還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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ノーベル賞を受ける、ということは今や「男の本懐」のようである。
他にも色々賞はあるが、何と言っても「ノーベル賞」らしい。
オリムピックの「金メダル」と、似ていないこともない。
日本人は「ランク付け」が好きだから、その傾向が一層強くなる。
世界選手権で勝とうと、文化勲章を受けようと、それは2番手。
やはり「ノーベル賞」か「金メダルでないと、満足出来ないようだ。

その「ノーベル賞」を受けた京都大学の山中教授は、なかなか好もしい人格のようだ。
勿論会ったことも、話したこともない。
彼の業績に関して、知ることもほとんどないに等しい。
では何故、「好もしい人格」と思ったのか。
それは受賞の時の、彼の行動に拠ることが大きい。

話は古くなるが、受賞が知らされた時、山中教授は洗濯機を修理していたそうだ。
幾度も報道されたから、間違いはないだろう。
「洗濯機を直していたら、電話がありました」
教授は、修理中の手を休めて受賞の報せを聞いたのだろう。
なかなか良い話だった、と私は聞いた。

だがその感慨は、長くは続かない。
翌日か翌々日か、テレビや新聞が一斉に報道を始めた。
田中真紀子という、野田内閣の文部科学大臣が、
「そんな偉い科学者が洗濯機を直すなんて、大変お気の毒だと思う」
「出来れば、この内閣で資金を募って新しい洗濯機を贈りたい」
という彼女の提言に、反対意見もなく全会一致で「贈与」が決まったそうだ。
実際に贈られたかどうかは、知らない。

私はこの話を読んだり聴いたりして、つくづく思った。
「女は、結局『男』を理解することはない」
私は、田中真紀子がかの田中角栄の娘だということは、勿論知っている。
角栄の莫大な遺産を引き継いで、広大な住宅に起居していることも聞いている。
だが、彼女が知っている男は、所詮父角栄と夫田中某しかいない。
おそらく、山中教授は彼女の知らない男性のタイプなのだろう。
そして私が見るところ、教授はごく普通の男性の要素を多く持っているのだと思う。

洗濯機が壊れた時、「買い替え」を考えるのは普通の発想だろう。
使い捨ての思想が充満している現代であれば、それは当たり前を通り越している。
しかし、それを「直したい」と考えるのは、男として珍しくない。
男の子には、機械を壊し組み立て直すことを楽しむ時期がある。
昔は、それは経済的なメリットをもたらした。
家庭にある小さな機械を直した時、少年は大きな満足を得る。
母の感謝の笑顔をも、その満足に含まれるだろう。
それが少年を、科学者への道を選ばせたかも知れない。
そんな大袈裟なことでなくとも、男の子は機械をいじるのが好きだ。
恐らく山中教授の「洗濯機修理」も、その範疇の事柄だと思う。
「直したよ」と、妻にちょっと誇らしく言いたい。
何処にでもある機械いじり好きの夫の、何処にでもある日常。
違うのは、その夫が「ノーベル賞」を受けたということ。

かく言う私も、物を分解したり組み立て直したりするのが好きだ。
分解したまでは良いが、組み立てが出来なくなって諦めたことも幾度かある。
「ノーベル賞」の足許にも行き着かない。
それでも、何度か成功させた。
卑近なところでは、「行平鍋」の柄。
片手鍋の柄は木製であり、「ネジ」でとめられている。
この「ネジ」を埋めた部分が、年月と共に緩くなり最後はとれてしまう。
そこで、別の部分に「ネジ」を刺し直す。
暫くは使えるが、又緩くなる。
又、別のところに「ネジ」を刺し込む。
年とともに、柄は古い穴だらけになり、最後は刺すところがなくなってしまう。
「もうこれはダメね」
家人はあっさりそう言うが、私は未だ諦めない。
柄に似た木屑を手に入れて、削って形を整える。
それを同じように差し込んで、「ネジ釘」を嵌めれば前と同じ。

「行平鍋」以外にも、色々修理して再使用に漕ぎつけた。
台所の「流し」の排水パイプが、漏りはじめた時。
普通であれば、「Plumber プランマー (水道業者)」を呼ぶだろう。
だが、私は「流し」の下に潜り込んで、もれる部分を確かめた。
そこを外し、近所の「Hardware shop ハードウェアーショップ (金物屋)」に出向く。
仏頂面の親爺に、その部分を見せて、
「I have to replace it (これを取り替えたい)」
親爺は一言も発せず、手近の金属管を取り出し、電気鋸で切り始める。
「Five dollar (5ドル)」
これが、この親爺が口から発した言葉の全て。
その金属管を持ち帰り、再び「流し」の下に潜り込む。
管の両側を繋ぎ、プライヤーで締めて一丁上がり。
以来十数年、未だに無事に水を流している。
こういう「男の手仕事」に、金額の多少は関係しない。
あるのは、少年時代そのままの「物を直す」ことの醍醐味。
更に加えれば、口喧しく言われた「物を粗末にしない」という訓戒か。
「未だ使えるもの」を、捨て去ることへの罪悪感とも言える。

ところで、「洗濯機」は本当に贈られたのだろうか。
色々調べてみたが、どうも分からない。
「馬鹿馬鹿しい自己宣伝だ」とか、「山中教授を馬鹿にしている」とか、非難は多かったようだ。
だが閣議で全員が賛成して贈られたなら、断るのは難しい。
有難く受け取って、全閣僚にお礼の手紙でも送ったのかも知れない。
「少年のような楽しみ」が、「政治の具」にされたということだろう。
有名税と言うには、少々気の毒過ぎる。
教授がこの事件にめげず、これからも敢然と「男の手仕事」に挑戦することを祈るや切、である。

勿論私も、「少年の楽しみ」は続けて行くつもりでいる。
まず、シャワールームのタオル掛けが壊れかけているのから、始めようか。

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いい話ですね
山中教授の洗濯機修理
この様な男子が少数派にならないで欲しい
日本には絶対必要だと思います、これから特に・・

2013/1/29(火) 午後 8:04 [ ゆも ]

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いい話を、田中真紀子さんが泥をかけたような脚色をしてしまいました。日本はすぐ「買い換えれば良い」と、古き良き時代のアメリカの真似をしているように見えます。
メーカーとメディアの煽りに乗らない用心が肝心ですね。

2013/1/29(火) 午後 10:59 [ masterswimmer ]


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