還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「貴種流離譚」、という言葉がある。
簡単に言えば、身分の高い人が各地をさ迷って苦労するお話。
日本人は、何故かこの手の話が大好きである。
有名なところでは、源義経。
京都から裏日本を伝って、奥州まで逃げた。
いや、それ以降も逃げて中国大陸に渡り「ジンギスカン」になった、という荒唐無稽な話もあるようだ。
彼以外にも、日本をさ迷った人は結構いるようだ。
小説だが、「光源氏」も須磨明石辺りを、軽くさ迷っていた。
島国だから、さ迷うと言ってもたかが知れている。
今なら新幹線で、1時間程度の距離。
だが、「貴種流離譚」は日本のお家芸ではない。
もっと古く、「ホメロス物語」の中のオデッセウスや、「アーサー王物語」の騎士トリスタン。
考えてみれば、世界中がこの手の話を愛好していたのだろう。

子供の頃、
「My Bonnie lies over the ocean (マイ ボニー ライズ オーバー ディ オーシャン)」
という歌を、知らぬ間に憶えた。
私と同年代、若しくはそれ以前の人は、結構知っているのではないか。
―  My Bonnie lies over the ocean、  (私のボニーは 大洋の彼方)
   My Bonnie lies over the sea、   (私のボニーは 海を越えて)
   My Bonnie lies over the ocean、  (私のボニーは 大洋の彼方)
   Oh, bring back my Bonnie to me、  (どうか 私のボニーを 返して)
 繰り返し:
   Bring back, bring back、      (連れ帰って おくれ)
   Bring back my Bonnie to me, to me、 (私のボニーを 連れて帰って)
   Bring back, bring back、      (連れ帰って おくれ)
   Bring back my Bonnie to me     (私のボニーを 返して)     _

えらく繰り返しの多い歌で、誰でもすぐ歌えるようになる。
又簡単な英語だから、中学生程度の学力でも理解しやすい。

私はこの歌を、「海に去った息子を偲んで、母が歌っている」、と解釈していた。
「Lie」という英単語は、「眠っている」とか、「埋もれている」という意味もある。
「真白き富士の峯」ではないが、追悼の思いを語っている、という理解。
憶えて以来60年あまり、ほとんど確信していた。
と言っても、歌うこともないし、聞くこともない。
まあ、思い出すことも稀だったわけだ。
それが60年目にして、真実を知ってしまった。
「今に知る、驚異の真相!!」
民放のモーニングショーの出だしのようだが、まさにそんな感じ。

話は、17世紀後半のイギリスである。
当時のイギリスは、カソリックとプロテスタントが対立し、国が2つに分かれている状態。
国王チャールス2世はカソリックで、同じカソリックのフランスと同盟関係にある。
だが、イギリスの国会はプロテスタントが優勢であり、彼らはフランスを敵視している。
国王ジェームス2世はカソリックだが、彼には子供がいない。
彼亡き後は、プロテスタントの長女メアリーが国王に就くと言われていた。
だが、ジェームス2世に男子が生まれて、状況は一変する。
プロテスタントの貴族たちは、メアリーとその夫、オランダ総督ウィレム3世にイギリスへ来るよう招請。
多数派のプロテスタントの後押しを受け、ウィレム3世は大軍を率いてイギリスへ攻め込んで来る。

ここら辺の話はなかなか複雑だが面白く、あたかも日本の戦国時代を彷彿させる。
要するに何時の時代も、権力を巡る争いは尽きないということのようだ。
結局ジェームス2世は、イギリスを追われフランスへ亡命してしまう。
彼の息子、ジェームス3世は、それから王位奪還を夢見る人生を送ることになった。
そして彼の息子、チャールズ.エドワード.スチュアートは、亡命先のローマで生まれた。
この息子の愛称が、「Bonnie ボニー」なのである。

イギリスは、プロテスタントを国教と定めたが、依然国内にはかなりのカソリック信徒がいる。
彼らは、亡命したジェームス2世、その息子の3世の帰還を待望していた。
カソリック大国フランスの援護を受ければ、国王としての帰国も夢ではない。
しかし、イギリス政府もぬかりなく要所に手を回し、反対派の弾圧を強めて行く。
「ボニー」は1745年、カソリック勢力を率いてイギリス上陸に成功する。
しかし、カロディンの戦いで破れ、フランスに逃げ帰ってしまう。
この歌は、その数年後に作られ歌われ始めたようだ。
2番、3番もある。

Oh、 blow the winds o'er the ocean、 (風よ 大洋に吹いておくれ)
And blow the winds o'er the sea,   (大風よ 海に吹いておくれ)
Oh、 blow the winds o'er the ocean、 (風よ 大洋に吹いておくれ)
And bring back my Bonnie to me、   (私のボニーを 連れ帰っておくれ)

The winds have blown over the ocean、 (風は 大洋を吹き渡った)
The winds have blown over the sea、  (風は 海に吹きつける)
The winds have blown over the ocean、 (風は 大洋を 吹き渡った)
And brought back my Bonnie to me、   (そして 私のボニーを 連れ帰って来てくれた)

この歌には、「ボニー」以外の名前は一切出て来ない。
弾圧下のイギリスで、堂々と反対勢力の象徴の名前を口に出すことも出来なかっただろう。
まるでわが子や恋人に呼びかけるような歌で、本来の意図を糊塗していたということ。

だが結局、「ボニー」はイギリスには帰ることなく、異郷で世を去って行く。
そしてこの歌は、アイルランドをはじめカソリックの多い地方で、歌い継がれて来たという。
ヨーロッパでもアメリカでも、多くの歌手が唄っている。
1961年には、イギリスのロック歌手トニー.シェリダンがこの歌を吹き込んでいる。
その時バックコーラスを務めたのが、無名時代のビートルズ。
当時のグループ名は、「ビートブラザーズ」という。
未だリンゴ.スターは参加していない時期。

背景が分かってみると、歌の趣も変わって感じられる。
宗教上の対立による迫害の下、人々はこの歌を唄ったのだろう。
僅かではあるが、微かな望みが「ボニー」だったことは想像に難くない。
歴史と言うものは、後世に書けば、数行で片付けられる。
だが、そのさ中にある者には、恐ろしいほどの重圧感があるだろう。

「My Bonnie lies over the ocean」、という古い歌曲。
知ってみれば、当時のイギリス国民間の、宗教観の相克が浮かび上がる。
そして400年近く経過した今、信仰の戦いはなお止まない。
と言うか、争いは全世界に伝播している、と考える方が正しいのではないか。
一篇の歌でも、分かって来ることが結構あるものだ。

閉じる コメント(2)

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俺も
何故かマィボニーを知っています
確か
ビートルズのレコードで聴いたような??
記憶が
確かではありません(笑)

2013/5/9(木) 午前 6:52 Johnny B.Bat

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それは凄い。
おそらくその後ビートルズが自分たち独自のサウンドで
録音したんでしょうがね。
単純なメロディですが、背景を知ると感慨がありますね。

2013/5/9(木) 午前 10:03 [ Masterswimmer ]


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