Kazの日々つれづれ

Kazが日々思った事をつづっています。

日記

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昨年のクリスマス前に年に一度のイベント年賀状書きを行いました。どうも仕事が手に付かないということも合って、毎年12月23日がこの作業の日になってしまっています。昨年も例年どおり、用意していたはがきに印刷したり宛名を書いたりそれから送る人のことを思い浮かべてコメントを書いたりしました。

毎年決まって使うのが、再生紙の年賀状。余り記憶には在りませんが、何時のころからか、年賀状の右下には、[再生紙はがき]というのを記載されています。新聞紙もかなりの割合を古紙でまかなっているというのをきいていたので、きっと年賀はがきも古紙をかなり利用しているんだろうなあと思っていました。

ところが、今日の新聞にかかれているのを見てちょっとがっかり。年賀はがきの古紙配合率は40%とされていたのですが、実のところは1〜5%。であったそうです。これじゃ全然再生紙はがきなんていうのとは違いますよね。昨年あれだけ「偽」にまつわることで大騒ぎになったのに何の反省にもなっていなかったということでしょうか。

無断でこのようなことを行っていたのは、納入元の日本製紙。日本製紙は年賀はがきの約8割を納入していたというのですから、大半が基準に達していないはがきだということになってしまいます。新年の挨拶に用いるものにそういうことが行われているというのを聞くとなんだか寂しくなってしまいます。

思うのは、やっぱりウソはダメ。品質が下がる云々と言う前にやっぱり信用を得ることをまずは考えないといけないと思いました。どんな仕事も僧だと思いますが、目先の利益よりも長い目で見たときに大事なのは信頼関係。人がいて初めて何事もうごくことを考えれば、とうぜんですものね。

今回のニュースをみて、普段の行動もそうですが言っていることとやっていることの間に嘘のないようにしたいなあと思いました。

新年、明けましておめでとうございます。
といってもだいぶ経ってしまいました。毎年お正月と言うのは何かしら行事が入ったり人と会うことが多くてなかなかパソコンの前に向かって時間を取ることが難しいなあと言うのを感じてしまいます。まあそうはいってももう8日。そうも言ってられませんよね。(爆)

世の中としては、2008年といえば北京オリンピック。中国ではいろんなものが急ピッチで準備されている中、大きな期待と不安を抱えているようでもあります。

さて、我が家の今年はというと、いろんな意味で決断の年かなと言う気がします。これからの人生のこともそうですし、今ある生活を如何考えていくのか、もう一度立ち返ってみようという気がしています。

それは、仕事のこともそう。家族との関係のこともそう。それから娘や妻とのこともそう。いままでいろんなことが、時間に追われたり、何かと忙しさに言い訳をしていたりしていました。だから今年は自体として変わる変わらないというよりも、自分の中で少しでも納得のできる形で一年を送りたいなと思うのです。

ただ流されたり、流れたりするんじゃなく自分でもっとよく考える。そしてキチンと行動したり、相手に伝えていくという努力をしていこうと思っています。そういう意味では、自分の中で大きな迷いも感じてしまうと思います。でも何時までも何かのせいにしてはいられないという思いもあります。

だから、今年は、自分にとっては大きな節目にしようと思っています。まあもしかしたら、傍から見たら何にも変わっていないように思えるかもしれませんが。(笑)

というわけで、今年の12月の除夜の鐘を聞くころにはこのはじめの日記を見てどうなるのかは、まだ良く分かりませんが、今年も精一杯頑張ろうと思います。

本年もよろしくお願いします。

岩手へ 2007年12月15日

朝からも何かと今日はバタバタ。義母と義妹は、それぞれ向こうでの入棺に間に合うように、早めに電車にて出発しました。そのあと、戸締りなどをして、私と妻、義父と娘を乗せて4人は車にて出発。結局先に出た二人を駅に送り届けてからと言うことも在って、家を出るのは11時を回っていました。

私の家からだと、高速に乗るのが何かと不便なところ。早く乗りたいのですが、そうすると道としては結構遠回りになりますし、土曜日と言うことを考慮するとちょっと混む道を走らなくてはならないので、一端4号線と平行している道を使って、一路北へ。

その後、途中から東北道へのり目指すというコースを取りました。高速に乗る前までは割と順調にまあ飛ばしていけるほどではないのですが、スムーズに流れていました。ところが暫く走ったところで、ちょっと怖い現場を目撃してしまいました。

片側2車線の道が、途中から1車線になるという道路よくこういうのは在ると思うのですが、私のレーンがちょうどなくなる側だったので、私も入らないとなあと思っていたのですが、私たちの前の2台の車がウィンカーも出さないで隣のレーンに様子をうかがったり、また入るときにたいした隙間もないのに強引に入ってしまいました。私もそれはどうかなあとおもっていました。

そのあと、前に強引に入られたトラックが思いっきりクラクションを慣らしながら、道一杯に左右に車体を振ってあおるでは在りませんか…。後ろにいる私たちからしたらおっかなくってだいぶ車間距離を開けてしまいました。まあ起こる気持ちもわかりますがそれから延々パッシングしている様子を見ているとちょっとなあと思いました。

その後高速に乗り、ご飯の食べられる休憩ということで那須高原で休憩。時間は2時近くなっていました。娘もこのころはまだご機嫌で結構助かりました。その後も暫く寝ていたりしたのでスムーズに。仙台を越えて、後少しのところで娘の機嫌が悪くなってしまったので、一度休憩。それが4時ごろ。ずっとチャイルドシートではやっぱり嫌になりますものねえ。

そのあと少し雨に降られながらも一端高速を降りて、そこから30分ほど走ってようやく目的の場所へ付くことができました。時間にして6時前。娘が暴れたりしたわりには、順調にこれたかなああと思います。それにしても、やっぱり思うのが燃費。旧式の車と言うこともありますが、長距離走るとやっぱり燃費が良くないなあといまさらながらに思ってしまいます。

まずは、祖父へ挨拶。最後に見たのがもう4年近く前になってしまうので、もう少し早く着て娘を見せてあげたかったなあという思いを強く抱きました。その後家族全員落ち合っていろいろと最後の様子や最近の様子などを聞くことができました。

今回のもう一つの目的が、娘のお披露目。実はいとこのところにも、子供が2人いるので始めてご対面。向こうは3歳と1才。うちは1才なので、下のこと同い年。しかも女の子同士なので仲良くなるかなあと思っていたのですが、初めてと言うことも在って向こうの子がちょっと緊張気味でした。(笑)いる間に少しでも一緒に遊んでくれたらなあと思うのですが。

今日は、家がたてこんでいることもあるので、私たちは近くの旅館で一泊することにしました。娘の興奮気味でしたが、なんとか落ち着いて寝てくれました。明日は午前中からまた忙しくなるので早めに寝ることにしました。

訃報… 2007年12月14日

昨日、メガネの修理にと言う思いもあったので、今日は、朝からつくばへ出かけました。私の作っためがねはとあるチェーン店なものだから、同じお店に行けば何とかなるかなあと言う思いで出かけました。お店について見てもらおうと手渡した瞬間にポキッとフレームがついに折れてしまいました。

お店の方もちょっと驚かれたようですが、まあ時間の問題化と思っていたので、その辺りは特に気にしませんでした。問い合わせると、修理に出すか、同じフレームを取り寄せるかと言うことでしたので、同じフレームを取り寄せてもらうことに。値段も型が古くなっていたこともあってだいぶ安くなっていました。まあそれでも結構な出費でしたが。

新しいフレームが届くまでの間とりあえず応急処置だけしてもらい2、3日はもつようにしてもらいました。帰りも何とか車を難なく運転できて良かった良かったと帰ってきたら、家の中が何かバタバタした感じになっていました。

聞くと、妻にとっての祖父が午後に亡くなったというのです。ちょっと前から体調を崩していてという話を聞いてはいましたが、急なことに驚いてしまいました。とりあえず、娘のことを済ませたあと、ご飯を作っている場合ではないので、外で済ませ行く為の準備を始めました。

祖父は妻の母方の父に当たる方。義母の実家は岩手県の南部。現在は合併して市になったところでもあります。祖父とは、妻のいとこが結婚したときに、呼ばれたときに会いに行ったのが最初でした。面識としては余りないのですが、話には良く効いていたし、何度かお話したこともあるので、お年の割にはしっかりしていたので、まだまだ大丈夫かなあと思っていました。

享年は91。海軍として戦場に赴き生きて帰ってきた方でもあります。本人の口からはついぞ聞くことは在りませんでしたが、生き様といい考え方といいまさに時代を生きていた人だなあという印象も感じていました。話によると、やhり今年の夏の暑さもずいぶんと応えていたとのこと。

それまでは、毎日散歩を欠かさず続けていて、自らきちんと律した生活を送りながら頑張ってきていたようですが、暑さそれから体力の低下もあってか、12月に入ってからは布団から起きるのも大変な状態になっていたのだとか。どうやら、原因は肺炎。入院したときには、もう肺は真っ白だといっていましたから、あっという間だったようです。

結局いろんな思いも駆け巡りながらも、何とか準備を終えたのが、2時を回ってしまいました。明日は僧は役ではないので、しっかり睡眠とをって、車を運転しないと。

娘も大きくなり、今ではいろんなものに興味を示すようになりました。とりあえず手でもてるものは何でも触りたがるし、どんなものでもまずは手にとって見ることがどうやら成長のステップであるようです。そのため、ちょっとでも先のとがったものや、少し危なそうなものなどは割と片付けるようにしています。

そんな中で最近私としては大いなる失敗をしてしまったのです。机の上に手が届くということを知りながら、いつもかけているメガネをそのままそこへ置いて寝てしまったのです。普段なら、もう少し高い戸棚あたりに置いておくのですが、ついうっかりでした。

いつも娘はベビーベッドで寝ているのですが、朝方大体一度起きては、私の布団でいっしょに寝るのが最近の常。そんなわけで朝方一度目を覚ました娘はいつもどおり、下ろしてほしいと要求してきたので抱っこして一緒に寝ました。

このとききちんと気が付いていれば、めがねの場所も変えたであろうと思うのですが、何せ眠かったのでそのまま。気が付くと娘は朝私よりも先に起きだしては、楽しそうに遊んでいるでは在りませんか。はじめのうちは全然気が付かず、トイレに行って顔を洗って戻ってきて、いざメガネと思ったときに、娘が手にしていたものの姿に唖然としてしまいました。

そう、メガネのフレームはどちらもあらぬ方向に曲がっていて、鼻をかける部分も可笑しくなってしまいました。とりあえず、取り返すだけでも大変で、なかなか返してくれないありさま。やっとのことで、戻したメガネをとりあえずは元の形に戻すために慎重に力をかけて戻しました。

とりあえず見た目は元に戻ったのですが、かけてみるとこれがいまいち焦点が合わない。微妙なズレが出ているようですが、これ以上はうまく自分ではダメそう。力加減を間違えると、先ほどの衝撃をおもいうかべるにつけ、多分ポキンと折れてしまうだろうなあと想像されるからです。

とりあえず、ないよりは在ったほうましなのでそれで過ごすことに。しかし、かけていると、どうしても違和感を感じて手にとって見ると、メガネは自分のフレームの重さでまた曲がりだしてしまっているのです。どうやらかなり重症のようで、ちょっとした衝撃を加えたらきっと折れてしまうだろうなあと言う感じです。

とりあえず明日は時間があるので、眼鏡屋さんにもっていってみてもらわないことには仕方ないですね。それにしても…結構高かったんだけどなあといまさらながらにも自分のおろかさに腹が立ってしまいます。


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