還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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昔、時代劇映画を観ると、「ガマの油」売りがしばしば登場した。
筋立てには無縁だが、当時の街中の賑わいの一つ、だったのだろう。
筑波山にいる前足4本、後足6本、所謂四六のガマ。
これだけでもインチキ臭さ充分だが、その油の取り方が面白い。
「四角四面鏡を張り巡らした箱にガマを入れると、己の醜さに油をぽたりぽたりと落とす」
こうして取った油を煮詰めた物が、「軍中膏ガマの油」。
戦の傷は勿論、やけどや打ち身も即時に治る、という触れ込み。
まあ、これは落語の世界。

私が小学校低学年の頃。
近くの広場に、人だかりがしている。
好奇心は人一倍だから、大人の下をくぐって前へ出てみる。
直径5、6mの人の円陣の中央に、中年男。
鞘に納まった日本刀を脇に抱え、汚い袋を持っている。
察するに、これから何事かが始まるらしい。

太平洋戦争が終わって、世間がやっと落ち着き始めた頃。
戦後の飢餓の時代は過ぎて、人は娯楽を求める。
とは言え、テレビの到来は未だ数年後。
何だか分からなくても面白そうなら、人は群れて来る。
考えてみれば、この広場は防空壕群のまん前。

男は袋を胸の前に持ち上げて、
「この袋の中には、猛毒を持つ『ハブ』が入っている」
そのハブに、自分の腕を咬ませて見せる、と言っているらしい。
そしてかませた傷を、特効薬で瞬時に治癒させて見せる。
それは当時としては、なかなかスリルのある見世物だ。
疑り深い大人には、立ち去る人もいたかも知れない。
が、幼い私は、興味深々。
身じろぎもせず見つめていた、と思う。

ところがこの親父、前説ばかりで一向にハブを出して来ない。
古くさい鞄から、「ハブの軟膏」なるものを取り出し、その効能を並べ立てる。
なにしろ傷は勿論、風邪にも腹下しにも効く、という。
おしゃべりばかりに業を煮やして、立ち去る人も出て来る頃。
親父は、日本刀をキラリと抜いた。
「抜けば玉散る氷の刃…」
と言ったかどうかは忘れたが、足止め効果はあったようだ。

「危ないから、この円から中には入らないように」
親父は抜き身を持ったまま、円を広げようとする。
今考えれば、あまり近寄られてはまずいことがあったのかも知れないが。
これが「ガマの油」売りなら、半紙を取り出し、
「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚…」
切れ味見せて、ぱっと紙ふぶきを散らすところ。
だが、この親父にはそこまでの芸は無かったようだ。
いきなり、二の腕に切りつけた。
当然のように、血が出る。
ここら辺で、観衆もちょっと固唾を飲む。
「だが、このハブ軟膏をつければ…」
遠目だが、確かに血は止まったように見える。

この芸で、客が先を争って軟膏を買い求める、ことは無かった。
当てが外れた親父は、次なる見世物へ。
「坊や、ちょっとおいで」
一番前に頑張っているわたしに、親父は声をかけて来た。
いきなり呼ばれて面食らう私を、更に手招き。
近寄ると、
「坊や、こんなところに黒子があるね」
上気している私は、こんなところに黒子があったかどうか、なんて考える暇もない。
「黒子にも色々あって、目じりにあるのが泣き黒子、口元にあるのが艶黒子…」
口上を並べながら、親父は私の額に軟膏をなすりつけた。

「このまま暫く、じっとしてるんだよ」
未だ良い子だった私は、言われたとおり直立不動。
ややあって、
「さて、この子の黒子が見事に取れたかどうか…」
親父が私の額を撫でると、
「ご覧のとおり、綺麗に取れています」
見ると、親父の指には黒いものがこびりついている。
「坊や、良かったね。 黒子がとれて…」
黒子が取れたことがそんなに良いことなのかどうか、私は半信半疑。
親父は私にお構い無しに、効能を並べてセールスに励む。
とうとうハブは姿を見せないまんま。

家に帰って母に話すと、
「そんな黒子なんて、最初から無かったわよ」

考えて見ると、あれが私が社会を知った最初かも知れない。
以来50有余年。
「ハブ」と聞くと、あの広場の出来事を思い出す。
とうとう見ることも無かった、猛毒の蛇のことを。
あの軟膏は、一体何で出来ていたのだろう。
「ハナクソ丸めて万金丹」
そんな類だったのかなぁ。


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