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ニューヨークと言わず、アメリカを訪問する日本人が悩むのが「チップ」。
レストラン、タクシー、ホテルのベルボーイは勿論、デリバリーや美容院でも必要。
ほとんどは小銭だから、常に数枚の1ドル札やコインを持っていなければならない。
又、彼らのサービスが完全に終了してから渡すのでは野暮。
終ると同時に、さり気なく人目につかないように渡すのが粋。
言うなれば、握手でもする感じで渡せれば上々。
だが、いつもそんなことを考えているわけには行かない。
さらには、渡す必要のある場面かどうか、の判断も難しい。
それが嫌でレストランには行かず、デリで買った食べ物で済ませた、という話も聞く。
私はニューヨークに住んで36年になるが、まだ完全に飲み込んでいるわけではない。
(此処は、チップが必要かな?)
そんな戸惑いもしばしば。
何とかこなせているのは、年月が醸成した「慣れ」の賜物だろう。
「たかがチップ」とは思うが、「されどチップ」とも思ってしまう。
なんせ相手は、それで飯を食っている連中。
部屋から立ち去ろうとしないベルボーイに、はっと気づいて渡したこともある。
空港のポーターにも、金額が不足で荷物を放り出していなくなる奴もいた。
こういう露骨な例は、所詮そういう輩と思えば気も済む。
「チップ」と言えば、何といってもレストラン。
観光客でも、これを省略しようとする人は先ずいない。
観光案内にも、「タックスの倍、15〜20%が目安」などと記されている。
ニューヨークの消費税は8.875%だから、2倍で17.75%になる。
「え、そんなにチップが要るの?」
と尋ねたのは、二昔くらい前の話。
日本の消費税も、8%から10%になろうという時代だ。
「結構安いんだね」
に代わるのも、そう遠いことではなさそうな気さえする。
しかし、此処は「生き馬の目を抜く」ニューヨーク。
先ず請求書を調べた方が、良さそうだ。
店によっては、18%のサービス料を既に書き込んでいることが結構ある。
「あ、もうサービス料は戴いております」
と言ってくれる良心は、あまり期待出来そうもない。
「してやったり」とほくそ笑む、性質のよくない連中も盛り場には多い。
タイムズスクエア周辺は、要注意の店が多いとも聞く。
「チップ」の問題点は、その性質が曖昧な点。
「良いサービスには多めに、普通には平均を、悪いサービスには少なめに」
これでは何の参考にもならないだろう。
席に着いたら、水が来てメニューが来る。
フレンチやイタリアンならパンが置かれ、飲み物を尋ねるだろう。
飲み物が来て暫くすると、オーダーを取りに来る。
普通此処で「本日のスペシャル」をべらべらまくし立てて、行ってしまう。
3,4分後戻って来て、注文を取りにかかる。
「Good choice(良い組み合わせですよ)」
などとお世辞を言う時もあるが、これはサービスとは言えない。
良いサービスをひと口で言うのは難しいが、
「客の望みを聞き出し、メニューから選び出す」
「組み合わせがおかしかったら、それなりの提案をする(オードブルもメインも鶏などという場合)」
「客の食事のスピードをチェックして、キッチンにオーダーを入れて行く」
「足りないものがないか、常に目を配っている」
考えられるのは、こんなところ。
これくらいでは、「とても良いサービス」とは呼べない。
となれば「普通のサービス」が受けられれば、文句のないところ。
だが、「悪いサービス」ならどういう場合でもあり得る。
「頼んだものが、出てくるのが遅い」
「テーブルについている人たちの注文したものが、ばらばらに来る」
「文句を言おうにも、全くこちらを見てくれない」
ここら辺が、客の不満のトップ3だろう。
ところが困ったことに、今マンハッタンのレストランでは、こういうサービスが珍しくも何ともないのだ。
そして客は、機械的に15〜20%を置くようにしつけられてしまっている。
「チップ」本来の意味が、何処かへ行ってしまったということ。
「坊主のお布施」「神社の賽銭」「植木職の手間」「相撲の祝儀」
どれも「相場があってない」代物。
そしてそのどれもが、今や廃れかかっている。
「チップ」とか日本の「心づけ」も、似たような立場にある。
今では多くの国で、「サービス料」を勘定に入れるシステムに変えた。
アメリカだけが、純粋に「チップ」のみの方式を守っている。
だがこの「チップ」にも、変化は見えている。
先ず、20年ほど前に「課税対象」に指定された。
それ以前、「チップ」は非課税であって、言わば全てが収入になっていた。
景気後退期のアメリカは、これに目をつけ強引に取り込んだ。
店の売り上げの8%を、「チップ」収入として各従業員に課税。
有り難味が薄れた分、サービスの質が低下している、とも言えるかも知れない。
「チップはサービスを引き出す」、と昔は言われた。
だが、必ず貰えると思えば無理に微笑む必要もない。
はっきり言えば、制度が堕落しつつある。
サービスは、客を心地よくさせるためにあるはず。
そして「チップ」は、その心地に対して払われるもの。
今のニューヨークで、そんなサービスを受けるのは稀だ。
多くの国が、「チップ」をやめて「サービス料」に切り替えたのは、そこら辺にも理由がありそうだ。
アメリカという国は、自国の制度は常に優れていると考えている。
「過信」に近い。
「民主主義」がその最たるものだが、他にもいろいろある。
「ヤードポンド法」でも書いたが、他国に従うことを良しとしない。
「アメリカが守っているシステムは、他国の範になるもの」
確かに、過去にはそういう事例もあった。
少なくとも、日本は戦後アメリカ式民主主義で発展した。
だが、それで失敗した例も幾つもあるのはご存知の通り。
「チップ制度は、サービスの競争システムだ」
「サービスが良ければ客が集まり、店は大きな収益を上げられる」
まあ理屈はそうだが、現代はそう単純ではない。
繁盛するレストランは、幾つかのプラス面が絡まりあって客を集めている。
サービスだけでは、行列は出来ない。
そう考えたところに、今日のアメリカの停滞の原因があるのではないだろうか。
なんて、少々大袈裟に過ぎたかもしれないが。
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関連から来ました。気に入った記事ですので、コメントを残させていただきました。本記事、ありがとうございました。
2014/7/27(日) 午前 10:50 [ 桃実 (Momomi) ]