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私の住んでいるアパートから北へ10分ほど歩くと、海岸に出る。
大きな橋がかかっていて向こう岸に続いているので、一寸見には大きな川のように見える。
こちらの海岸は護岸で固められているため、ますます川岸のようだ。
だが、これは紛れも無く海であり、名称は「ロングアイランドサウンド」という。
対岸はニューヨークの「ブロンクス区」であり、その右にはコネティカット州が長く東に伸びている。
丁度日本の瀬戸内海のような按配で、常に穏やかな内海状態。
とは言え、海だから魚もいればロブスターもいる。
この海で飯を食っている漁師もいる。
私はほぼ毎日、この海を右に見ながら車を走らせる。
何の変化も無い景色のようだが、毎日変わっているものはある。
それは、「潮位」。
潮の干満は、結構目につく。
大潮の満潮ともなれば、橋を支えている支柱が短くなったように感じる。
そして、海が迫って来るようだ。
干潮時には、逆にその支柱が急に伸びたよう見える。
その差は最大で4、5mはあるだろうか。
日本にいた頃、私は毎日のように新聞の「潮位」欄を見ていた。
その日の、満潮時干潮時を知るためである。
何のためか。
釣に好適な時間を探っているのだ。
ほとんどの魚は、潮の動きに合わせて餌を求める。
潮の動きが止まると、魚の食い気はパタリと止まる。
「そんなバカな」
釣をしない人にそう言うと、きっとこう答える。
科学的ではない、と反論した人もいた。
だが、釣をする人は、ほとんど同意する。
「そうなんだよな。潮が止まると全然食わないんだよな」
だから、釣り人は潮位を確かめて出漁する。
それが出来ないのは、日曜しか休めないサラリーマン。
潮が悪いのを知りつつ、日曜日に海岸に出かけて行く。
「上げ七分(しちぶ)、下げ三分(さんぶ)」という言葉がある。
干潮から満ち始めて七分、大体4時間くらい。
満潮時から下げ始めて三分、約2時間。
この時間帯が釣には一番適している、と言われている。
「大潮、朝まずめ(午前6時前後)、上げ七分から下げ三分の間」
こういう条件が揃えば、釣れなきゃ可笑しい、ということになる。
勿論、それでも釣れない人は山ほどいる。
まあ大体「釣とは釣れないもの」、というのが常識になっているのだが。
干潮満潮は、日に2度訪れる。
そして「大潮」は月が「満月」か「新月」の時と一致する。
数十万年繰り返されている営み。
そして海幸彦の昔から、釣り人には「潮の大きさ、干満の時間」が何より大事だ。
ところが、釣り人でなくとも関心を寄せる人はいる。
「人は満潮時に生まれ来て、干潮時に死んで行く」
そう信じている人も結構多いが、真偽は不明。
太陽、月、地球が作り出す潮の満ち干という現象は、何か人知を越えたものに見えるのだろうか。
「潮の満ち干で分かる、万馬券の取り方」
こんな奇天烈な本の題名を、昔見た憶えがある。
「大潮」ともなると、日本では干満の差は2mを越えるくらい。
だが、世界は広い。
カナダの東海岸、「Bay of Fundy (ファンディ湾)」の最大潮位差は実に15mに達すると言う。
日本から見ると、想像を絶する満ち引き。
漁船は、干潮時の避難港をあらかじめ決めていると聞く。
この近くで荷揚げを見たことがあるが、海面から水揚げ場までの10m近い段差に驚いた覚えがある。
干潮に近い時間。
遥か下方の漁船は、魚が入った大きな籠にウインチのロープを巻きつけている。
合図と同時に、陸上のウインチが唸りを上げてロープを巻き揚げ始める。
日本では先ず見られない光景。
「もたもたしていると、潮が引きすぎて船が砂地に乗って動けなくなるんだ」
そういうことも珍しくないそうだ。
磯釣りに好適な場所は、色々ある。
この釣は、沖にいる魚を岸近くにおびき寄せて釣り上げる。
だから何と言っても、沖に突き出した岩場が人気の場所。
稀には、干潮時にしか渡れないような岩もある。
干潮時に渡り、次の干潮時に戻って来るという仕組み。
岩場にいる間に海が荒れだしたら、事は面倒だ。
腰や胸まで水に浸かるのを覚悟で、戻ることもある。
戻りきれないと、遭難ということで新聞記事になることもある。
だから、「潮位表」と「天気予報」は釣人には必須。
今日もまた、何時もの道に車を走らせている。
橋の支柱が、中ほどまで水没している。
今は、潮が上げている時刻。
もう少しで、「上げ七分」になる。
良い釣が出来そうな潮だなあ。
「Armchair angler (肘掛椅子の釣師)」は、日本の磯を想い描く。
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アラスカのアンカレッジに行った時、日本にいる時のように船から岸壁に出て外出しました。
夕方帰ってくると船がいない。大きな船だからいないのは直ぐ分かる。岸壁の端まで近寄ると下の方に船がいました。
2011/9/29(木) 午前 7:26