還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「禁酒」体験記序章

私が十数年以上読んでいる、「ブログ」がある。
一人の若者が、呑んだり喰ったり山に登ったりするだけの話だが、何処となく面白い。
レストランの全メニューを食べる企画とか、超大盛りの丼物を完食するとか。
蕎麦に凝って、信州の名店で蕎麦を食うためだけに車で出かけたり。
勿論馬鹿々々しいが、人がする分には一向に構わない。
このブログが、ある時暫く途切れた。
少し経って再開したのだが、なんと「アル中」の治療施設に通っているのだそうだ。
「アル中」を治すには、完全に酒を断つしか方法はない。
「3日に一回」とか、「1合だけ」とかいうのは、全く効かないのだという。
この彼は、既に1ヶ月以上一滴も呑んでいない。
ブログにそう書いているだけだから、100%信じるわけには行かない。
だが、読んでみるとどうも本当らしい。
「僕はこれから死ぬまで、絶対に酒は呑まない」
そういう決意のもとに、この断酒施設に行っているようだ。

驚いたのだが、彼の会社はこの「治療」をちゃんと認めている。
数ヶ月の病気休暇を貰い、有給で「禁酒」に取り組んでいるということ。
会社側では、この青年の経験を社員教育に取り入れようと考えているようだ。
確かに、日本の企業は社員の「飲酒」に関しては、何の対策も持っていなかった。
最近は知らないが、昔は帰宅途次に一杯やるのは見慣れた光景。
ガード下の居酒屋は、サラリーマンで溢れていたものだ。
私だって、その中の一人だったこともある。
だが「アル中」への危機感は、全然と言っていいほどなかったように思う。
何かあっても、「酒の上のことだし…」で許されていた。
逆に言えば、「一億総アル中社会」だったのかも知れない。
彼の会社は、ある意味絶好の「テストケース」を見つけたのかも知れない。

前にも書いた記憶があるが、実は日本人には本当の「アル中」は少ないそうだ。
そうなる前に、身体を壊してしまうのが理由。
「アル中にさえなれないなんて、ちょっと口惜しい」
これは、故丸谷才一のエッセイ。
その点、内臓機能が頑丈な白人は、幾らでも呑める。
私もマンハッタンのバーで、マティーニを何杯もお代わりするアメリカ人の大男を見た覚えがある。
ほとんど何も食べず、ひたすら呑みかつ喋っていた。
それでも見たところ酔った風もなく、足取りも確かに帰って行く。
ビールを延々と呑む若者もいた。
小瓶だって、10本以上呑めば結構なアルコール量。
「呑む」イコール「何か食べる」だった我々日本人から見ると、驚異としか言えない。
アメリカには、この「ビールアルコール中毒」が多いそうだ。

私は、自分では「アル中」だとは勿論思っていない。
ただ、「アルコール依存症テスト」などをやると、どういうわけか「依存症」らしく思える。
「朝から呑むことがある」とか、「毎日呑みたいと思う」、「つい呑み過ぎてしまう」…。
まあ経験から言えば、こういうテストは少々大袈裟に判断する傾向があるものだ。
「大丈夫、貴方はアル中ではありません、お酒を楽しんで呑んで下さい」
そんな結果を貰う人は、先ずいないだろう。
ほとんどが、「要注意です」、「危険域に入っています」、あたりではないか。
多少の危機感は持っていた方が良い、ということなのだろう、

私は子供の頃、「アル中」の女性を間近で見た覚えがある。
彼女は、父の友人である画家の奥さんだった。
戦前の所謂モガ(モダンガール)で、カフェの女給時代に知り合って結婚したらしい。
子供も無く、楽しみは酒を呑むことだけ。
妻の酒癖の所為か、夫は家を出て行った。
彼女には、1軒の家が残された。
酒量は日毎に増え、酔い潰れて道端に倒れていたりする。
酔眼朦朧として、我が家を訪ねて来たこともしばしば。
やがて唯一の財産だった家も手放し、その金も全て酒に消えた。
最後は、施設で亡くなったと聞いた。
典型的な、「破滅型アルコール中毒」。
「禁酒施設」でも、かなり多数派らしい。
酒びたりになった理由は異なるだろうが、末路は似たようなものが多いようだ。

酒を止めることは、そんなに難しいのだろうか。
私は、タバコを30年以上前に止めた。
だが酒を止めよう、と考えたことはない。
とは言うものの、止められるものかどうか、は興味がある。
で、ちょっと試してみた。
4日間、ビールをコップ1杯だけ。
これは家人と半分づつ分ける、罐ビール1本。
これだけは、計算に入れない。
だがそうやって、ワインも日本酒も呑まない日を拵えた。
その後、4日間は今までどおりワインを呑む。
そして又、3日間ビールコップ1杯。
寝るとき全く酔いがないのが、初めのうちは馴染めなかった。
テレビを観る時の手持ち無沙汰も、奇妙な感覚。
だがそれは、徐々に慣れて来た。
それ以来、時々「ビールだけ」の日を挟んでいる。
「止めることは、何時でも出来る」
これは確信に近い。
それさえ分かっていれば、又安心して呑める、というものだ。


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