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「Wrist and shout !」
これは今朝のデイリーニュースのスポーツ面の見出しである。
手首を押えて苦悶する松井秀喜が大写しになっている。
ヒット曲「Twist and shout」を駄洒落ているのだろう。
訳しようがない。
まあ、駄洒落というのはそんなに意味のある言葉にはならないが、これはちょっとお粗末だ。
これが松井ではなく、人気者のジーターやロドリゲスだったら、こんな見出しにはならないだろう。
もっと緊迫した、無念さが伝わるタイトルを考え出すと思う。
やはりアメリカのマスコミは、日本人を軽く見ている。
そう思って、中の見出しに移ると、
「Hideki, Yanks Bend & Break」(秀喜とヤンキースは、折れて壊れた)
これも大見出しだ。
「鉄人、手首を折る」
ともある。
結構、重く見ているのかも知れない。
朝から心は終始一貫しない。
いずれにせよ、松井は最低3ヶ月、場合によっては今シーズン一杯、プレー出来ない。
じゃあ、松井稼頭央とメッツを応援するか、というほど簡単ではない。
私のヤンキースファン歴は長い。
1955年に遡る。
来日したヤンキースが、日本選抜を鎧袖一触、15勝1分負け無しの成績を上げた年だ。
親父が後楽園の外野席の切符を買って、連れて行ってくれた。
巨人単独の対戦。
川上も千葉も問題にならなかった。
バットにかすりもしない。
ミッキー.マントル抜きのヤンキースだったが、力の差は歴然。
当時私は巨人ファンだったが、しかし全然口惜しくなかった。
どころか、それ以来隠れヤンキースファンになってしまった。
戦争で負けて、アメリカ崇拝に変った日本人と同じ、かどうかは分からない。
1976年、私は1年半の南米滞在を終えて、アメリカに来た。
偶然つけたテレビで野球をやっている。
それが、ヤンキースとシンシナティ.レッズのワールドシリーズだった。
ヤンキースとの再会である。
ニューヨークに住み始め、77、78年とヤンキースのワールドシリーズ2連覇を身近で観る。
その後ヤンキースの低迷時代が来るのだが…。
結構テレビでも観たし、球場へも幾度か足を運んだ。
松井が来たから観はじめた、訳では決してない。
松井故にヤンキースのファンになった人たちとは、厳然と一線を画している。
そういう間柄であるからして、松井が欠場したからヤンキースを応援しない、などということは考えられない。
貞節堅固、である。
まあ、いささか興趣を削がれるきらいは認めるが…。
昨日は、今週2度目のマンハッタンのプール。
火曜日にゴーグルを忘れて悲惨な目にあったので、昨日は持ち物をしっかり点検した。
ただ、残念なことにプールが少々混んでいる。
4レーンあるのだが、全部で誰かが泳いでいる。
こういう場合、何処かのレーンに入り込むしかない。
両側は、プールの壁があるから、まず除外する。
残るは2レーン。
どちらも女性スイマーだ。
一人は平泳ぎでゆっくり泳いでいる。
もう一人はクロールで、これも遅い。
この場合、当然クロール側を選ぶ。
若いとか、スタイルが良いとかは無関係だ。
平泳ぎの横を泳ぐのは、結構大変である。
足のキックに蹴られるおそれ無し、とは言えない。
で、クロールの女性のターンを待って、
「入りますよ。」
という仕草をする。
「いやだ。」
という人はいない。
例え本心は、
「なんで私のところへ来るのよ。あっちに行けば良いのに。」
と思っていても。
私も出来れば一人で1レーンを使いたい。
そこで成るべく端のレーンを選ぶ。
止む無く中央のレーンで泳ぐ時は、人が来ないように祈りながら泳ぐ。
それでも、来る時は来る。
中央のレーン、どちらが選ばれるか。
泳ぎながらも結構緊張している。
こういう場合、私はかなり不利である。
何故か。
私は、かなり静かに泳ぐ。
しぶきもほとんど立てない。
自分で言うのも何だが、まあ綺麗な泳ぎである。
一方、隣には手を水車のように廻しながら、派手にしぶきを上げて泳ぐ奴がいる。
どちらが選ばれるか、は自明の理だ。
以前は、人が来ると平泳ぎに転向したりしていたが、我ながら姑息さに嫌気がさして、止めた。
誰かが、ターンする私に、
「エクスキューズ ミー。」
と声をかけて来る。
ああ、もう駄目だ。
「シュア (どうぞ)。」
と言おうとした瞬間、他のレーンが空いた。
彼は、そちらへ移って行った。
こういう時私は、
「人生、悪いことばかりじゃないな。」
なんて考えたりしている。
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