Kazの日々つれづれ

Kazが日々思った事をつづっています。

日記

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ここのところ消防署からのサイレンがしばしば聞かれます。我が家はわりと消防署から近く、また場所によってはすぐ裏の道を通ることがあるので、出動するとわりとわかることが多いです。それで最近思うのがサイレンのなる回数がここのところ多くなっているということ。

まあ冬場になるとどうしても寒く、空気が乾燥しがち。そうすると暖房など火の元がおおくなることや、静電気なども発生しやすい季節になってしまいます。それから、人の心理として億劫がってきちんと目が届かなくなることも在るのかななんて思います。

どちらにしても、火災に気をつけなくてはならないように思います。ただ、最近の火災の原因を話なんかで聞くと、空家などが多いそうです。となるとやっぱり気になってしまうのが不審火。なぜそんなことをしてしまうのかはよく分かりませんが、まあ実際に起きてしまっているのだから仕方ないです。

私は火災に対しての恐怖と言うものを身近で体験したので、火の始末には人一倍気を使います。子供のころにすんでいた家の隣が、火事になったことがあります。私の寝ていた部屋というのは、隣の家の壁に近い部屋でした。都会に近いこの地域では、家と家の間隔も密集しているということもあって、下手をすれば延焼と言う可能性も在りました。

両親に叩き起こされて目の前のガラス戸越しに隣をみるとそこには、気が狂ったかのようにオレンジ色の炎が一面にありました。私一人ならそれにおののき立ち尽くしていたかも知れません。結局お隣の家は全焼してしまいました。我が家はというと消防車の到着が早く、私の家にも水をかけてくれたお陰で燃えずにすんだ感じです。

確か火災のあったその夜は風も割と吹いていたので、もしかすると消防車の到着が遅かったりしたら、私の家のみならず、他にも延焼していたかもしれないと思うとやはり怖くなりました。結局そのときの原因も不審火だったそうです。どういう気持ちでそんなことをするのかは分かりませんが、やはり許せないとそのとき思いました。

幸いそのとき隣の方たちは全員無事だったけれども、それから家を建て直すまでは大変だったろうし、実際に大きなお金がかかってしまったことを思うとそれも気の毒でなりません。我が家も一歩間違えばそうなってしまったこと。それから、小さな火から家をも燃やし尽くしてしまうことを知った私はそのことをを記にするようになりました。

サイレンを聞くたび、また新聞を読んで火災の記事を読むたびにそういう記憶が呼び起こされます。火災は恐ろしい…。これはもっと家庭で子供たちにも教育するべきことかなあと思います。これから本格的な冬になると同時に、乾燥してくる季節。どうか皆さんも十分に気をつけてくださいね。


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前は良くこの番組を見ていたのですが、最近ではなかなか時間が合わず暫くは見ないでいました。たまたまきょうはお風呂に入るのが遅くなってしまい、寝る前にのんびりしながらテレビをつけたらやっていたのが、この番組。妻とともにしばし見入ってしまいました。

NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』今日の主人公は、文化財修理技術者である鈴木裕さん。鈴木さんが手がけている文化財の修理は『紙』でかかれたもの。それは、絵画であったり、書であったりあるいは襖絵、書簡などなどとにかく多岐にわたります。

画家を目指していた彼が飛び込んだ世界が、京都にある修復の仕事。そこでは「仕事は体で覚えろ」というまさに職人の世界。技術は体に染み込みキャリアをつんで来たそうです。そこで感じた迷い。それは、これが実際にやりたかった仕事なのかということ。その仕事が単調であるからとか言う問題ではなく、頭で考えることなく、手先を機械的に動かし仕事をしている自分の問題でもあったわけです。

文化財と言うのは、見た目は同じように痛んでいてもその歴史や文化保存の状態で各々は似て非なるもの。つまりは、それらに対して機械的に仕事をしていくというのは本来ありえないはず。そのため彼が行うのは、まず紙の声を聞くこと。そのためにじっくりと向かい合い隅々まで観察する。

紙の文化財は、描かれている内容にとどまらず、紙自体が持つ当時の慣習・文化を含んでいる。紙の声をきちんと聞き取らないと、これらお情報に気が付かず修復の過程において抄出してしまう危険性がある。そのため、最新の顕微鏡をもちいて、観察したり、とにかくできるかぎりのことをして徹底的に調べ上げるそうです。

興味深いのが、その姿勢。卓越した技術をもっていたり、経験値をつんでしまうとつい起こるのがおごり。鈴木さんが大切にしているものとしてあるのが「習熟するな」ということ。常に新しい気持ちで臨み、考えながら手を動かすことでいい仕事をするように心がける。

もう一つ番組で気になったのキーワードが「ふにゃふにゃになる」ということ。常に高いレベルでの緊張を要求される仕事場。しかしながら、カチカチになっていてはいい仕事はできなくなってしまうもの。常に自然体でいながらにして、考えながら仕事をする。ある意味理想的なことだなあと思いました。

この仕事出もっとも大事なものは、「奥の深い技術」手先の技術や修復する為のスキルももちろん大事ですが、それだけでなく、文化財のもつ背景をきちんと受けて尾メルコとができる知識をもち且つ的確な腕を振るうことができるということ。これはなかなか難しいなあと言う思いもします。

修復の仕事は名を残す仕事ではなく、次世代へ伝えていく仕事。大事なのは個でなく、作品そのもの。そういった大きな流れの一部に自分がいるということを感じることで仕事をしていくというのは、個駑馬で語るよりもはるかに難しい仕事のような気がします。また一つプロフェッショナルな物の見方を教えてもらったような気がします。

昨日から私たち家族は新宿に来ています。久々にくる東京の移ろいというのは早いなあと言う実感も感じています。町の風景はこの西新宿に限って言えば僧大きく変わるところは特にないのかもしれません。そういえば、駅の近くにはまたひとつなんだか高層ビルを建設している様子があったかな。まあいずれにしても、高層ビル群は健在で私の記憶のイメージも相変わらずなままです。

昨夜は皆で久々に落ち合ったこともあって、ホテルではずいぶんと長々と話し込んでしまいました。結局寝たのはもう4時をまわるころ。まるで学生のような感じ。家族でありながら、遅くまで皆で語り明かすなんていうのはなかなかないことかななんて思います。

そんな昨日から一夜明けて、日曜日。朝起きてから父に電話をかけて、新宿へこないかと誘いました。娘の顔を見せてあげたいなというのが一番。朝食をとり、少しのんびりした時間を過ごしていると、そこへ父がやってきました。娘と会うのは、9月以来なのでやく3ヶ月ぶり。娘の方が暫く緊張してしまってなんだか可笑しかったです。

チェックアウトした後は、義父母の家族は義妹の家へ、私と妻と娘それから私の両親とは新宿を散策することに。休日の都心と言うのは、人通りもまばらで(特に西新宿のあたりは)のんびり散歩するにはいい感じです。わりと今日は暖かく、日差しも穏やか。このあたりは、わりに街路樹もあり、あちらこちらでいろづいた葉が落ちていました。多いのは東京だけに銀杏かな。

紅葉とこの時期の葉の色づきのことを言うのはおおいですが、これは平安以降にもみじの紅を珍重するようになってから。それ以前は紅葉ではなく、黄葉と書いていたそうです。そう古代からの植物でもある銀杏はその代表なのです。個人的には、銀杏の黄色が結構好きで、これを見ると、高校に植わっていた銀杏をつい思い出してしまうんですね。

そんな銀杏なぞをみながら、家族5人たわいもない会話をしながらのんびりと散策。途中都庁の展望台などに上っては、一息ついたりしました。暫くあるいてついたのは、新宿中央公園。ここまでは娘も危なっかしいのでベビーカーに乗せたままだったのですが、ここは開けているしちょっと広くなっているので少し歩かせることに。

ところが、初めてのところだしいつもいない両親がいたりしたのでちょっと緊張気味。なんだかそれが可笑しい。妻の手に引かれながらちょっと回ったのと、一休みしているベンチの周りを遊んだくらいで終わりにしました。時間にしたら高々15分ほど。でもふと皆の表情をみると、暖かい日差しに照らされてよけいに、各々がやさしい顔をしてその時間を過ごしている様子をみて気持ちも暖かくなってしまいました。
今日は家族でお出かけ。娘もそうだし、義父母とも皆で新宿へ出かけます。主な目的は、長渕剛のコンサート。9月から始まったツアーも今日明日で最後ということで、気合が入っています。(笑)是非私も問い着たいところなのですが、今回はパス。娘のお留守番があるため止まるホテルに残る予定なのです。

コンサートに行くのは私の母それから妻と義母それから義妹。女性人ばかりですが皆筋金入りのファンなのです。私もその一人ですが、今回は前回これなかった義妹が参加するとのことなので遠慮しました。そのあいだ、私と義父それから義妹(もう一人の)とで娘の面倒を見ながらご飯でもと言うことになりました。

最初は三人と娘だけだったのが、食事に行こうということで声をかけたら予定があいていたとのことで、義母の親友のかたや、義父の弟も参加してなんだか結構な人数になり、また話もあっち言ったりこっち言ったりと楽しくにぎやかになりました。

場所もとりあえず決めていなかったので、皆ホテルに集まってもらうことに。義母の親友の方とは、結婚の挨拶に伺った以来なので、もうかれこれ4年以上前の話になってしまいました。それぞれの話は聞いているのですぐにいろんな話をしたり、近況についたり話したりしていると、そこへ弟さんがやってきた感じ。

義父とはどうやら夕食以外にもなにやら話が合ったようで、ご飯を食べに行く前に書類を眺めてはなにやら相談。込み入った感じのようで何かと大変そうでした。それも片付いたところで皆で娘を連れて新宿の町をあるいて夕食を食べに出かけました。

場所は、西新宿の住友ビル。三角形が特徴的は形をした建物で、上の階はレストラン外のようになっているのでそこでご飯を食べることに。止まる宿も西新宿にあるのでまあ近いからと言うのと、分かりやすいからと言うのが一番。娘もイルミネーションで照らし出された木々を横目に連れていると、何時の間にやらウトウトとして寝てしまいました。

入ったお店は名前を忘れてしまいましたが、土佐料理のお店。割と感じのいいところでした。いろんな話をしながらいただいたのは高知料理。中でも変わっていたのが鰹を使ったもの。はじめて鰹のコロッケを食べたり、いつもはしょっぱくて敬遠しがちな酒盗もここでは美味しくいただきました。

そうこうしているうちに娘も目を覚まして押し寿司だとか海老芋を炊いたものだとかをいただいていました。ちょっと娘には味が濃いかなと言う機もしましたが、美味しかったんでしょうね。喜んで食べていました。コンサートにいけなかったのはちょっと残念なきもしますが、楽しいひと時を娘とともに過ごせたのは良かったかなと思います。

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12月にはやっぱり毎年思うのは、予定表がほかの月よりも埋まっているということ。それに加えて、年賀状を書いたり、大掃除をしたりとなにかと忙しいんですよね。年賀状の図案に関してまずきめたりするのが結構億劫。どうしようかなあなんてしているとあっという間にクリスマス前になってしまうからちょっとバラ場足してしまうんですよね。

今年は塾でも早めの対策と言うことで、いつも見ている生徒さんを中心に年賀状書きが割り振られました。例年は表面と裏面のコメントを書くはずなのですが、今年は、宛名はもう書いてあるからだいぶ助かります。裏面の図案も印刷ですがすべて仕上がっているので、書くのはコメントのみ。

今年は何か手際がいいなあなんて感心しつつ。担当の分を受け取り書くことにしました。昨年までは高校生を余り教えていなかったせいもありましたが、今年は小学生から高校生までなんだかバラエティ豊かです。
小中高の順番でとりあえず書くことに。順番を意識しないと、言葉遣いだとか、考え方が伝わらないといけないので、はじめは分かりやすく、だんだんと趣向を凝らした感じにしようと思いました。

一人一人の顔や普段の会話それから勉強のことなどを織混ぜながら書いていると一枚仕上げるのにも割と時間がかかるもの。特に注意を払うのが受験生。思いはいろいろなのですが、すべて書いてしまうと野暮ったくなってしまいますし、とにかく応援してあげようという感じで書こうとおもうとちょっと考えながら出ないとやっぱりかけないものです。

高校生には、わざとひねった文章に。本質的な意味が汲み取れるかどうかは分かりませんが、コメントにはいろんなことを良く考えることをしてもらいたいなあと言うのをこめたつもりです。たかが年賀状去れど年賀状。やっぱりもらうと嬉しいものですからね。

最近は、友人たちからも以前よりもメールでの挨拶がふえたり、宛名も印刷と言うのもかなり増えてきましたが、私は結構味気ない気がして嫌なんですよね。宛名くらいは手書きでとこだわっていると、字が下手な私にとってはなかなかに大変な作業。でもそれをするのがいいのかなと感じたりもします。

生徒さんたちの年賀状も一通りおわったので、あとは個人的な分。これが大変。なだ図柄も決めてないし…。果てさてクリスマス前までには終わらすことができるのかどうか。毎年頭の痛いところですが、頑張って終わらそうと思います。

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