還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「大相撲」の未来

大相撲九州場所は、白鵬の優勝で終った。
見るともなくテレビ放映を観ていたが、客席に空席が目立つ。
全景を映さないのは、NHKの「武士の情け」か、などと勘ぐってしまう。
福岡開催は年一回、11月と決まっている。
そして、九州は相撲人気の高い所。
全国大会の常連の高校も多い。
それでいてこの体たらくならば、相撲の不人気はかなり深刻なのだろう。

以前にも書いたが、私は小学生の頃は相撲ファンだった。
忘れもしない、昭和29年初場所。
大関吉葉山が15戦全勝で初優勝。
場所は、蔵前の旧国技館。
私は、その日生まれて初めての相撲見物に行った。
折りしも降り出した、雪の中の優勝パレード。
9歳の小学生は、一発で吉葉山の大ファンになってしまった。
もっとも吉葉山は弱い横綱で、それっきり優勝はないまま引退。
私も何となくずるずると応援はしていたが、張り合いないことこの上なし。

それ以降、「栃若時代」「柏鵬時代」「貴輪時代」色々あったが。
それほど熱くなることは、最早なかった。
何となくテレビがついていれば観るが、誰を応援するでもない。
まあ、野球の方に気持ちが奪われていたのだろう。
長島、王、といった時代のヒーローが輝いていた時代だった。

「プロレス」という、一方の旗頭的な人気番組もあった。
丁度テレビ普及時代に呼応するように、茶の間の人気を浚った。
「力道山」を筆頭に、木村政彦、東富士、遠藤、豊登、など多士済々。
思い切り入れ込んでいる友だちもいたようだが、私は何となく醒めていた。
(所詮は、なあなあの試合に決まっている)
本気でやったら、大怪我すること間違いない。
世間でも、そういう見方をする人が多かったように思う。
それでも、巨体がぶつかり合うのは面白い。
NHKはとうとう最後まで放映しなかったようだが、民放は争って「プロレス」を流した。
だが相撲と異なり、「プロレス」団体の集合離散が年中行事になり、今に至るまで統一はされていない。

「相撲」だって、「プロレス」と同じような「なあなあ」的な匂いがなかった訳ではない。
考えてみれば、すぐ分かることだ。
精々20前後の部屋に、大勢の相撲取りが分散して所属している。
寝起きも稽古も、食事も娯楽も一緒。
兄弟子が威張り、竹刀で殴りながら稽古をつける。
その代わり、休みには引き連れて呑みに行ったりする。

昔は、相撲部屋も系統別になっており、本場所では同じ系統同士は当たらない。
だから、組織の大きい「高砂系」「出羽海系」「二所関系」所属の力士の楽なこと。
同じ横綱でも、出羽一門の千代の山と栃錦は取り組まない。
それ以前、立浪一門の双葉山と羽黒山も本場所ではぶつかっていない。
例外として優勝決定戦のみ、一門同士でも取り組むことになっていた。
だが、誰もそれに異を唱える人はいなかったようだ。
と言うより、「そういうもんだ」と誰もが思っていたのだろう。
「兄弟同様に生活して来たんだから、相撲を取らせるのは酷だ」
あの時代の感覚は、それが普通だったのかも知れない。
それが非難されて、一門内でも取り組むようになったのは昭和40年(1965年)の初場所から。

「部屋別総当たり制度」が導入はされたが、相撲がそれほど変わったとは思えない。
最初のうちは、目新しい取り組みに湧いたが、時が経てば似たようなもの。
ひとつだけ「大いなる進歩」と私が考えているのが、「立会いに両手を下ろすこと」。
昔の「栃若」や「柏鵬」の古いフィルムを観ると驚くが、ほとんど手をついていない。
ひどいのになると、膝くらいまでで立ってしまう。
よく今日のように、きちんと両手を突くルールを確立した、と褒めてやりたくなる。
これが出来るのだから、「八百長」を無くすのなんか朝飯前だ、とも思う。
だが、どうもそこが違うらしい。

先ず、基本的に「八百長が悪いことだ」とは、誰も考えていない。
考えてみれば、当たり前の話だ。
1年に90日、つまり4日に一回、本気でぶつかり合いが出来るものだろうか。
以前は、年3場所だった。
それも11日制。
年間33回、本気でぶつかっていれば良かった。
今の3分の1だ。
勿論、地方巡業などで相撲は取るが、ガチンコではない。
「一年を 十日で暮らす 良い男」
こういう川柳もあったということは、もっと取り組みの少なかった時代もあったのだろう。

終戦後、大相撲も改革の波に洗われた。
1場所15日、年4場所になり、名古屋と福岡は準本場所とされた。
準本場所とは、15日間の取り組みはあるが番付には影響しない。
だが高まる相撲人気に、この2箇所も本場所に組み入れられた。
年6場所、90日間。
儲かって笑いが止まらないのは、経営陣だけ。
力士は、完全な消耗品に成り下がった。
怪我をすれば、番付はどんどん落ちて行く。
十両までは「関取」扱いで、給料も出れば付け人もつく。
だが、幕下に落ちれば、無給の「取り的」扱い。
実はこの十両のラインが、「天国と地獄」の境界線なのだ。

一度十両まで上がれば、月100万以上の給料が出る。
だが幕下に落ちれば、それはパー。
言うなれば、金を払って十両の地位を保っていれば、収入は保証される。
助かりたい人と助けたい人、ツーと言えばカー、若しくは阿吽の呼吸か。
1勝で十両に留まれる、となったら人間は何でもするのではないか。

「八百長」がいつの間に、こんなに悪いことになったのか。
テレビ番組のインタビューでは、
「やっぱり正々堂々と相撲をとって欲しい」
「八百長は許せない」
局側の意向なのか、そういう声が圧倒的に多い。
日本人がこんなにも「正々堂々」や「真面目な取り組み」が好きだったとは、少々驚きだ。

引退寸前まで圧倒的な人気を誇った魁皇。
彼は大関65場所中、「8勝7敗」というやっと勝ち越しが14場所ある。
2009年度など6場所全て「8勝7敗」。
「9勝6敗」も含めれば、実に24場所。
だが、NHKや評論家がこのことを指摘した、と聞いたことはない。
色々な理由はあるだろう。
外国人力士に占められた横綱大関の中で、たった一人の日本人力士。
傷だらけの体で、何とか大関の地位に頑張っている。
とても非難など出来ない、といった辺りではなかろうか。

「八百長問題」で、多くの力士が角界から去った。
「八百長」ではなく、「野球賭博」に関係したという理由でも馘首された。
そして、多くの力士が生き残りもした。
「関与」はしたが「罪が軽い」から、番付を落とすという罰で済んだ者もいる。
親方にも、追放や格下げ、謹慎などの処罰が下された。
だが、何となく歯切れが悪い。
そして早々と蓋をして、後は嵐が過ぎ去るのを待っている、という風情。
だが、大衆は馬鹿ではない。
九州場所の不人気が、それをあらわしている。
「琴将菊」を何とか人気者へ、と目論んだようだが、それほど成功していない。

何故、3月場所の段階で、理事長以下全員で詫びなかったのか。
「八百長」は相撲界の体質であることを認め、それを許してきた協会が懺悔すべきではなかったか。
そして一人の追放もせず、全てをひっくるめてやり直すことを宣言すべきだったと私は思う。
立場の弱い力士に責任をなすりつけて、自分たちは清廉潔白のようなふりをする。
白々しい協会の挨拶や、NHKの解説には全く鼻白んだ。
その時思い出したこと。
「秘書がやった」「妻に任せていた」
収賄などの嫌疑がかかった時、代議士や大会社の経営陣が一様に口にする言葉。

考えてみれば、このやり口は日本の伝統だったのかも知れない。
とすれば、「日本の国技」相撲を経営する連中がとった態度は、それに相応しいものだったとも言える。
技にだって、「猫だまし」とか「けたぐり」とか、結構汚い手もあるし。

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モンゴル相撲協会になったので観ません。
国技館でやったので相撲は国技らしいが、日本人だけの相撲協会にして欲しい。外人が出る相撲は観たくない。

2011/12/6(火) 午前 3:00 フクロウの宿

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一度受け入れた外国人を、今から排除するのは難かしいでしょうね。
「年寄り」を日本国民に限定しているのだって、そのうち内外から批判が出て来ると思いますよ。
とにかく「行き当たりばったり」の協会の経営方針が最悪です。

2011/12/6(火) 午前 7:03 [ Masterswimmer ]


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