を熱と電流が流れるゼーベック効果とは違って、効率改善の道が開けているということだ。
なお、開発品では1Kの温度差から0.82μVの起電力を生み出している。この測定値は、基板の厚みを含めた値だ。膜自体の厚さは100nm以下なので、実はより少ない温度差で0.82μVという起電力を生み出していると考えられるという。
HDDやメモリの性能向上にもつながる
NECと東北大学は、スピンゼーベック効果を使うことで、効率よく熱を電力に変換できる方向を示した。だが、内田氏によれば、スピンゼーベック効果の応用は、発電にとどまるものではないのだという。
スピンゼーベック効果の出力は磁界だ。エレクトロニクスでは磁界の応用範囲は広い。例えば、HDDの磁気ヘッドやMRAM(磁気抵抗変化メモリ)などが挙がる。このような部品の性能を改善する場合、電流の経路が確保しにくかったり、元からある磁界がこれから作ろうとする磁界の邪魔をするなど、さまざまな課題があった。
スピンゼーベック効果を使えば、電磁誘導よりも高効率でエネルギーを磁場に変えることができ、電流や磁場を使わない。そのため、HDDの磁気ヘッドのような部品の性能を改善できる可能性があるという。HDDや新型フラッシュメモリの容量拡大や高速化につながる技術だといえる。