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泳いでいる間、スイマーは何を考えているか?
これは結構興味ある問題かも知れない(と思っているのは私一人かも知れないが)。
昨日書いた山中毅選手は
「炭鉱節を歌いながら泳いでいます。」
と言った記憶がある。
彼はオープン側の手を大きくまわし背中の大部分が水の上に出るような泳法だったから、丁度
「月が出た出た月が出た」
の最後の
「出た」
辺りでその手を水面に叩きつけていたのだろう。
私は、と言うと必ずストロークを数えている。
25ヤードを何回掻いて泳ぎ切るかで体の疲労度を測っている、ということでもある。
最初は交互に11回づつ、400ヤードあたりから少し疲れて12回づつ。
これが13回必要になったら、それは疲れすぎ、ということで泳ぐのを止める。
クロールでも、平泳ぎでも、背泳ぎ(バタフライは流石に出来ない)でもスタンダードがあり、それを越せば「お疲れ気味」という診断を自分で下す。
たまには他のことを考えたりしよう、と思わないではないが、習慣というものは恐ろしいもので、何時の間にか数え始めている。
凝り固まっているようで、些か情けない。
私がヤンキースとメッツのゲームを観ている、と言うと日本の友人は
「ニューヨークに住んでいるから、ヤンキースとメッツというのは余りにも主体性が無いんじゃないか?」
と言う。
敢えて反論はしないが、言い分は胸の内にある。
「ニューヨークでは、その2チームの試合しかTVでやってないんだよ。」
と。
アメリカはフランチャイズシステムがうまく作られていて、その地方では地元球団のゲームを放映するようになっている。
否が応でも地元チームに親しむシステムと言える。
巨人中心の日本の野球では、何処にいても巨人のゲームを観ることが出来る
(最近は少々傾向が変ってきたようだが)
が、こちらではそれはあり得ない。
仮に、私がロスアンジェルス.ドジャースのファンだとしても、そのドジャースのゲームを観る機会は年間10回程度になる。
つまり、メッツがロスアンジェルスで対戦する時と、ドジャースがメッツに来てゲームをする時だけだ。全国ネットの野球中継は、プレーオフとワールドシリーズしか無い。
これでは、如何に私がドジャースを好きでも、いつしかメッツファンに鞍替えしてしまうのもむべなるかな、ではなかろうか。
「いや、それでもドジャースを愛しつづけてこそ本当のファンだ。」
と言われるならば、私は本当のファンではない、だろう。
何といっても地元のチームのファンであることは楽だ。
誰とでも話は合うし、すぐ会話にも入って行ける。
これで、ミネソタ.ツィンズのファンだったら、先ず、何故自分がツィンズのファンであるか、その起こりから説明しなくてはならないし、している間に相手は興味を無くして、他の人と話し始めてしまうだろう。
貴方は孤独のままで、ツィンズをひっそりと応援しなければならなくなる。
それに耐えてまで野球を観る気にはならない、ような気がする。
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NYではヤンキースとメッツのゲームしか観れない、と初めて知りました。 日本では日本人選手出場試合を観れますが、ヤンキースのファンとしては事情が許す限り毎試合観たい、でもマリナーズにイチロー&城島と二人のレギュラー選手がいるので、今年はこちらも目が離せなくなりましたよ。
2006/4/23(日) 午後 8:35 [ nyk**2 ]