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「海鳴り」という現象がある。
私はこれを、「波止場などでマストや電線に風が当たって発する音」だ、と思い込んでいた。
思い込んだ理由は、石原裕次郎だ。
別にファンではなかったが、彼の持ち歌「錆びたナイフ」の中に、
「海鳴りはしても 何も言わない…」というフレーズがあった。
歌謡曲に出て来れば、何となくロマンチックだと考えても仕方がないだろう。
波止場で時折聞く、「ヒュルヒュル…」が「海鳴り」だと考えたのだ。
実は、全然違っていた。
「海鳴り − 暴風雨などの前兆として海上から鳴り響いて来る。 うねりが海岸で崩れ発生する。」
つまり、そんな生易しい音ではなく、もっと大きな「ゴロゴロ」と言うような音であるらしい。
今は亡き裕次郎は、知っていただろうか。
で、何故「海鳴り」が出て来たかと言うと、私には「耳鳴り」という持病があるからだ。
「海鳴り」と「耳鳴り」。
音は似ているが、中味は随分異なる。
「耳鳴り」は、耳の奥底でいつでも静かに小さな音を発している。
初夏、一番先に鳴き出す「ちいちい蝉」のような鳴き声、と言えば分かるだろうか。
秋の「虫の声」にも、似た響きのものがある。
「細い金属音が切れ間無く続いている」と言えば、一番近いかも知れない。
「何故耳鼻科の医者に行かないの?」
この持病を知った人は、大抵そう言う。
だが、私は耳鼻科の医者にかかったことがない。
ニューヨークにも、日本人の耳鼻科は、少ないがある。
行けば勿論診察をし、処方箋を書き、次回の予約をするだろう。
しかし、行ってないから、処方箋も予約もない。
別に、医者を信用していないわけではない。
まあ実を言えば、あまり信用していないけれど。
私が最初にこの「耳鳴り」に気づいた時、すぐ
「ああ、これは多分一生付き合うことになるんだろうな」
深い理由はなかったが、そう感じた。
ウエブで調べてもみた。
「耳鳴り」にも幾つかの種類があるようだ。
「自覚的耳鳴り − 本人にしか聞こえない。 慢性化した耳鳴には、漢方薬の内服、安定剤の内服、局所麻酔薬の注射、鍼灸などの民間療法などが行われるが、確実にこれを消失させることはしばしば困難である。
難聴を伴うことが多く、その場合は外的治療を受けることが望ましい。
「他覚的耳鳴り − 他覚的耳鳴は外部からも聴取可能な、実際に聞こえる耳鳴である。その 正体としては、大小の筋肉の痙攣や、血管病変の拍動などが知られている。」
どうみても、私のは「自覚的耳鳴り」である。
しかも「難聴」の気配は全く無い。
それでも、「確実に消失させることはしばしば困難」な症状であるらしい。
で、此処からは私が考えた対処法。
医者に行っても、大した治療は出来ないだろう。
だが商売上「駄目」とは言わないで、通院を勧め、何らかの薬を処方するだろう。
それは恐らく効果が無く、私は段々行くのが億劫になり、止めてしまうだろう。
だから、最初から行かない方が正しいのではないか。
そう考えてから、10数年が経過した。
状況は何も変わっていない。
「ちいちい蝉」か「秋の虫」は、文字通り十年一日の如く鳴き続けている。
稀に大きく聞こえ、稀に弱々しくなる。
だが、消え去ることはない。
医者には行かないと決めてからも、私は微かな望みを持っていた。
ある日突然現れた症状なら、ある日突然消え去っても不思議ではない。
だが、「耳鳴り」はよほど居心地が良いのか、私の両耳から立ち去る気配はない。
かかりつけの医者に相談したことがある。
内科が専門の彼は、
「難聴の気配はないんでしょう?」
尋ねながら、聴力検査をやってくれた。
何の異常も見受けられない。
「それほど不自由を感じないなら、様子を見た方がいいかも知れませんね」
「勿論、自然治癒ということはあり得ますよ」
残念ながら「自然治癒」には至っていない。
かと言って、悪化している風でもない。
まさに十年一日、同じ状態が続いている。
私くらいの年齢になると、真の健康体の人は少なくなる。
糖尿、心臓、肝臓、胃をはじめ、胆石だ前立腺だ、枚挙に暇が無い。
膝、腰、肩だって、数十年の酷使に悲鳴を上げている。
そう考えると、小さな「鳴き声」なんて可愛いものではないか。
考え方を変えれば、この程度で済むなら有難いとも言える。
私は、腰も膝も今のところ問題は無い。
糖尿も心臓も肝臓、胃だって何とか平常を保っている。
何らかの故障を抱えて苦吟している同年輩の諸兄に比べれば、感謝すべきことだろう。
耳に微かな音がこびりついているくらい、文句を言ってはバチが当たる。
音楽を聴くときはどうか。
クラシックであれジャズであれ、何にも不自由は感じない。
ただ、音楽が終わり静寂が戻って来ると、「耳鳴り」も戻って来る。
「ああ未だいたんだな」と、気づく。
後何年の人生かは分からないが、長くたって20年が精々だろう。
居たいなら、付き合ってやろうじゃないか。
半ば開き直った心境の最近である。
開き直ったら消えるかな、とほんの少し考えてはいるが。
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2012/1/6(金) 午後 6:44 [ nennen_nenta ]