ここから本文です
やっちゃば転送屋の日記
最近トラックに命懸けてます?

悪夢から一か月

長く、そして気が付いたらあれから一か月

今まで任せっきりだった役所や銀行などやたら足を運ぶようになった。

洗濯機の回し方も分からない自分がようやく家事的なことが少しずつ
できるようになった。

甘えすぎてた自分

にも関わらず感謝を忘れてた自分

時には自己嫌悪に陥ってずっと自分を責めてた

どんだけ声を掛けても今はもう返事は返ってこない

書類整理してたら昔やってた交換日記のようなものが出てきた

酔っぱらっては何度も読み返す

何度も涙を流しながら・・・

ただ、その時にお互い言ってた「いつまでも一緒にいようね」

ホントずっと一緒にいた

ケンカして一人で外に買い物したらなんで一人で行ったのかと責められた時もあった

ケンカした次の日でも普通に助手席にいて仕事に行ってた

プライベート、仕事、とにかくどこに行くにも二人だった

だから、今どこへ行っても想い出にやられてしまう


甘えられる場所があったから強がっていられたのに

自分の一番の理解者がいつも側にいたから頑張れたのに

今はぽっかり穴の空いたまま

告別式に使った沢山の思い出の写真に囲まれた祭壇

テレビを見るよりあの頃の音楽ばかり聴いて滅入ってる自分

ホント女々しいです

今はどこにいるんだろう・・・

会いたいよ

声が聞きたいよ

会って抱きしめたいよ

温もりを感じたいよ

こんな俺で幸せだったか?

俺はちょっと人よりお前を愛しすぎたヨ

人よりちょっと一緒に居すぎたヨ

色々あったけど最高のカップルだったよね?

若い時からずっと気持ち変わらなかったよね?

幸せ過ぎた分今はつらい・・・


もう一度お前の笑顔が見たい・・・





この記事に

妻との生い立ち

彼女と私が知り合ったのは彼女が16歳のころ、近所にあったボウリング場でお互いバイトしてたのがきっかけでした。

「付き合ってほしい」の私の気持ちに快くオーケーの返事をもらい、交際が始まりました。

今思えば周りの男もほっておかない容姿の彼女でしたが、私だけを見てくれる素晴らしい人でした。

その頃から自分のことは二の次、今時珍しい日本女性の鏡のような人でした。

私のわがままも聞いてくれ、時には間違いも許してくれるホントできた人でした。

私の過ちもあり、一度は別れたこともありましたが、彼女が20歳になる年に今の長男を身ごもって結婚しました。

当時決して楽な生活ではなかったのですが、周りの方々も支えられ、2年後には次男にも恵まれ4人での家族がスタートしました。

私が23歳、彼女が21歳の時に自営の道に進みましたが、やはり文句一つ言わず、応援してくれて現在に至ります。

しかし、そこにたどり着くまでには、険しい道のりもありました。

当時の「バブル」も崩壊し一時期妻の実家で6畳4人で暮らす時期もありました。

私的に言わせてもらえば、そんな時に受け入れてくれた彼女の両親に感謝です。

子供たちも徐々に大きくなり、このままじゃいけない!  

しかしマイホームの道も険しく・・・ ですが彼女が31歳になる年に中古ながらもマンションに移れ家族みんなで喜びました。 ただ今までの環境に慣れすぎたのか、リビングでみんなが窮屈に集まっていたのが今でも鮮明に覚えています。

そんな中で当時「カラオケ」というもので家族+α楽しいひと時も過ごしました。

あの人の趣味は今思えば家族の成長を見守ること。 それと私の趣味にとても協力的でバイク、車、家庭菜園など常に一緒にやってました。

特に私の仕事の相棒のトラックに関しては、本当に協力的でした。 水の凍る寒い中でも洗車を手伝ってくれたり、補修にも手を貸してくれたり、今の愛機は妻の愛情が注がれてます。

口数が多い方ではありませんが、いつも静かに見守ってくれて、同じ喜び、同じ悲しみ、同じ想い出を持ち、ずっとずっと一緒にやってくれた素晴らしい妻でした。

近所にある「びっくりドンキー」に15年間勤めてました。 気が付けば一番古い存在に・・・

仕事での愚痴はほぼ言わず、職場での評価はよく聞こえてました。

頑張り屋さんの彼女、子育てもひと段落した最近は週に2,3日はトラックに一緒に乗って荷物の積み下ろしを手伝ってくれました。

家に戻れば事務、経理の仕事もやってくれ安心して私が仕事に没頭できたのもあの人がいてくれたおかげです。

息子の一人は結婚し、近いうち同じマンションに住み、ちょっとした二世帯住宅的な感じでいい嫁姑の関係を築き上げようとしていた今日この頃。

きっと良いお婆ちゃんになったことでしょう。

いろんなことに少しずつゆとりができて、これから第二の青春を謳歌しようとしていた矢先のことです。

2月6日、彼女は突如倒れました。 病気とは無縁だった彼女、何かの間違いかと思いました。 病名は「くも膜下出血」。

搬送にも時間がかかり病院に着いたときはもう手遅れ状態。

頑張り屋さんの彼女、病気とも闘っているのは手に取るように分かります。 見守ってくれる人たちの想いにも応えたかったことでしょう。

しかし2月15日13時35分、静かに息を引き取りました。

面会にむかっていた息子の到着が分かったかのように・・・ これ以上周りに迷惑かけないようにと感じる場面でもありました。

母親になりながらも、ずっと少女の心があった彼女、仲いい時は勿論ケンカしてもずっとそばにいてくれた彼女、ネコも含め皆をあいしてた彼女。

有難う、感謝の気持ちでいっぱいです。

そしてごめん  謝らなきゃいけないこといっぱいある

付き合った当時の約束、ずっと、ずっと一緒にいれて最高に幸せだったよね

将来の夢、お嫁さんになる、旦那さんになる、かなって良かったね

彼女の存在がでかすぎて希望が見えない

本当なら自分も一緒に逝きたい

でもこれ以上周りに迷惑もかけられない

21日最後のお別れの時が来ます。

ほんとありがとう典子

俺は一生愛し続けます

この記事に

人生最大の決断

今この記事を病院の中で書いています。

火曜日に今まで私を支えてくれた妻が突然倒れました。

今日ちょっと首が痛いんだ〜、と寝違えた位の痛みの訴えは聞いてたんですが、私が帰ってきて一時間位経ったときでしょうか、突然見たことのないけいれんした姿、救急車を呼び病院へ…

と、すんなりも行かず受け入れてくれる病院がなかなか見つからず、5件もたらい回しされました。

その事情を伝え、今いる病院にようやく搬送されました。

今書いてて思ったのは、私が帰って来るまでずっと我慢してたのかな?
いつも自分のコトは二の次で、とても我慢強く家族の幸せを考えてる素晴らしい妻だったので。

入院し検査の途中で一度息を引き取り、先生方かバタバタやっている姿を見ただけで心臓が破裂しそうでした。

一命はとりとめた物の、病名はくも膜下出血、重症すぎて手術はもうできないと言われました。

今日で6日経ちました。

血圧が下がり初め、延命治療なる血圧を上げる点滴も打ち始めました。

素人目に良くなってと勘違いして喜んでホッとしたり、悪くなって落ち込んだりの繰り返しの毎日でした。

そして今日、また先生からの話があると言われました。

腎臓や肺炎になっていて身体中悪くなっているとのコトです。

腎臓が悪くなり、尿が出なくなることによって今度身体の毒が体外に出なくなるみたいなんですよね。

それを透析という方法で解決していく方法があるらしいのです。

しかし先生はあまり勧めてはいません。

それは、その手法を使っても身体全体が良くなる兆しが見えない、沢山の患者さんと接してるから分かるのでしょうね。

妻がそれを望んでいるのか?妻はそれで幸せになれるのか?

回りの人間も、最悪植物人間となった妻をどこまで苦痛なく介護出きるのだろうか?

理想と現実が行き交う中で答えを出しました。

もしも彼女に意識があったとしたら…何を望むのだろう、思える答え

これ以上の延命治療はしないという、答えを出しました。

患者年齢が若いから治るのではないか、という期待をしてしまう私。

沢山の方々にお見舞いに来ていただき応援され、治ること信じている方々には裏切る行為になるかもしれません。

私は!最後まで妻を幸せにしてあげたいんです。

知ってる人は知ってますが、いつでも何をやるにも一緒で今まで人生を送ってきた最高の夫婦です。

植物人間になっても治るかもしれない!希望も持てます。諦めちゃいけない!その通りです。

しかし、その行為がもしも妻を苦しめていたとしたら…私のワガママによってそうしても文句は言わないかも知れません。

でも望んでいることではないでしょう。


少しずつ悪化していく妻を最後まで見届けられるメンタルを持っているか分かりませんが、自分の務めをまっとうできればと思います。

この記事に

キッチンもデコる!?

最近は部屋の模様替えに興味ありありで今回完成までいってませんがキッチンを模様替えしてみました。

イメージ 1


もうすでに貼り始めてから思ったビフォー画像(-_-;)

今回は品番BW-1313というダイノックのシートでデコってみました!

メタリック調に縦に柄が角度によって見え隠れする面白いシートでした✨

イメージ 2

キッチン下部を張り終えた状態+側面のパネルも貼って統一感持たせてやりました。

適度な艶もあり今までとは打って変わっての高級感を得られました♪

素人ならでは失敗も多々ありますが、変貌ぶりに満足です!

この流れで上部の棚、食器棚、ごみ箱等を統一していけばカッコいいキッチンになるかな?

何気に集中力いるので今日はここまでですが、シートはまだまだあるので時間あるときに完成させようと思いますっ


この記事に

イメージ 1

最近「有吉ゼミ」と言う番組がお気に入りの番組の一つで、中でもヒロミの八王子リフォームの技がとても楽しみな私です(笑)

それに影響されてか、リビングをプチリノベーションしてみました♪  

若気に至りでリビングの壁に蹴りを入れ、穴を開けた場所をどうにかしようが事のきっかけ・・・

穴ふさぐ壁紙調のシールでごまかしてて見たものの違和感バッチリ
 (;´∀`)

番組の影響でホムセン廻ってみるとあるではありませんかぁ♪
即買いしてペタペタ貼ってあげました!

シール付きなのでとても簡単!・・・なのですが、うちの壁紙との相性が悪いのか食い付きイマイチ。。。

G10のボンドで後日修正かけて落ち着きました。 

んで貼ったはいいが、色的にあんまり映えないんですよねぇ。

またまたホムセンで壁下に貼ってあったパネルと同じヤツ見つけたのでデコパネル上に貼ってみました。


イメージ 2

色も合ってて違和感なく溶け込みました

コツもつかめば仕事も早くなり、なんとか貼り終えました

ボンド多めに使えば保険で買った釘も使わずに済みそうです。

イメージ 3

角もカンナで45っぽく仕上げてやりそれっぽくなってます(笑)

イメージ 4


イメージ 5

今回トータルで一万円ちょい?

自分的にコスパ以上の得られるものがありました

この記事に

足回りを煮詰めていく

最近はインスタなんぞちょこちょこやるようになりブログが尚更ご無沙汰になってしまいました

今回リアのショックなんぞを大型用に交換していただきました♪

イメージ 1


製作者様からの画像使わてもらってます(汗)

元はこんな感じ。普段カバー付いてるだけにデフばっちいです。。。

イメージ 2

んで交換するショックとの比較。 仲間にプロフィア乗ってる人がいたので、それのフロント用を入手しました(新品)。

ストロークはほぼ一緒なのでOK! 太さは雲泥の差!! 期待できそうです

なんでこのようなコトをするのか? 

業界的にリーフ増しするのは結構定番なんですが、イコール乗り心地が悪い・・・。 跳ねる、軽い荷物の時は逆に負担がかかる、ということは車自身にも負担が掛かるんですよねぇ。

私自身もヘルニア持ちで最近は腰ともうちょい上(名前忘れた)背中あたりもヘルニアになってしまいました。

若い時に金もなく、強化サスでノーマルショックでバネカットして乗用車乗ってましたが、バランス悪く乗り心地悪いのと似たようなもんです。

イメージ 3


取り付けまで手法や製作者様の苦労はありましたが無事交換されました☆

デフも化粧直しされご機嫌です♪

交換してから一週間。 課題はあるもののかなり改善されました。

今度ちょっとフロントが役不足感が出ていますが、曲がり、後ろの跳ね、自分への負担がずいぶん良くなりました

箱根や三才山、中央道などなど交換して変化が分かるような場所を走れて効果も体感できました!

ボディーが重いからきびきび走れない、というストレスよりもカーブを見るとわくわくする(大袈裟?)の感じ。

似たような環境の方はお勧めです。







この記事に

インスタ始めました!

更新もなかなかできないブログなのに訪問有難うございます!

あんなコトやこんなコトを更新しようかと思うものの家帰ったら忘れてたり、面倒だっとり・・・で放置多い今日この頃です(^^;)

最近ようやくインスタなるものに少し興味を持ち、アップできるようになりました。

ハッシュタグやらなんやらと難しい言葉で頭悩ませましたが、微妙な範囲のタグ付けて
アップしていけたらな!と思ってます。

hanachan8008 

↑のハンドルネームでやっています。興味ある方は検索して見て下さいね!

この記事に

イベント参加終了

今年も恒例のイベントに参加させていただきました!

去年までの整列と変わり、ほとんど他車見てない状態

眠気で途中お昼寝タイムで人ともあまり会ってない状態

ただ何とか無事終わりホッとしたような、寂しいような・・・

会長車が今年は復活して見れたのが良かったです☆

イメージ 1

長年の維持により老朽化を見事に復活させ、この会場で見られたのは嬉しかったですね。 仕事の合間にコツコツ自分たちで直していたのは聞いていたので、一つの家族愛の結晶とも言えるでしょう♪

我が愛機も今年で7年、距離も90万キロ、去年から内外結構ガタが出てきて修理、補修の連続でした。

イメージ 2

年末年始という忙しい時期にもかかわらずあの方が仕事を受けていただき始まったリフレッシュ作戦。

後輪からオーバーハング部分が特に錆がひどかったのでサンドブラストかけて錆を落とし錆止め、そしてFリップスポイラーに使用して耐久性向上が感じられたトップコートまでやっていただきました!

時間できては地肌を整えていき、塗装、最終研磨でフィニッシュされたのは数日前でした(笑)

自分たちのやることも相変わらず前日夜までぎりぎりです。

イメージ 3

今回大きな進化はないままの参加でしたが、マイナス補正はある程度出来、恥をかかない程度のコンディションにはなったかな?

飾りっ気のないシンプルな車両でイベント向かうのは気が引けますが、4トンながら長距離仕様の仕事車の味を少しでも見せられたら思ってこの先も参加したいと思います!

ブログも放置しっぱなし、このまま辞めようかとも思うことも多々ありますが(笑)、また不定期に更新しょうと思うので暇な時たまに覗いてみてくださいね!



この記事に

10月8日息子夫婦の結婚式披露宴が行われました。

沢山の方に愛され、沢山の方に祝ってもらい親として感無量のひと時でした。

誓いの言葉の返事を大きな声で返事したり、受け狙いか?という結婚式のはじまりで、緊張感もない感じでスムーズに行われました。

ただ、こっちはここでもう涙腺開いてました(笑)


普段の生活で言うと仕事⇒寝るの繰り返しのような毎日。 休みに披露宴の打ち合わせに多々行ってました。この日のために・・・

前日まで最終打ち合わせもあり、その他トラックの絡みの用もあり、睡眠不足で当日までよく頑張ったと思います。

笑顔が絶えない最高の顔で披露宴を過ごし、今まで生きていた中で最高に輝いていた二人でしょう!

乾杯の音頭から始まり、二人の幼少期から写真で公開され、思えばこんな時もあったなぁ・・・なんて思い出に浸る部分もありました。

素晴らしいお友達によっての余興は私たちも存分に楽しませていただきました。

余興をやっていただいた皆様、本当に有難うございました!

披露宴も終わりに近づき親への手紙・・・

親族にスポットライト浴びている中、涙、鼻水が止まらず恥ずかしかったです。。。

親族代表の挨拶をさせてもらったのですが、モーニングなど普段着ない装いなので、文を書いた物を取り出そうとしたら一生懸命ベストの裏側探してました(笑) 背広の内ポケットにいれたのが失敗でした(;´д`)

暗記して挨拶しようと当日まで努力はしていたのですが、無理は禁物ということで読ませていただきました。ならばもうちょっと長い挨拶しとけば・・・と後悔も。

結びの言葉として息子が挨拶をし、披露宴も無事終了しました♪

生まれてこれほど「ありがとうございます」の言葉を言った日はなかったです。

息子たちは二次会へ・・・そして明日から新婚旅行、ゆっくり出来るのかな少しは・・・

私は全ての緊張感が解き放たれ今もグッタリです(笑)


何より本当におめでとう!

末永くお幸せに・・・✩









イメージ 1




この記事に

息子號現状

すっかりご無沙汰になりました(^_^;)

せがれの方の車輌の進化を今回紹介しようと思います。


イメージ 1


どうですか?

今まであったステーを捨てー(笑)、Fフェンダー同様クールなスタイルになりました。

これが本来のフェンダーが生きた取り付け方ですよねっ!

詳細はごめんなさいですが、邪魔なステーがなくなりフェンダーの存在がとても活きたと思います。

製作者様が仕事状況の察しで高品質、高耐久で制作されたので見た目だけでない素晴らしい作品に今回もなりました。

私の車輌でないのがちょっとジェラシーですが(笑)


それと長タレ

イメージ 2

レーザーで抜き、ニックをインストール。

五分割の理由はそこにあります。

和であり、洋であり、融合させたと思います。


相変わらず試行錯誤で手探り状態ですが、自分たちのスタイル、参考にされれば幸いです!


この記事に

[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事