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「アメリカは食の砂漠」
あちらこちらで、目にし耳にする言葉だ。
正面切って反論する気は無い。
まあ、80%くらいは同意もする。
では、その残りの20%は何か。
「砂漠にも、オアシスがある」
強いて言えば、そう言いたい。
広大なアメリカに、幾つのオアシスがあるのか。
確かに、そう沢山は無い。
指折り数えられる程度。
例えば、フロリダのグレープフルーツ。
又は、カリフォルニアのオレンジ。
若しくは…。
陸地のものはこのくらい。
海に行けば…。
ルイジアナの牡蠣、ボストン沖の本マグロ。
そして、メリーランドのソフトシェルクラブ。
十指に余る、とは言えない。
それでも、なかなかの珍味もある。
ソフトシェルクラブ。
大まかで大味なアメリカ人にして、この芸当。
そう言いたくなるほど、アメリカ的ではない。
脱皮中の、未だ甲羅の柔らかい蟹を食う。
こう言えば、何か中国的ですらある。
だが、確かにこれはアメリカの珍味。
蟹に限らず、甲殻類は脱皮を繰り返して大きくなる。
その脱皮した瞬間、甲羅はぶよぶよだ。
そこを捕まえて、料理する。
何でも食う日本人でも、ちょっと引いてしまいそうだ。
が、この蟹の捕獲地というか生産地では、大いに好まれる。
中心は、メリーランド州クリスフィールド。
大きな内海、チェサピーク湾に面している。
この湾が、ソフトシェルクラブの大生産地。
この蟹は、ごくありふれた渡り蟹。
「Blue crab」又は、「Swimming crab」
そう呼ばれている。
甲羅が堅い時も、沢山市場で売られている。
甲羅や殻を割るのが面倒だが、味はなかなかのもの。
価格の安さもあって、中国人の大好物。
炒めたり、老酒に漬けたり。
チェサピーク湾は、浅い砂地の内海である。
多くの川が流れ込んでいて、栄養は豊富。
春から夏にかけて、そこに多くの蟹が脱皮にやって来る。
これを漁師が、罠を仕掛けて採る。
勿論、罠で採れた全てが脱皮するわけではない。
その見分け方。
鋏も含めて、蟹には片側に5本の脚がある。
そしてその一番下の脚は、Swimming leg (スイミングレッグ)と呼ばれる。
この脚の内側に、赤い斑点が数個出るのが、脱皮間近の印。
この斑点のある蟹だけは、取分ける。
ソフトクラブの生産業者に売られて行く。
このソフトシェル生産の仕掛けが、これまたアメリカとは思えない。
縦4m、横2m、深さ30Cmほどの海水タンク。
海から引いた海水が、循環している。
ここに、斑点のある蟹を入れる。
出荷時に便利なように、雌雄は分ける。
此処からが、さらに非アメリカ的。
斑点が出た蟹が、何時脱皮するかは分からない。
なんにせよ、脱皮したらすぐ引き上げるのが鉄則。
でないと、甲羅はじきに堅くなる。
脱皮は、昼夜を問わないらしい。
だから、業者はこの時期、2時間おきくらいにタンクを見回る。
蟹は脱皮すると、古い皮を脱ぐ。
その古い皮が未だ蟹から離れないうちに、素早く掬いとる。
脱皮して元気になった蟹が、弱い蟹に襲いかかるのを防ぐ為でもある。
言うと簡単だが、現実はそうは行かない。
大小の差はあるが、大抵の業者は30〜40かそれ以上ののタンクを持っている。
一つのタンクに、精々2,30匹の蟹。
二時間おきとは言っても、夜間寝る間は殆ど無い。
爺さん婆さん、子供まで総動員する。
間断無く襲って来る蚊と、戦いながらのビジネスでもあるらしい。
このソフトシェルクラブ。
柔らかいほど珍重される。
殻ごと食う為には、出来るだけ柔らかい方が良い。
と言っても、あまり早く上げるとすぐ死んでしまう。
なにしろ、脱皮したては半病人みたいなものだ。
柔らかくて、しかも丈夫な蟹。
この二律背反を達成するのが、業者の仕事。
ソフトシェルクラブは、雌雄とサイズで分けられる。
タンクから掬い上げた蟹は、一息おいて出荷用の箱に入れる。
脱皮直後で疲れ果てた蟹は、抵抗する力も残されていない。
一番大きなジャンボ、中型のプライム、小型のミディアム、最小のピーウイー。
甲羅のサイズで仕分けされる。
レストランは大型のジャンボを好むが、食ってはミディアムが旨い。
生きたものは脱皮シーズンの4月から9月だが、冷凍は1年中。
この生のソフトシェルクラブを、天麩羅にする。
揚げたてにレモンを絞り、塩をふって食う。
柔らかい甲羅は、抵抗無く噛み裂ける。
中から蟹の身とミソとが、一体になって口に溢れる。
日本には無い、新しい天麩羅の味。
普通にフライにして、タルタルソースで食うのも良い。
ちょっと醤油を垂らせば、更に旨い。
非アメリカ的に生産される、このソフトシェルクラブ。
いざ食べる段になると、途端に「食の砂漠」に戻ってしまう。
なんせ、全く工夫が感じられない。
フライにして、レモンを絞りマヨネーズをつけて食う。
この辺りは、未だ許せる。
フライをパンに挟んで、サンドウィッチとなるともう戴けない。
ひどいレストランなら、フライはもう冷えている。
冷めた蟹のフライを、冷たいパンに挟んで食べる。
珍味もへったくれも無い。
このソフトシェルクラブは、日本にも来ている。
但し、冷凍品。
高級レストランは、冷凍食材を嫌がる傾向がある。
「活け」で送った人もいたが、到着時に殆ど死んでいる。
半病人を飛行機に乗っけて、10数時間の旅。
生きている方が、不思議だ。
だから、それほどのブームにはならなかった。
もう一つ、このソフトシェルクラブには弱点がある。
料理法には全て油が使われる。
いくら脱皮直後の柔らかい殻でも、ただ火を通しただけでは食べるのは無理。
高熱の油で揚げて、初めて殻まで抵抗無く食べられる。
つまり、料理の範囲がかなり狭められてしまう。
それも、日本での人気が今ひとつの理由だろう。
蟹好きの日本人にとっては、残念な話ではある。
近年、チェサピーク湾の産業は脅かされつつある。
相手は東南アジアの国々。
もともと太平洋や東シナ海沿岸は、渡り蟹漁が盛んだ。
最近では、このソフトシェルクラブの生産法を取り入れ始めた。
そうなると、アメリカには最大の脅威となる。
先ず、人件費が安い。
次に、骨身を惜しまない。
徹夜仕事など、朝飯前。
さらに、大消費国の中国が近くにある。
世界の胃袋の4分の1だ。
「アジア産? 俺たちの蟹とは勝負にならないさ。」
楽天家のチェサピークの生産者は、そう信じている。
そう信じて、爺さんから親父から引き継いだ仕事を今年もやる。
近代化の先端を行くアメリカで、頑なに昔からの手法を守る。
それはそれで、悪いとは思わないが…。
自動車や、電化製品の二の舞にならないことを、祈るや切。
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ひさびさに、食べたくなりました。ソフトシェルクラブ。懐かしいなあ… 冷凍でもおいしかった記憶あります。そんな生産体制だったとは… 今日まで知らなんだ。
2007/3/18(日) 午前 8:02 [ ふわり ]
やっぱり一番美味しく食べるには、ニューヨークにシーズン中に来ることですね。あ、そうそう、満月の時が生産が活発になります。ここら辺も 実に非アメリカ的ですが。
2007/3/23(金) 午前 1:36 [ Masterswimmer ]
こんにちは、イタリアのソフトシェルクラブをアップしました。
アメリカのとはちょっと違うと思います。
やっぱり揚げて食べます。
写真がみたいですがどこかにありませんでしょうか?
2008/10/17(金) 午前 0:05 [ linealucia ]
投稿に気付かず返事がおそくなりました。
シーズンが終了したので、写真は来年まで撮れません。
でも見た目は普通の蟹ですよ。触らないと分からないのでは。
イタリアのソフトシェル、蟹の種類はなんでしょうか?
2008/10/24(金) 午前 4:36 [ Masterswimmer ]