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日本は、小さな島国である。
人口は、世界の50分の1程度。
一種類の言葉を話し、同じ文化を共有している。
昔は知らず、人種もほぼ同一。
識字率は高く、義務教育はほぼ徹底されている。
テレビ、ラジオの番組も、ほとんど全国ネットで放送されている。
世界でも非常に珍しい国家と言える。
他国からみれば。
日本人は、海外のことをよく知っている。
旅行も盛んだ。
パリ、ローマ、ニューヨークは序の口。
マジェラン海峡の町、プンタ.アレナスでも、北緯70度の国、アイスランドでも日本人に会った。
アメリカの各州の州都の所在を、全部言える小学生がいた。
世界各国の首都の名前は、中学校で習ったような気がする。
チリは硝石、ニューファンドランドは漁業。
今では、どちらも消えかかっているが。
だが、知らないことは当然ながら山ほどある。
二昔前、私が最初にオフィスを持ったのは、ブルックリンのユダヤ人街。
ここのユダヤ人は、ちょっと特殊だった。
「ハセディック」と呼ばれる。
言うならば、狂信的なユダヤ教徒。
男は四六時中、黒い衣服を着ている。
教義で化繊は身に付けられないから、必ず純毛か絹か綿。
あごひげ、頬ひげを伸ばし、山高帽をかぶっている。
女性は、やはり化繊を着ることは出来ない。
地味な長いスカート。
肌は、出来るだけ隠す。
見えるのは、顔と手の先だけ。
既婚の女性は、髪を剃る。
そして、かつらをかぶる。
かつらも地味だから、みな同じ髪型に見える。
彼らは、固まって暮らしている。
ニューヨークには2ヶ所、彼らの「Ghetto(ゲットー、孤立集団地区)がある。
別に国が与えた訳ではないから、他人種もいる。
だが、徐々にいなくなる。
周りが全てそういう人たちで固められて、なおも住んでいられる人はいない。
彼らは、食べ物も特殊だ。
豚は食べない。
鱗の無い魚は食べない。
だから、貝類や海老.蟹とは縁が無い。
ウナギもだめ。
親と子を、一緒に食べてはいけない。
牛肉とミルク、鶏と卵、鮭といくら、全て不可。
同じ皿に盛り付けてもいけない。
まだある。
全ての食べ物は、「Kosher(コーシャー、教義に従って処理されたもの)」でなければならない。
つまり、ユダヤ人本人か、ユダヤ人の指導によって処理されたもの。
ニューヨークには、コーシャーレストランもあるし、スーパーマーケットにはコーシャーのものは
別に売られている。
私の知人は、コーシャーの寿司を売っている。
マグロ、ひらめ、鮭、卵焼き、それだけ。
「いやぁ、仕入れは簡単だし、無駄は出ないし、ありがたいよ。」
だが、コーシャーでなければならないはず。
「ユダヤ人の高校生をアルバイトで雇ってる。何もせず、本でも読んでれば良いんだ。」
結構いい加減だと言うことは、これで分かった。
彼らは、税金をほとんど払わない。
仲間うちでの商売は、現金取引のみ。
だから、生活保護を受けている家族もいる。
ベンツからおりて来た女が、フードクーポン(生活保護として与えられる金券)で買い物をする。
売るほうもユダヤ人だから、怪しむこともない。
マンハッタン47丁目、別名ダイヤモンド通りには、このハセディックが大勢働いている。
彼らは、宝石が大好きだ。
ことある時に持って逃げるのに便利だから、という説もある。
彼らは、あまり他人種と交わることをしない。
だから私は近所にいるが、滅多に話すことは無かった。
それがある日、彼らの家の中に入ることになる。
それは、金曜日の夕刻。
ユダヤ人は、金曜日の日没から土曜日の日没までを、安息日としている。
男は、シナゴーグ(集会所)へ行き、女は家にいる。
オフィスからでた私に、二人のハセディックの女が声をかけて来た。
かつらをかぶっているから、人妻だろう。
「Can you help me? (助けて欲しいんです)」
彼らは普段は、Yiddsh(イディッシュ、ユダヤ語に他の言語は混じったもの)を話す。
だから英語はちょっと聞き取りづらい。
「ヒーターにトラブルがあるから、助けて欲しい。」
「とても寒い。」
まあ、概略そういうことを言っているようだ。
好奇心が無いわけではない。
だが、不気味さもある。
彼女たちは、先に立って家に入って行く。
まあ、危ないことも無いだろう。
覚悟を決めて、後に続いた。
かなり大きな家だ。
そして薄暗い。
3階建ての階段を上って行く。
驚いたことに、女ばかり10数人がたむろしている。
「プリーズ。」
女は、壁にかけられたメーターのようなものを指差す。
ははぁ、これが堅くて廻せないのか。
私は、指をあてがってグイとメーターを廻した。
するっと、すべるようにメーターが廻る。
なんだなんだなんだ。
赤子の手を捻る、というが、それよりも他愛無い。
「OK,OK」
女は、メーターが65を指したところで頷いた。
「サンキュー。サンキュー。」
どうも、これでお役ご免らしい。
再び女の先導で、階段を下りる。
外に出た時、何だか随分疲れたように感じた。
この出来事は、長く私の謎だった。
一体何の為に、私を家に招き入れたのか。
何故、誰でも廻せるメーターを私に廻させたのか。
その後彼女たちからお招きがある筈も無く、謎はそのままだった。
或る日、その謎は突然解けた。
日本の知人が送ってくれた、ビデオのTV番組。
クイズに、タレントたちが回答する。
舞台は、イスラエルの首都テルアビブ。
「このホテルでは、土曜日には、エレベーターにあることをします。」
そのあることを当てる問題。
ああでもない、こうでもない、喧々諤諤。
中でも物知りらしいタレントが、こう答えた。
「エレベーターは、各階に自動的に止まる。」
これが大正解。
「ユダヤ教では、安息日である土曜日、一切の仕事をしません。」
司会者の解説。
「ですから、エレベーターのボタンを押すことも出来ませんから、各階止まりにするのです。」
会場から、観客の拍手。
私も心の中で拍手。
積年の謎が、一気に解けた。
それが、あの女たちが私を家に呼び入れた理由だったのだ。
ユダヤ教徒は触れないメーター。
異教徒の私なら、問題無い。
恐るべし、その身勝手さ。
オフィスを移して以来、彼らとの接触は無い。
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知らない世界の話は驚くことが多くて面白かったです。へーぇ、そうなんだ・・・って思いながら読んでいました。また書いて下さい。とても勉強になりました。
2006/8/16(水) 午前 8:49 [ zunzun ]
ありがとうございます。 こういう役に立たない知識は一杯あるんですがねぇ。 でも、張り切ってその「役立たず」をご披露して行きます。 今後ともよろしく。
2006/8/17(木) 午前 5:01 [ Masterswimmer ]