還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「絶世の美女、美男」

「絶世の美女」という言葉は、もうほとんど聞かれない。
「絶世の美男」は、もっと前から言われなくなった。
別に「絶世の美男美女」が姿を消した、ということではないだろう。
人の価値観が多様化して、基準が定められない、というあたりだろうか。
「あの人こそ、絶世の美女」「彼こそ、世界一の美男」
人それぞれに、勝手に決めていれば良い、という時代の風潮かも知れない。

「クレオパトラ」「楊貴妃」「トロイのヘレン」
これが、世界の三美人と、昔聞いた覚えがある。
日本では、「トロイのヘレン」の代わりに「小野小町」が入ると言うが、どうだろう。
日本人の愛国心が微笑ましい、と想わざるを得ない。
第一、その誰もが伝承の中でしか知られていない。
「クレオパトラの鼻がもう1cm低かったら、世界の歴史は変わっていただろう」
これも有名なことわざだが、これだって後世の人が拵えたもの。
「トロイのヘレン」は、あのトロイ戦争の発端ということで有名だが、実物は誰も知らない。
「楊貴妃」は、美人と言うより国を滅亡させた、という点で名を残している。
要するに、実物を知らない人たちが作り上げた「お話」の中の美女たちである。

だが、20世紀に入って、「写真」が発明された。
肖像画や伝説とは異なり、これには異議の唱えようがない。
写真技術の進歩と相俟って、人々は「世界の美男美女」を間近で見るようになる。
映画スターは、いち早く偶像として憧憬の目で見られる存在になった。
ビビアン.リー、エリザベス.テイラー、イングリット.バーグマン、グレース.ケリー。
男優では、ケーリー.グラント、ロバート.テイラー、ゲイリー.クーパー、アラン.ドロン。
皆一世を風靡した美男美女であり、日本にも多くのファンを持っていた。
いや今でもファンだ、という人も多いだろう。

だが、彼ら以前に、彼ら以上の人気を誇る「美男美女」が存在した。
それが、「ルドルフ.バレンティノ」であり、「グレタ.ガルボ」である。

ルドルフ.バレンティノは、1926年に31歳の若さで世を去っている。
だが、その人気は空前絶後だった、と言う。
イタリー生まれだが、18歳でアメリカに渡る。
ダンサーとして人気を得、ハリウッドで俳優に転身。
アラブ系とも見える容貌で、熱狂的なファンを獲得する。
代表作は「血と砂」で、大ヒットだったそうだ。
だが、マフィアとの関係も囁かれ、派手な女性関係も多かったらしい。
主演脇役を含め僅か12本の無声映画に出演しただけだが、日本でも上演されている。
つまり、日本にも「バレンティノ」のファンは大勢いたわけだ。
そして31歳で、胃潰瘍の手術の経過が悪く死去。
葬儀には10万を越えるファンが詰めかけ、後追い自殺者も出たと聞く。

彼が住んだ邸宅は、死後レストランに変身。
私のアパートのすぐ近くに、今でも営業中だ。
「バレンティノス オン グリーン」
白が基調で、緑で縁取りしたいかにもアメリカ的な木造建築。
クリアビューゴルフコースの隣、ロングアイランドサウンド湾を見下ろす丘の上に建っている。
マフィアが絡んで幾度か揉めた歴史はあるそうだが、今は正常なオーナーらしい。
「あんな名前つけたって、知っている人がもういないよ」
確かに死後85年では、名前のインパクトは薄いだろう。
私だって名前こそ知っているが、1本の映画すら観ていない。
でもまあご近所のよしみで、傍を通る時は何となくそのレストランを眺める。
訪れて食事をしよう、という気は起こらないが。

「絶世の美女」と言われた女優は、幾人かいる。
しかしエリザベス.テイラーやグレース.ケリーあたりが最後ではないだろうか。
今活躍している女優たちを見ると、美しさの質が変化して来たような印象がある。
誰が見ても「美人」というタイプではない。
ある角度で見ると、「えー、これが美人?」という大女優さえいる。
つまりこれが「個性」の時代なのだろう。
ジュリア.ロバーツ、メリル.ストリープ、二コル.キッドマン、アンジェリーナ.ジョリー。
列挙してみても、「なるほどなあ」という感想には至らない。

だが、かつては「文句なしに世界一」と言われた美女がいた。
グレタ.ガルボという名前を、聞いたことがあるだろうか。
1905年スエーデン生まれ。
アメリカに来て、人気が沸騰した。
無声映画で出発したが、「トーキー(音声映画)」の到来を生き残る。
今まで彼女の声を知らなかったファンは、そのハスキーボイスにさらに熱狂したと言う。
「神聖ガルボ帝国」と言う渾名さえつけられた。
完璧な美貌、と言われたそうだ。

その彼女は、1941年に引退してしまう。
容貌の衰えを怖れた、と言う説もある。
人気の下降を察知して、自ら身を引いたとも言われている。
彼女はそれ以来、公の場には現れていない。
1954年に「アカデミー特別賞」を与えられたが、本人は出席していない。
噂は多かったが、生涯独身を通した。
1953年以来、1990年に死去するまでニューヨークのイーストサイドに住んでいた。
東52丁目だったらしい。
私は、1989年まで東59丁目に住んでいた。
いわば、「お隣さん」。
彼女は、頻繁に近所を散歩していたそうだ。
興味を持った人の後をつける、探偵のまね事をしていたというから面白い。
すれ違ったこともあるかも知れない。
親近感も湧くではないか。

「世界一の美女」の近くに住んで、その後「世界一の美男」の近くに住む。
「それがどうした」と聞かれるとちょっと困る。
だが、これはなかなかのことではないだろうか。
まあ、ニューヨークに住んでいれば、こういう人は多勢いるのだろうが。
出来れば実物に逢ってみたかった、と想うことも無い訳ではない。
「なーんだ」
そういう結論になる可能性はあるが…。

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たまたまTVをつけてから、クラシックの映画ばかりだけ放映するTCMというケーブル局で、グレタ・ガルボの「アンナカレーニナ」を見てから、映画最後の彼女の顔を見ていた私は、若い彼女のお顔を拝顔して、この世のものとは思えない美しさに、うっとり。
グレタ・ガルボでグーグルしたら、貴方のブログがヒット。
私もNY在住です。
来週の土曜日の午後に、彼女主演の「椿姫」が放映だそうで

2012/10/14(日) 午前 11:54 [ NY de OL ]

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彼女はイーストサイドの50丁目付近にすんでいたとのこと。
私は50丁目に住んでいましたから、何処かで「世界一の美女」と接近していたんでしょうね。気づかず残念です。
今後ともよろしく

2012/10/19(金) 午前 8:30 [ masterswimmer ]


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