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「バナナ」という植物がある。
今でも果物屋に行けば、何処かに並んでいる。
病気見舞いの籠にも、姿を覗かせている。
昔は、その中央に鎮座していた。
今は、下の方で微かに黄色を見せている程度。
単品で贈り物になることは先ずない。
つまり、主役は張れなくなっている。
私が子供の頃、バナナは憧れの果物だった。
滅多に食べられないし、1本まるまる食べる機会もほとんどない。
外で食べるパフェでも、薄く切った1,2枚が乗っている程度。
獅子文六という、人気小説家がいた。
「文豪」の上だから「ぶんろく」と名づけた、という。
「胡椒息子」「自由学校」「てんやわんや」「大番」など、小説は数多い。
彼の小説に、「バナナ」がある。
バナナは戦後、統制輸入品だった。
つまり割り当てがあり、その枠を持っている人や会社しか輸入出来なかった。
その「バナナ」を主役にしたユーモア小説だが、なかなか面白かった。
獅子文六の随筆にも、「バナナ」はよく登場する。
ある時、彼は小遣いをはたいてバナナを10本くらい買い、屋根にのぼって1人で食う。
5本目くらいからイヤになり始め、10本食い終わった時は、2度とバナナを食うまいと決心する。
だが数日過ぎると、再びバナナを食べたくなるのだった。
私もバナナの4,5本を一度に食べてみたいものだと考えた。
だが当時のバナナは高価で、私の僅かな小遣いではとても手が届かない。
果たせないまま、年月が過ぎた。
「バナナ」と言えば、「叩き売り」と応える。
それくらい、昭和20年代後半から30年代にかけて、駅前広場などで「叩き売り「を見かけた。
まさに「フーテンの寅さん」そのままに、広げた1枚の板にバナナを積み上げて、
生まれは台湾台中の 阿里山麓の片田舎
台湾娘に見初められ ポッと色気のさすうちに
国定忠治じゃないけれど 一房二房もぎ取られ
唐丸籠に詰められて 阿里山麓を後にして
ガタゴトお汽車に揺すられて 着いた所がキールン港
キールン港を船出して 金波銀波の波を越え
海原遠き船の旅 艱難辛苦の暁に
ようやく着いたが門司港(みなと)・・・
面白おかしく節をつけて、客を集めていた。
最初は誰も手を出さない。
売り手の男は、
「1000円、いや800円、もってけ泥棒、500円だ」
そこら辺で、
「よし、買った」
今にして思えば、仲間のサクラが声を入れる。
(何故か寅さんの妹もサクラだった)
するとつられたように、
「俺も貰った」「あたしも頂戴」
次々に声がかかり、山はあっと言う間に消えて無くなる。
私は飽きもせず、ずっとそれを眺めていた。
ごく稀に、一杯機嫌の父がバナナの包みを抱えて帰宅することがある。
(ああ、あの叩き売りで買ったな)
大体の想像はつくが、それよりバナナを食べられる方が嬉しい。
父は上機嫌、子供は大はしゃぎ、何故か母は不機嫌だった。
「バナナを腹一杯食いたい」
そんな夢は、30歳を過ぎて叶えられた。
それも、南米エクアドルで。
エクアドルという国名は、「バナナの産地」として昔から知っていた。
だが、そこで1年半暮らすとは想像もしなかった。
ひょんなことから、首都キトーへ。
日本人家庭に下宿していたが、連日バナナが出て来る。
見ると、道端でインディオ(原住民)が幾つか並べて売っている。
大きな1房が1ドル程度だから、主婦にとっては心強い味方。
何かといえば、「バナナケーキ」が出て来る。
たまに外で食事をする。
安食堂でも、スタイルはヨーロッパ風。
前菜が出、スープが供され、メインディッシュ、デザートまである。
バナナは、そのメインディッシュに出て来る。
バナナが主役ではない。
鳥や牛肉と一緒に、「焼きバナナ」が添えられて来るのだ。
このバナナは、黄色い奴ではなく、青いバナナ。
名前も「バナナ」とは呼ばれず、「プラタノ」と言う。
謂わば、「料理用」の甘くないバナナ。
これは、更に安くて一房が50セント程度だった。
「安いんだね」
知り合った日本人留学生に言うと、
「あれは、道端に幾らでも成っているから、木に登ればタダですよ」
わたしが住んだキトーは高度2800mだからバナナは生えていない。
しかし、低地に下れば何処にでもバナナの木があると言う。
とは言え木に登って取って、此処まで運んで来て1ドルでは、採算が取れないのではないか。
「彼らは、普通日給1ドルですから、4,5房売れれば充分なんです」
その時我々はホテルのバーで、1杯3ドルのウイスキーを呑んでいた。
何となく後ろめたい気持ちになったのを憶えている。
1年半のキトー生活で、どれくらいバナナを食べたか。
簡単に計算は出来ない。
100本は下らないだろう。
「私は、一生分のバナナを食べました」
エクアドルを去る時、私は人にそう言い、自分でも思っていた。
ニューヨークに来て、生活し始めても「バナナ」を買うことは先ずなかった。
見ても、何の感興も湧かなかった。
それからおおよそ20年後。
ゴルフを始めた。
アメリカのゴルフは、日本と違い昼休みが無い。
スタートしたら、18ホール終了まで一直線。
4,5時間はかかるだろう。
当然、腹は減る。
が、コースの途中の売店にはろくなものはない。
不味いサンドイッチ、甘ったるいカップケーキ、チョコレート。
そして、何処のゴルフ場にもあるのが「バナナ」。
已む無く1本を買い、プレーしながら、齧る。
食ってみれば、不味くはない。
それに、エクアドル並みとは行かないが、安い。
この3年ほど、肘を痛めてゴルフとは縁が無い。
が、バナナだけはほとんど毎日口にしている。
豆乳と一緒にミキサーにかけて、ジュースにして呑む。
非常に旨いとは言えないが、不味くもない。
バナナは、玉子と並んで価格の優等生だそうだ。
確かに、子ども時代より随分安くなっている。
ニューヨークでも1本3,40セントくらいではないか。
玉子は、「地鶏卵」など随分高価格のものが出回って来ている。
しかし、バナナは安いまま。
私だって、きっと感謝感激しただろう。
あのエクアドルの生活が無ければ,ね。
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( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
>台湾娘に見初められ
もともとはこの部分「土人の娘に見初められ」なんですねぇ〜
傑作
2011/5/22(日) 午前 9:25