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我が家には、小さなベランダが付いている。
幅5,6m、奥行き2mほどのささやかなものだが、ふだんは物置になっている。
他の家にも必ずこのベランダはあるが、見るとほとんどは物置のようだ。
白っぽいテーブルに2脚の椅子は見えるが、人は滅多に見かけない。
我が家にも、テーブルと2つの椅子はあるが、汚れていて座ることは出来ない。
まあ、あるけれどほとんど役に立たない、という代物。
だが、今このベランダは急に脚光を浴びている。
それはいささか大袈裟だが、毎日のように主人(私のこと)が出入りしている。
最低朝晩に2回、戸を開けてベランダを覗く。
この2週間ほど、日課のようになっている。
覗くだけではない。
小さなスプレーのようなもので、水も撒いている。
アメリカ生活36年にして、初めてのことだ。
先日日本に帰ったおり、100円均一の店に行った。
別に何が欲しくて、という訳ではないが、結構面白い。
これが100円か、と驚くようなものもある。
ちゃちな造りだが、100円と思えば「ダメ元」と割り切って買える。
「束子」や「ところてん突き」、「お茶パック」などを買い込む。
店内を歩きながら気づくと、「種苗コーナー」がある。
「茄子」や「トマト「「胡瓜」から色々な薬味野菜の種。
やはり「ダメ元」で、「青じそ」と「葉ねぎ」を1袋づつ買い込んだ。
ニューヨークでは、ほとんどの日本のものが入手出来る。
だが、やはり日本のようには行かない。
「青じそ」は日系スーパーにしかないし、「みょうが」や「柚子」もない。
ないと欲しくなるのは、人間の情。
とくに「ソーメン」などを食べる時、切実に感じる。
「刻み葱」と「おろし生姜」で食べるが、何となく物足りない。
(此処に「青じそ」と「みょうが」があればなあ)
「生姜」が欲しくて、ニューヨークまで長距離ドライブをして来る人もいると聞く。
そもそも「ソーメン」がないから、日本から送ってもらう、というブログを読んだこともある。
そういう方には申し訳ないが、これは人間の性(さが)であろう。
実は「みょうが」は、「あるけれどない」若しくは「ないけれどある」のである。
3,4年前、家人の親しい人が自宅を売りに出した。
かなり高齢になったので、家をたたんで然るべき施設に入る、ということだった。
彼女の庭には、大きな「山椒の木」と、「みょうが」の畠がある。
「欲しかったら持っていって良いわよ」
そう言われたが、生憎のアパート暮らし。
「山椒」は無理だが、「みょうが」は別の友人の家に移植することにした。
20本ほど泥付きのままクルマに積んでその庭に運び、隅に植えた。
「みょうが」は結構強い植物で、ちゃんと根付いている。
だが如何せん、その家は結構遠い。
我が家から車で40分ほどかかる。
「ソーメンでも食おうか」
と考えてすぐ車を走らせる距離、とは言いがたい。
また、「みょうが」の帰属も少々微妙になって来た。
持って行って植えた時は、私の「みょうが」という感じだった。
1年2年経つうちに、そこら辺が曖昧になって来る。
この友人は別に「みょうが」好きではないし、夫はイギリス人。
だから「みょうが」がなくても困らない。
と言って、大手を振って庭に入り込み「みょうが」を掘り出すのはちょっと、というところがある。
何となく行きそびれることも多く、精々年に1,2回「みょうが」を分けて戴く、程度になった。
まあ、ガソリン代の高騰という思わぬファクターもある。
こうして「みょうが」は、どんどん縁遠い存在と化した。
日本で購入した2袋の「薬味野菜」は、そのままでは育たない。
近所の大型スーパーへ行き、プランター2つと土を買い込んで来た。
以前あったはずの小さな「シャベル」は、何処かへ姿を消している。
已む無く「しゃもじ」で代用させ、土を掬ってプランターに入れる。
一つには「青じそ」の種を少し撒き、日付を書いたプラスチックの札を立てる。
少しづつ日をおいて撒き、収穫期を長くしようという深慮遠謀。
もう一つのプランターにも、同様に「葉ねぎ」を撒いた。
ついでに買い込んだ「バジル」は、前からあった植木鉢に種を撒く。
パスタには不可欠のアクセントだ。
それから、私の「観察日記」状態が始まった。
毎朝、小さなスプレーで水をやる。
「あのねえ、こういう種では芽は出ないって聞くわよ」
黙って見ていた家人が、ポツンとそう言う。
「やっぱり鉢植えになったのを買う方が、良いみたい」
今更そんなことを言われても、手遅れだ。
「ハヤクメヲダセ カキノタネ ダサヌトハサミデ チョンギルゾ」
子供の頃読んだ「猿蟹合戦」を思い出しながら、水をスプレーで撒く。
5,6日経った頃。
何時ものように水を撒こうと、プランターを覗いて見た。
と、黒い土の中に、小さな緑の点が見え隠れしている。
まだ薄い、文字通りの早緑。
大感激、とは言わないが、結構嬉しい。
何時もより多めに水をやる。
これは「葉ねぎ」の方だ。
「青じそ」はどうしているのか。
さらに2日ほど後。
「青じそ」にも、小さな緑の点が頭を出して来た。
そして、「バジル」にも小さな芽が幾つか覗いている。
なんだなんだ、結構やるじゃないか。
「どうだ、ちゃんと芽が出て来たぞ」
そう言うと、家人は、
「まだ芽でしょう。大きくなるかどうか、これからよ」
大して面白くもなさそうだ。
まあ彼女には、ソーメンに「青じそ」があるかどうかは大した問題ではないのだろう。
この数日間、朝一番にプランターを見るのが面白くなって来た。
「青じそ」や「葉ねぎ」の芽が出たくらいで、こんなに楽しいものなのか。
松井秀喜やイチローを育てたコーチは、どれだけ嬉しかったろう。
まあ、「青じそ」や「葉ねぎ」よりは苦労が大きかっただろう、とは思うが。
だが私には、「青じそ」や「葉ねぎ」を刻み入れてソーメンを食う楽しみがある。
ヒデキやイチローからは与えられない楽しみだ。
「薬味野菜」はマイナー落ちもしないし、ね。
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はじめまして。初めてブログを読ませていただきました。私もソーメンには青じそだと思います。立派に育つといいですね。
ところで、突然で恐縮なのですが、以前の記事で、百人一首サークルのことを書かれていましたが、まだ、その活動は行われているのでしょうか?NYに来て8年。百人一首をしたいなあ、と思ってGoogle検索していたところ、このブログにたどり着いた次第です。
2012/6/5(火) 午前 6:36 [ goshi ]
「百人一首」は強力なメンバーが亡くなり、存亡の危機です。
参加ご希望であれば、大歓迎されると思います。
よろしければその旨ご連絡下さい。
2012/6/7(木) 午前 3:29 [ Masterswimmer ]
ありがとうございます。お仲間に入れていただけるのであれば、とても嬉しく思います。私は子供のころから百人一首に慣れ親しんでおり、NYにきてからカルタをする機会がなくて、とても残念に思っていました。
2012/6/14(木) 午前 8:02 [ goshi ]
よろしければ、メールアドレスを送っていただけますか?
主催の方と話して、ご連絡差し上げるように手配します。
2012/6/14(木) 午前 8:41 [ masterswimmer ]