クラシック好きのお気楽日記

クラシックなんて・・・・と言わずに一度聴いてみてください。

何かの日?

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昨日、1月18日はフランスの作曲家、アレクシ=エマニュエル・シャブリエの誕生日でした。

1841年1月18日にフランスのオーヴェルニュ地方のアンベール生まれ

幼い頃からピアノの腕前は天才と言われてたようですね。

父親の勧めでパリで法律を勉強して内務省に勤務する傍ら

幼い頃から興味のあった作曲を独学で勉強したんですね〜。

作曲家の、フォーレなどとも親交をもってたらしく

画家の、マネ、モネ、らとも親しかったようです。

1880年、ミュンヘンにて、ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」

を鑑賞し音楽の道に専念することを決めたそうです。

よほど衝撃的だったんでしょうね〜 

だってせっかく公務員になったのにね〜 ^^:

シャブリエは39歳で内務省を退職しちゃうんですよね。

その時の事がよほど衝撃的だったのかシャブリエは

1886年に「トリスタンとイゾルデ」の動機を使った作品

4手のためのピアノ曲「ミュンヘンの思い出」をアンドレ・メサジェとの

共作によって書いています。

シャブリエは53歳(1894年9月13日)で亡くなります。

なので作曲活動は大変短かったんですね〜。

作品もそんなにたくさんは残っていないようですね。

また、また、私も勉強不足ですが・・・・ ^^;

私の知っている曲と言えば、狂詩曲「スペイン」くらいしか・・・

この曲4ヶ月間スペインにご夫婦で滞在したときの印象をもとに作曲されたそうです。

現在ではオーケストラの大事なレパートリーの一つですよね。(私も大好きです)

その他では、シャブリエが酔っ払って朝帰りする途中で思いついたと言われている

「楽しい行進曲」この曲はじめは「フランス行進曲」というピアノのための作品として

書かれた曲を管弦楽用にシャブリエ自身が編曲し、題名も「楽しい行進曲」としたそうです。

シャブリエの音楽はとてもリズミカルで聴きやすい作品です

一度聴いてみてはいかがでしょうか?

しかし・・・・他にも公務員を退職して作曲家になった人いましたよね〜???? ^^

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1月2日は、ロシアの作曲家

ミリイ・アレクセエヴィッチ・バラキレフさんの誕生日でした。

お正月に少し飲みすぎて書き込みのを忘れてました。。。 ^^;

さて、このバラキレフさん有名な「ロシア5人組」でも中心的な

人物として有名ですよね。

実は・・・私もお名前はよく知っているのですが・・・作品はあまり・・・ ^^;

1837年1月2日に生まれロシアのニジニー・ノヴゴロドと言うところの出身です。

このバラキレフさん、18歳でサンクトペテルブルクに上京、大学で数学を勉強

した後に、ロシアの作曲家グリンカのお弟子さんになっちゃうんですね。

もちろん、それまでにも音楽教育は受けていたようです。

少年時代に、ロシアにおけるモーツァルトの伝記作家ウーリビチョフさんより

いろいろな音楽教育を受けていたようです。

ところで、このバラキレフさん、皆さんはどんな曲をご存知ですか?

実は私はよく知らないんですよね ^^;

私が知っているのは、ピアノ曲では「イスラメイ」東洋的幻想曲くらいと

二つの交響曲くらいしか知らないんです・・・勉強不足ですね ^^;

作風はロシア民謡の要素に基づいた親しみやすい曲が多いようです。

バラキレフさん「ロシア5人組」の中でも指導力と人望もあったのでしょう

中心的な役割を担うようになり、チャイコフスキーなどにも深い影響を与えています。

音楽教育にも熱心で、「ロシア5人組」の一人、ツェーザリ・キュイさんらと

1862年に無料音楽学校が設立したんですね。

その後、帝室宮廷礼拝堂の監督と、帝国音楽協会の指揮者などを経て

ロシア音楽の中心的なまとめ役となります。

作曲活動よりそちらの方が忙しかったのかもしれませんね〜。

1910年5月29日の72歳でこの世を去りました。

もちろん、お墓は他の「ロシア五人組」と同じ、サンクトペテルブルクの

アレクサンドル・ネフスキー大修道院のチフヴィン墓地に埋葬されています。

バラキレフさん、もう少し聴いてみよっと。^^

ところで・・・・皆さん「ロシア5人組」って5人ともお名前覚えてますか? ^^;

これは、また次の機会にね ^^

クープランの誕生日

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今日11月10日は、フランスの作曲家クープランの誕生日です。

フランソワ・クープランさんは1668年11月10日 パリで生まれました。

バロック時代の作曲家さんで、オルガンが特にお上手だったようです

1685年におじがついていたサン=ジェルヴェ教会のオルガニストに就任し

1693年にはヴェルサイユ宮殿礼拝堂のオルガニストに就任しました。

クープラン家は代々オルガン奏者や楽器製作者がたくさんいらっしゃるようですね

クープランの代表作、230曲以上の小品からなるクラヴサン曲集はラヴェルが

「クープランの墓」を書くきっかけとなり、著書「クラヴサン奏法論」(1717年出版)は

運指や打鍵、装飾などの鍵盤楽器演奏の実例を取り上げており、

バッハにも大変大きな影響を与えたといわれています。

ほかにも、オーケストレーションなどではリヒャルト・シュトラウスなどにも

大きな影響を与えています。

クープランさんはオルガンのほかにも、クラヴサンも上手だったんですよね

しかし・・・・クラヴサンって・・・・どんな楽器?

あまり聞かない名前ですよね・・・・

フランス語でチェンバロの事なんですって。(知らなかった・・・)、

たくさんの作品を書き残したクープランは、1733年9月11日パリで亡くなりました

フランソワ・クープランはクープラン家の中でも、オルガンやクラヴサンの

卓越した演奏能力から「大クープラン」と呼ばれています。

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ジュゼッペ・フォルトゥニーノ・フランチェスコ・ヴェルディは、1813年10月10日に

ナポレオンの支配下になっていたイタリアで生まれました。

しかし、 ヴェルディさんてすごい長いお名前だったんですね・・・・

私も、オペラではヴェルディの作品はとても大好きです。

中でも「椿姫」が大好きです。

しかし、この「椿姫」って初演は大失敗だったんですね。

完成から初演まで時間がなかった事や、ヒロインのヴィオレッタ役の歌手が不似合い

だったりでかなりの大不評だったのは有名なお話です。

このほかにも今は有名で初演で失敗した作品はありますよ

例えば、プッチーニの「蝶々夫人」、ビゼーの「カルメン」などは

初演では大失敗して、その後改訂されたりして大成功した作品たちですね。

この「椿姫」の中で有名な曲の一つが「乾杯の歌」です。

この曲何となく耳にした事のある曲ですよね。

このほかにも、「アイーダ」の中の「凱旋行進曲」などは

結構耳にした事があるのでないでしょうか?

このオペラは一説には、スエズ運河開通のために書かれたと言う説も

あるようですが、本当はエジプト総督の依頼で書かれたらしいですね。

ヴェルディさんは本当にたくさんのオペラを書いていますが

オペラだけではなく、宗教曲や歌曲などもたくさん残っています。

交響曲なんかも書いているんだそうですが、

遺言によりそれらの作品は廃棄するようになっていたそうです

ところが近年発見されたそうです。(う〜ん、若い頃の作品なので恥ずかしかったのかな〜)

音楽家の中では成功した人物ではないでしょうか、そのお金で

貧しい芸術家のための老人ホームみたいなものを作り

社会的にも貢献した方なんですね。

その後1901年1月27日にミラノで亡くなりました。

葬儀には25万人もの人が弔問に訪れたそうです(すごいですね〜)

ヴェルディと妻は「憩いの家」に埋葬されています、この老人ホーム「憩いの家」は

ヴェルディ自身が「生涯最高の傑作」と呼んでいたらしいです。

ちなみに、私のお気に入りの椿姫は、アンジェラ・ゲオリュギューがヴィオレッタ役のショルティ

指揮のものが結構お気に入りです。

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今日、2月3日はメンデルスゾーンの誕生日です。

フェリックス・メンデルスゾーンさんは 1809年2月3日 ハンブルクの銀行家アブラハム・メンデルスゾー

ンの家に生まれました。

小さい頃から十分な教育を受け、お金に苦労する事はなかったんですね。

他の音楽家からずれば、とても幸運な事ですよね〜。

しかも、結構当時のイケメンだったらしいです。

それだけではなく、メンデルスゾーンさん、とても頭が良かったんですね

ドイツ語、ラテン語、イタリア語、フランス語、英語を話すことができ

水彩画においては、上手だったらくいくつかの作品が残されているようです。

音楽の分野では絶対音感を持っていて、一度見た楽譜なのどはほとんど完璧に記憶されていたそうです。

有名な逸話の一つに、メンデルスゾーンの有名な作品のである「夏の夜の夢」序曲の楽譜を

紛失してしまったのですが、記憶をたどりほとんど完璧に書き直したそうです

その楽譜が後に発見され比較したところ、たった7箇所しか違いがなかったそうです

その7箇所についても、間違ったのではなく、彼自身が訂正したのではないかと言われています。

すごい!記憶力ですよね〜〜〜。

この「夏の夜の夢」序曲はもともとピアノの連弾曲だったものをオーケストラ用に編曲した作品で

この序曲を聴いて感動した、フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の依頼により、劇付随音楽「夏の夜の夢」

作曲する事となったんですね。

この作品の中には皆さん一度は聴いたことのある、結婚行進曲も入ってるんですね。

作曲だけではなく、指揮者という職業を独立させたのもメンデルスゾーンさんだったんです。

シューベルトの交響曲第8番を指揮して初演したのもメンデルスゾーンさんなんです。

その他にも、バッハの作品を発掘紹介したり、ベートーヴェンの作品などを熱心に広めたのも

多大な功績と言えるでしょう。

メンデルスゾーン自身、オルガン、ピアノ、オーケストラの指揮などで演奏をし

1835年には、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に就任します。

1843年には、ライプツィヒ音楽院を、自らが資金を調達して設立し初代の院長となりました。

1847年、大変幸せな環境にあったにもかかわらず、姉のファニー・メンデルスゾーンと同じ脳卒中で、

38歳という若さでこの世を去ったのはとても残念な事ですね。

あと何十年か生きていたら、また違った作品が聴けたかもしれませんね。

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